第11話 山頭火、キュウリを食べる

キュウリ好きの山頭火にはキュウリを詠った句が23ある。

しかもその大半(少なくとも21句)は彼が自分の畑で育てたキュウリを詠んだ句だ。

最初の胡瓜の句は昭和7年7月2日の日記にある

・胡瓜こりゝかみしめてゐる

であり、最後の句は、昭和12年の

・かつちりからんで胡瓜ぶらさがる

である。

昭和7年から12年は、山頭火が山口県の小郡に「其中庵」と名付けた古民家に暮らし、自分の畑で野菜を育て、それを食べて暮らしていた時期と重なる。

その胡瓜の句のいくつかを見てみよう。


◎朝風、胡瓜がしつかりつかんでゐる


昭和8年6月16日の日記にある句である。

山頭火は「昨夜の酒がこたえて胃が悪い」。

よって行乞を中止して畑の野菜の手入れ。

この日は胡瓜の棚をこしらえた。

畑仕事の汗を風呂で流してサッパリしたところに、句友であり酒友、かつ脱線仲間の樹明君が胡瓜を持ってやって来た。

山口農学校の職員である樹明は学校の宿直当番を抜け出して来たのだが、今夜は山頭火の庵で宿直をしようというのだ。

金欠で醤油までなくなっている山頭火は、胡瓜なますをこしらえ、それを肴に2人で飲んだ。

胡瓜は山頭火の大好物の野菜である。


◎わたしの胡瓜の花へもてふてふ


昭和8年6月29日の日記の句。

「てふてふ」とは「チョウチョ」のこと。

この頃山頭火は10時就寝、4時起床、昼寝1時間、そして金がないから仕方なしの菜食の毎日で身心増々快調。

山頭火の畑ではトマト、茄子、胡瓜がどんどん伸び、太っている。

畑の草取りにも精を出すが、取らずにはいられない草だけを取る。「雑草風景」を味わうのが山頭火のやり方だ


◎もつれあひつつ胡瓜に胡瓜がふとつてくる


昭和8年7月11日の句。

この日は快晴。

このところ山頭火は茄子と胡瓜ばかり食べ続けている。

彼の家は木々に囲まれ、山頭火が雑草風景を愛することもあって、彼の住まいの其中庵には蚊が多い。

一人住まいの山頭火に薮蚊が群がりたかってくるのにたまりかね、まだ明るいうちから蚊帳をつってその中で読書三昧である。

この日の彼の日記の一節。

「或る日はしづかでうれしく、或る日はさみしくてかなしい、生きてゐてよかつたと思ふこともあれば、死んだつてかまはないと考へることもある、君よ、孤独の人生散歩者を笑ふなかれ」


筆者の猫の額のような畑にも胡瓜がある。何本も蔓を伸ばし、支柱だけでなく近所の茄子やトマトに絡みつく。茄子やトマトにすれば、実にはた迷惑な隣人を持ったということになろう。

胡瓜の実の成長の速さは驚くほどである。朝、昼、晩と見るたびに大きくなっている。

それから無数のとげとげのちくちくと痛いのも嬉しい。


◎朝風のいちばん大きい胡瓜をもぐ


これは昭和8年7月18日の句。

胡瓜は朝もぐべしと私は教えられた。昼間にもぐと苦味が出るそうな。

この朝、山頭火も露を置いた胡瓜の葉をさぐって、一番大きい胡瓜をもいだのだ。

それは早速、味噌煮となって茄子の浅漬とともに山頭火の朝の食卓にのぼった。

日記にはこうある。

「胡瓜の味噌煮、茄子の浅漬うまし」

胡瓜の味噌煮?

胡瓜に金山寺味噌をつけてかじるのは、春から夏にかけての私の晩酌の楽しみだ。

しかし味噌煮というと鯖しか思い浮かばない私には、味噌で煮た胡瓜にはあまり箸が伸びそうもないが。


◎胡瓜の皮をむぐそれからそれと考へつゝ


昭和8年8月4日の句。

前日には、樹明君が山口農学校の実習生数人を連れてきて、其中庵周辺に伸び放題に伸びている草を刈っていってくれた。惜しむらくはそれが大トラ刈りであったこと。

山頭火はそれをこう書いている。

「何しろ生徒さんたちだから、そこらをわがまゝに刈り取つて帰つていつた、下手な理髪のあとのいがぐりあたまのやうにして! 」

8月になると、山頭火の畑の胡瓜は終りに近い。

一方、茄子は真っ盛り、トマトはポツポツ太って熟れてきた。

ハスイモ、シソ、トウガラシはいよいよ元気。大根としょうがは暑気あたりでげっそり。

これらはみんな山頭火の胃袋を慰めてくれるが、中でも胡瓜は「胡瓜ばかりたべる胡瓜なんぼでもふとる」とあるように、山頭火の食卓に登板回数の最も多い野菜のエースである。


キュウリの句が詠まれた昭和7年から12年当時は、一年中スーパーの店頭にキュウリが並んでいる現在とは違って季節外れの野菜を口にすることはない。

山頭火の胡瓜の句は全てキュウリが生る5月から8月の間に詠まれている。

このことからも山頭火が自らの日常生活に素材を得て、それを詠った俳人であることが分かる。

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