偽聖女と言われ追放されたので聖なる力を捨てて理想の自分になります

黒星★チーコ

第1話 「私は、偽物ではありません……!」

「ジーナ、よくもこの俺を騙したな! 婚約は無効だ!」


 王宮にて婚約者であるディラン王子に呼び出された聖女ジーナは、皆の前で突然に言われた言葉と、王子の怒りの表情に目を見張った。痩せて骨ばった指先は自然と組合わさり、いつも行っている祈りの形になる。


「だ、ました……?」


 彼女は銀の目を見開いたまま、全く心当たりがない言葉に首を傾げる。聖女として日々国中を浄化して周り、忙しく過ごすジーナには王子と会う時間も少ない。その貴重な時間をわざわざ嘘を吐き、騙すことなどに使うだろうか。


(それに、私は嘘をつけないのに……)


 ジーナの心を知ろうともしないディランは、憎々しげに彼女を睨み付けさらに声を荒げる。


「お前は偽物の聖女だろう。ここにいるアリッサがそれを証明した!」

「!」


 王子の声に合わせ、その傍らへ進み出る令嬢が居た。華やかな赤いドレスと豪華なダイヤモンドのネックレスを身に付け、あでやかな化粧を施し美しく着飾っている。彼女はドレスによって強調された豊満な胸を押し付けるかの様にディランへすり寄る。婚約者以外の女性がその様なはしたない真似をすれば咎められるであろうに、王子は明らかにニマリと口をほころばせた。


(何故? でも……)


 ジーナは確かにそのアリッサという令嬢に見覚えがあった――――



 それは先週のこと。ある土地に突如出現し大きくなっていた“けがれ”のひとつを浄化するため、ジーナが聖水を垂らそうとしたその瞬間。無理やりこの令嬢が数名の側仕えと共に割り込んできてジーナの手から瓶を奪い取り、聖水を撒いて辺りを浄化したのだ。


「見たか! ここにおわすアリッサ様が“穢れ”を浄化したぞ!!」


 アリッサの従者が遠巻きに見ていた民衆へ向かい声高く宣言する。横暴とも言える行動にジーナの側にいた人達は「抗議をすべきだ」と憤っていたが、ジーナは困り顔で首を横に振った。肝心なのはこの地にあった“穢れ”を浄化し、魔物が寄ってこないようにする事であり、誰が浄化したかなんて話は些細な事だと思ったから。

 それにジーナには抗議をするにも、国王や王子にこの状況を上手く説明する言葉を思いつけなかったから――――



「お前に“穢れ”を浄化をする力はない! 教会から貰った聖水を撒いているだけの、ただの平民の女ではないか!」

「私は……偽物の聖女では、ありません」


 ジーナはディランに詰め寄られている今でさえ、そうとしか言えなかった。彼女は持ち合わせる語彙がとても少なかったのだ。王子やアリッサのように恵まれた環境に生まれた者とは違い、ジーナは平民の孤児出身。教会の下で厳しく制限された生活を送ってきた。文字を覚え本を読むことが許されなかったのも制限のひとつ。


「本を読もうとすると目が悪くなる。教典は口伝で十分だ」


 教会の司祭達はそう言い、ジーナが文字を覚える機会を奪ったのだから。

 彼女の価値は聖女になれる可能性だけ。その可能性を潰せば孤児院に戻され、怒った院長から折檻をされるかもしれない。ジーナは神の祝福を得るために唯々諾々と教会の人間の言うことに従った。


 ひとつ、嘘をついてはならない。

 ふたつ、肉を食べてはならない。

 みっつ、美食や過剰に着飾るなどの贅沢をしてはならない。

 よっつ、常に落ち着いた水のような心を持たねばならない。


 口伝で伝えられた教え全てを守り、ひたすら神に祈る生活を少女は送った。青白く痩せた弱弱しい身体を拭き、たまに風呂に入ることと茶色の髪をくしけずる以外の身だしなみを許されず、清くつましく生きた。その努力を神は認めたのだろう。ジーナに聖なる力を与え、彼女は聖女になれたのだ。

 その努力を踏みにじるような王子の発言に、ジーナは組み合わせた手を更に固く握り、必死で訴える。


「私は偽物の聖女では、ありません。きちんと浄化をしています!」


 民にとって国外にいる魔物は脅威だ。その魔物は国内に“穢れ”が発生すると引き寄せられ入ってくる。“穢れ”を取り除く聖女と教会に皆が感謝し、今や王家よりも民の求心力が高い状況である。教会がこれ以上力を持つことを恐れた国王は、聖女ジーナを王子の婚約者に迎え身柄を王家預かりにするよう教会へ言ってきた。武力を持たぬ教会は、騎士団を持つ王家に強気に出られれば従うほかない。


 王子の婚約者になったとて、ジーナの生活はさほど変わらなかった。

 肉や酒や菓子を摂らないため身体は痩せて骨張ったまま。それを包む衣服は平民のものよりは多少ましだが未来の王子妃にしてはみすぼらしく、装飾品も身に付けなかった。怒りや涙を見せることはおろか、大口を開けて笑うことも、本や音楽や芝居を楽しむこともしない。ただ毎日神に祈る。または国中のあちこちへ出向き、“穢れ”を浄化するだけ。


 なぜそんな地味な生活だったか。それはジーナはやってみたいことを……欲望を表に出せば、神に与えられた聖なる力を剥奪され、聖女ではなくなるかもしれない、と恐れていたからだ。


 そうして地味で倹しい生活を続ける聖女ジーナが得た民の信頼を、国王は彼女ごと奪って王家のものにしようとした。そして国王の子ディランは地味で痩せぎすな彼女を疎ましく思っている。だからアリッサからジーナが偽物の聖女だと聞いて喜んで飛びつき、彼女を棄てようとしたのだ。


「しつこい! だからお前のしている浄化は聖水を使えば誰にでもできるではないか! この偽物め!」


 ジーナは偽物の烙印を捺される恐怖に震えた。だが震える唇から出てくる言葉はあまりにもお粗末で。


「私は、偽物ではありません……!」



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