第35話 Moto3 インドネシア
※この小説は「レーサー」「レーサー2 女性ライダーMoto3挑戦」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。
ミサノでの転倒の後の翌日、マネージャーの澄江さんとともにジャカルタ行きの飛行機に乗り、火曜日午後マンダリカサーキット近くのホテルに入れた。チームは明日にならないと到着しない。初めてのサーキットなので、様子をつかむためにも早めに来たかった。でも時差ボケが激しい。夕方なのに眠気がおそってくる。
水曜日、夜中に目を覚ます。サーキットの夜景がきれいだ。隣のベッドの澄江さんはぐっすり寝ている。さすが旅慣れている。
眠れそうにないので、サーキットのビデオを見る。高低差は少ないが、常にマシンを寝かせていないといけないようなサーキットだ。バックストレッチはあるのだが微妙なカーブがあり、ラインどりが難しい。
太陽があがってからコースを歩いてみる。海の近くなので風が強い。旗が勢いよくなびいている。ヘアピンコーナーや16コーナーのリバースコーナーが特徴だ。まるでシルバーストーンの第7コーナーに感覚が似ている。
木曜日はピット作業に大わらわだった。この日についたライダーもいて、あくびがいたるところで見られている。私はやっと夜9時に眠くなるようになった。
金曜日、フリープラクティス1回目。初めてのサーキットなので、少し遅めのスピードで走る。何周か走って少し感覚がつかめてきたので、ペースを上げた。するとリバースコーナーの16コーナーでスリップダウンした。低速だったので、すぐに自分でマシンを起こし、ピットに向かった。ブレーキペダルがまがっている。
ピットでメカに修理を任せる。監督のジュンが近寄ってきて
「大丈夫か?」
と聞いてきた。
「大丈夫です。スピードがでていないところですから。でも壊してしまってすみません」
「大したトラブルじゃない。部品を交換するだけですみそうだ。でも、バランスが微妙に狂っているかもしれない。明日は単独走でなく、だれかの後ろを走った方がいいかもな」
「わかりました。日本人のだれかの後ろについていきます」
「エイミーとはもう無理か?」
「ええ、彼女がいやがるでしょ」
「仕方ないか。移籍が決まってしまったからな。ところで来週のMOTEGIで麻実がワイルドカードででるぞ」
「エッ! 米谷さんがでるんですか?」
「KT社のトップだからな。JGP3のランキングも2位だし、来年ウチのメンバーになるしな」
「それは楽しみです」
米谷のワイルドカード参戦を聞いて、私は少し元気になった。
土曜日、予選前のフリープラクティス2回目、私は古山の後ろにつくことができた。彼のライディングは絶好調だ。S字の切り返しはほれぼれするぐらいだ。おかげで1分38秒台で走ることができ、Q2に進出できた。初のサーキットで上出来だ。他の日本人ライダー3人もQ2に進むことができた。ただ、エイミーとジム・フランクはQ1からになった。まだ時差ボケが治っていないようだ。
予選Q2。1コーナーは右の90度コーナー。スタート直後は混乱すること必至だ。すぐに右の第2コーナーと左第3コーナーがある。ここでの切り返しがひとつのポイントだ。第4コーナーは鋭角の左コーナー。2~4コーナーを流れるように走らないといけない。5コーナーから10コーナーまではゆるいコーナーが続く。バックストレッチなのだが微妙なうねりがある。ここは最高速で駆け抜ける。10コーナーはきつい右の90度コーナーだ。海にもっとも近く、風が強いと砂がとんでくることもある。すぐに右の11コーナー。またすぐに左の12コーナーがあり、13~15コーナーはゆるいカーブが続く。そして、昨日スリップダウンした右のリバースコーナーを抜けると左の17コーナー。すぐにフィニッシュラインがやってくる。最後の勝負は16コーナーとなる。
私は古山に続いて走り、1分37秒889で予選4位となった。古山は予選3位となったが、最終ラップで転倒してしまった。やはり16コーナーだった。
日曜日、決勝。気温は29度、路面温度は60度を越えている。さすが熱帯の国である。インドネシア国民は熱狂的だ。いたるところで大歓迎される。まるでロックスターみたいだ。通勤時間帯はバイクの大渋滞が見られる。まさにバイク天国である。
さて、4位のポジションにつく。となりにアレンソがいる。彼も時差ボケで調子がでていないようだ。金曜日に転倒をしてからは無理をしていないように見える。ポールはオルララ。だが、予選時にスロー走行がありダブルロングペナルティが課せられている。二番手はベイユー。鈴本のチームメートで今回は調子いい。実質のポールポジションだ。3番手は古山。エイミーとジム・フランクは15位と16位に落ち込んでいる。ひどい時差ボケになっているらしい。あらかじめ現地の時刻に合わせようという意識はないみたいだ。
決勝スタート。勢いよく飛び出したのは古山だ。だが、他のライダーも古山の独走を許さない。いたるところで順位が入れ替わる。わたしは順位キープを心がけ、タイヤを大事にしている。この暑さだから後半タイヤがたれるのは目に見えている。
5周目、16コーナーで数台がクラッシュ。後方集団だったのでトップ集団が通過する時には、安全地帯に移動させられていた。後でビデオを見たら1台がスリップダウンして、そのマシンに後方のマシンがぶつかったようである。地元インドネシアのライダーだったので、観客の悲鳴が聞こえたのはそのせいらしい。
10周目、トップ集団は10台にしぼられた。古山と鈴本もその中にいる。私はその中団に位置している。
11周目、高速コーナーの8コーナーでトップのベイユーがコース右側に転がっていった。250kmを越すスピードで転倒。ケガをしていなければいいのだが・・。
ベイユーの転倒を見て、トップ集団はややペースが落ちた。おそらく1分38秒台後半だと思う。抜きつ抜かれつはあるが、ストレート後半では5ワイドという接戦も見られた。私はそこまで無理はしない。接触転倒はしたくない。
16周目、古山がブレーキング競争で負けて順位を落とし、トップ集団の後方に落ちた。それであせってしまったのだろう。
17周目、第2コーナーで古山がハイサイド転倒。私のすぐ後ろだった。
18周目、アレンソがトップにでた。今までずっとおさえていた彼がとうとう前にでたのだ。
20周目、ファイナルラップ。ムニュスとアレンソのトップ争いだ。私は4番手、鈴本がすぐ後ろにいる。フィニッシュラインを最初に越えたのはアレンソだった。ムニュスは最終コーナーでふくらみ、フェルナンドにも抜かれた。フェルナンドはアレンソのチームメートだが、今回が初表彰台だ。
表彰式が終わり、着替えを終えた私がパドックを歩いていると、ポツンと座っている古山を見つけた。
「大丈夫?」
と声をかけると、ニコッと笑って
「大丈夫。ケガはしていない」
という返事がきたので、少し安心した。
「少し落ち込んでいる?」
すると、古山は複雑な顔をして
「少しね。転倒前の周のブレーキング競争で負けて少しあせったんだな。ちょっと無理した。桃佳さんに負けたくなくて・・」
「あら、私が目標なの? ずいぶん低い目標ね。私の方こそあなたが目標よ。今回の予選もあなたについていけて、いいタイムを出せたし・・」
「目標というより、1年目には負けたくないって気持ちかな。オレは2年目だから」
「あらら、先輩風ふかせて・・同い年なのに」
「オレは11月生まれだけど、桃佳さんは何月生まれ?」
「12月26日。クリスマスの翌日で誕生日ケーキはいつも売れ残ったクリスマスケーキだった」
古山に笑顔がもどっていた。
「成人式にはでるの?」
「うん、栃木だからね。1月末にザルツにくればいいって言われてる」
「そうか、オレも成人式にでようかな」
「次のMOTEGIでがんばって、堂々と成人式に出ようよ。アレンソをすんなりチャンピオンにさせないようにしないと・・」
「そうだな。気持ちを切り替えていかないとな」
古山のやる気を確かめて少し安心した。前回のミサノでの私の転倒の時はもっと落ち込んでいた。彼も同じように落ち込んでいたのかもしれないが、私との会話で少しやわらいだのであれば、予選の時に引っ張ってくれた礼ができたと思う。前にも思ったが、彼とはいいライバルだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます