虫とヤングマン

「ぎゃあーーー!お母さんっ!!」


 第二の思春期も終わりに差し掛かる母を呼ぶ切羽詰まった声。風呂場のムスコだ。


 なんとなくどんな状態かわかるので、「はーい」と返事しながら向かう。

 

「クモ!クモがおる!!タスケテっ!!!」


 この世の終わりのような顔で浴槽の湯にあごまでつかって端にべったりとくっついて怯えていた。

 正直かなり面白いのだが、ここで笑ってはいけない。本気で怒られるからだ。


「どこなん?」


 まあここまで大騒ぎするのだから直径5センチはあるだろう、とそのくらいの物体を探すが見当たらない。


「そこ、そこにおる!」


 彼の震える指の先を見ると、ほんの1センチもない小さな小さなクモがいた。身体が茶色でぷくりとしている飛ぶタイプのやつだ。小さくて可愛い。

 言うなれば絵本に出てくる悪者のクモではなく、主人公に道を教えてくれる優しい方のクモである。


 ちなみに私の以前勤めていた会社の社長の可愛らしい奥様は、クモ好きだった。好きが講じて小学校の夏休みの宿題にクモの巣をたくさん採取した巨大な研究を出したそうだ。

 小学生の子供たちはさぞ怯えたことだろう。


 さて、夏は虫が家内によく出る。大工さんが作った古い家だ。

 私は薄い雑誌の上にクモを誘導し、家の外に逃がした。基本ムカデとゴキ以外は殺さない。


「捨ててきたでー」


 浴室に声をかけると、「ありがとう」といかにもなんでもないようなトーンで返事があったが、今も壁にいないか確認していると確信する。



「あんた、昔は虫平気やったのにねー」

「そんなん関係ないやん」


(彼女ができたら彼も意地でも頑張るだろうか…)


 そんな気は全くしない。今は男女平等になるべくなろうな時代だ。

 ムスコの将来が不安な母である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る