第4話

 竹中さんと知り合ったのは半年くらい前まで遡る。俺は高校生になってからずっとこの店に通っているのだが、ある日突然読書室に現れたのが彼女だ。


 本屋とはいえお客が皆オタクというわけではない。最初は難しい本を読んでいる頭のいい人かなと思って特に意識することもなく放っておいていた。


 だがそんなある日、彼女は突然俺の隣の席に腰を下ろして話しかけてきたのだ。


『いつもここにいますよね。昔から通っているんですか?』


 陰キャの俺に話しかけるなんてもの好きな人だなとは思ったが、無視するわけにもいかないので適当に返事をする。


『そうですね。だいぶ前から通ってますね。ここ入荷が他の店よりも比較的早いんで』


『へぇ~。入荷が早いってことは初めて知りました。私はこの読書室の雰囲気が好きで通っているんです』


『あぁ、言いたいことは分かります。確かにいいですよねここ』


 利用者はいないし、読書の邪魔をするBGMなども流れていない。適度に外光が差し込んでいて、室温もちょうどよく、意識をさえぎるようなものもない。


 本当に読書好きのためだけに作られているような気がして読む手が止まらなくなるんだよな。


『でも勿体ないですよね。こんなに環境が整っているのに利用者は私と君しかいないんですよ』


『まあ確かに…。でも俺はこのままがいいですけど』


 勿体ないなとは確かに感じる…けど、俺としてはこれ以上人が増えるのも好ましいとは思えない。

 

 自分が陰キャだというのもあるし、人が増えたら騒がしくなってしまうような気がしてここに通うことが出来なくなってしまうかもしれない。


『言われてみれば私もこのままがいいと感じました。君の言う通りですね』


 ここで会話は終わると思ってのだが…


『それで君の名前はなんていうの?』


 なんと彼女は俺に名前を訪ねてきたのだ。ちょっとくらい同じ場所で読書をしていた他人であり、なおかつ異性である俺に名前を聞いてきたのだ。

 美人局なのか、なんて想像してしまった。


 結局は違ったんだけど。ただ純粋に彼女は俺のことを知りたかっただけだったらしい。


『なんでだ?』


 だけどその時の俺がそんなこと分かるはずもなく、警戒心マックスで応対してしまったのだ。


『なんでって、そうだなぁ。さっきいっぱい話したんだから私たちもう友達でしょ?友達なのにお互いの名前を知らないのはおかしいでしょ?』


『友達って…正気かよ』


『正気だよ!そんなこと言わないでほしいなっ!』


 俺の友人はその時ほとんどいないに等しかった。水餅の野郎は…いないことにしておこう。あいつとは友人というかなんというか…いやあいつも友人だな。


『藍木だ』


『下の名前は?』


『無い』


『そんなわけないでしょ。冗談つまらないよ』


『隼だよ。藍木隼だ』


『隼、いい名前だね。今度から隼って呼ぶね』


『は?』


 距離の詰め方レベル違うくないか?今まで会ってきた人の中で一番距離の詰め方がおかしい。こいつ、もしかしなくても生粋の陽キャだな。


『私は竹中蜜璃っていうの。名字はあまり好きじゃないから、蜜璃って呼んでね』

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