第37話 Moto3 オーストラリア
※この小説は「レーサー」「レーサー2 女性ライダーMoto3挑戦」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。
日本GPでの優勝の後、スペンサーJr.の電撃会見のせいで私は憂鬱な日々を過ごしていた。スマホのSNSを見ると、優勝の祝福よりもやっかみや中傷の言葉が多く、しばらく部屋にこもっていた。外界との断絶であった。すると、マネージャーの澄江さんが自宅に電話をくれた。
「スマホに電話してもでないので心配したわ。明日迎えに行くからね。用意しておいてね」
ということだった。スマホの着信記録を見ると、澄江さんから10回ぐらいかかっていた。他の人からもかかっていて、周りの人にずいぶん心配をかけたと反省してしまった。その日の夜、意外な訪問者がやってきた。本村さんだ。日本にいた時のチームメートで、先日の日本GPではオフィシャルをしていてダブルフラッグで祝ってくれていた。私より5才年上のレースの先輩でもある。
「桃佳ちゃん、大丈夫?」
「はい、なんとか・・」
と気のない返事をすると
「連絡がつかなくて心配していたの。お母さんに聞いたら、部屋にこもっているというので、気になって来てしまった。少し話できる?」
「はい、私も本村さんに聞いてほしいことあります」
「やっぱり・・初の女性MotoGPライダーになるかどうかね」
「そうです。全く自信がないんです。リッターバイクなんて・・」
「走りだせば、250もリッターバイクも同じよ。こけた時は大違いだけど・・」
「そうですけど、あのスピードだせるとは思えなくて・・」
「それは慣れよ。あなただったら1年で慣れると思うわよ」
「その1年がこわいんです」
「だれもあなたに結果を期待していないと思うよ。ただ、女性ライダーという話題がほしいだけじゃないの?」
「いつもビリを走るのもみっともないし・・」
「それでもいいじゃない。いずれ、リッターバイクはなくなるし、スペンサーJr.もいいとことろ、あと2年で引退でしょ。その間に彼のいいところを自分のものにすればいいんじゃないの」
「本村さんは前向きですね」
「私が走るわけじゃないわ。あなたの問題なのよ。ライダーはくよくよ考えちゃだめよ。それにチャンスはつかまなきゃ。私も全日本で走らないかという誘いがあったんだけれど、彼氏といっしょになることを選んで、全日本をあきらめちゃった。私の代わりに彼を全日本で走らせることになったけれどね。少ないチャンスはつかまなきゃだめよ」
「そんなことがあったんですか」
本村さんの過去を聞くのは初めてだったので、少し驚いた。
翌日、成田空港でまたまた意外な人と会った。祖父の佐藤眞二である。
「ももちゃん、元気!」
相変わらず、周りの雰囲気を気にしない人だ。人が少ないところに移動して
「おじいちゃんのせいで、スペンサーJr,に目をつけられたんだからね。あの会見のせいで困っているんだから」
と言うと、祖父は真顔で
「ももちゃん、スペンサーJr.が指名したのはセカンドライダーとして逆らわない存在だと思ったからかもしれない。でも、これは彼を見返すいいチャンスなんだよ。彼のいいところを盗んで、安心できないセカンドライダーになったら痛快じゃないか。ももちゃん、ライダーは少ないチャンスをつかまなきゃいけないんだよ。これを逃したらMotoGPで走れなくなるかもしれない。オレも応援するからぜひやってほしいな」
と一方的に話して去っていった。澄江さんが傍らでニヤニヤしながら見ていた。
レース週間の火曜日にオーストラリア到着。メルボルン空港にチームのクルマが迎えに来てくれていた。時差はほとんどないので、体調はそれほど悪くない。ただ、メディアのカメラがうるさい。初の女性MotoGPライダー誕生かと騒いでいる。
その日の夜、澄江さんとともに監督室に呼ばれた。そこにはオーナーのハインツ氏もいた。
「桃佳さん、先日のスペンサーJr.の会見のせいで、あなたに気苦労をかけたこと申しわけない。今日はオーナーのハインツ氏があなたと話をしたいということで、ここに来てもらいました。来年のことはすぐに決めなくてもいいです。まずは今後のことを話し合いましょう」
とあらたまった言い方で監督のジュン川口が話を切り出した。そこで、
「それでは、スペンサーJr.が会見で話したセカンドライダーの指名権というのは本当ですか?」
と私が聞くと、澄江さんが訳してハインツ氏に聞いてくれた。すると
「 It is true that the nomination was granted . I never thought your name would come up there . To be honest , I'm confused . I told him I would reconsider , but he said that since he had already gone to the press conference ,
he couldn't take it back now . 」
(指名権を与えたことは事実です。でも、そこにあなたの名前が出てくるとは思っていませんでした。正直、困惑しています。彼には考えなおすことも話しましたが、会見で言ってしまったので、今さらひっこめられないと言っています)
「オーナーのお考えは? 別の人を考えていたのでは?」
「 There were certainly candidates among the Moto2 riders . But it didn't go according to Spencer Jr. 's wishes . Your name came up and I watched the video of your race again . You started out at the back , but now you're at the front . And You have achieved good results on chircuits you are familiar with . Austria and Japan are absolutely amazing . So that tells me you have high hidden ability . 」
(たしかにMoto2ライダーの中に候補者はいました。でも、スペンサーJr.の意向にはそいませんでした。そこで、あなたの名がでてきて、あらためてあなたのレースのビデオを見直しました。最初は下位を走っていたあなたが、今では上位で走っている。そして走り慣れたサーキットではいい成績を残している。オーストリアと日本では本当にすばらしい。それで、あなたには高い潜在能力があるとわかったのです)
「潜在能力ですか?」
「 Yes , once you get used to it , I'm sure you'll be able to run . 」
(そうです。慣れればいい走りができると確信しています)
「最初はビリばかりかもしれませんよ」
「 That can't be helped . I don't expect results in the first year . If I had to say , it would be that the completed the race without any laps lost . 」
(それも仕方ないことです。1年目は結果を期待していません。しいていえば周回遅れなしの完走ですね)
「リッターバイクに乗ったことないんですが・・」
「 That's not a problem . Both Jun and I stepped up from Moto3 to liter bike . Plus , you have longer legs than Jun . Even though he had short legs , he became a champion . It's okay . 」
(それは問題ないです。私もジュンもMoto3からリッターバイクにステップアップしました。走りだせば大して変わりないですよ。それに、あなたはジュンより足が長い。足が短いジュンでさえチャンピオンになったんです。大丈夫ですよ)
監督のジュンは顔を紅くしてハインツをにらんでいた。私はその顔を見て吹き出してしまった。
「前にザルツブルグで私のリッターバイクに乗ったことあるじゃないか。あの走りができるなら問題ないよ」
とジュン川口も口添えをしてくれた。
「 Either way , the decision is yours to make . I'll keep the seat open until Spain . There's no need to rush to reply . 」
(どちらにしても決めるのはあなた自身だ。シートはスペインまであけておく。返事はあせらなくていいよ)
というハインツの言葉でその日は終わった。
その週のレースは精彩を欠いた。まだ気持ちの整理がつかなくて、アクセルをあけるタイミングが常に遅れた。転倒しないだけが救いだった。予選15位、決勝は16位となった。メディアの熱は冷めた感がした。Moto3の優勝はアレンソで年間チャンピオンを決めた。ウィニングランでは時間をたっぷり使い、応援団の前では一輪車に乗るパフォーマンスまで見せていた。アレンソは来シーズンMoto2昇格が決定している。
レース後、澄江さんが自分のスマホを持ってきて
「意外な人から電話がきてるよ」
と私にわたした。でると、そこには厳しい声で
「何やってんのよ!」
中谷麻実だった。来年はうちのチームに入るのでマネージャーの澄江さんのナンバーを知っていたらしい。
「まだグダグダ考えているの! レーサーはグダグダ考えていたらダメよ。あのMOTEGIの90度コーナーみたいにスパッと決めなさい。でないと私が初の女性MotoGPライダーになるからね。そうしたら、あんたは引退よ!」
と一方的に話をして電話をきってしまった。私はあぜんとしながらも、麻実の言うとおりかもしれないと思った。澄江さんと話をして結論はヨーロッパに帰ってから出そうということにした。次戦はタイ。初めてのサーキットだが心機一転だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます