第31話 Moto3 オーストリア

※この小説は「レーサー」「レーサー2 女性ライダーMoto3挑戦」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。


 イギリスからチームの本拠地オーストリア・ザルツブルグにもどってきた、2週間後のレースで走り込みをしていた。今年レッドブルリンクは一部シケインが追加され、よりテクニカルなコースとなった。コーナー数は11しかないが上り下りが多く、ブレーキングコースだと言われている。その点、地元のKT社勢が有利だ。

 スタートから上りが続き、90度コーナーの第1コーナーを過ぎると右に一度下る。ここでのスピードコントロールが難しい。レースの出だしで大きくはみだすマシンが多い。それからすぐに上りが始まる。途中にシケインがある。右・左とすぐに切り替えなければならない。慣れないライダーはここで転倒しがちだ。第3コーナーは右のV字コーナーだ。ここも上りきったところから下りに入る。スピードを出し過ぎるとジャンプしかねない。リアタイヤを浮かして曲がるライダーが結構多い。そこからは800mの下りのストレート。まるでMOTEGIのバックストレートに似ている。そして右の90度コーナー。私の好きなコーナーだ。そこから下りながらのコーナーが4つ続く。8コーナーを過ぎるとまたもや上り。9コーナーを頂点にしてまた下り。最後の10コーナーで勝負が決まる。フィニッシュラインまで距離があるので立ち上がり勝負ができる。何度も走り込んでいるので、目をつぶっても走れる自信があった。

 金曜日、練習走行の前にビッグニュースがとびこんできた。

「Moto2の大倉が来シーズンMotoGPに昇格」

 ということである。今シーズンランキング2位でかねてから昇格は噂されていたが、A社のマシンに乗ることになった。今までH社のマシンで育ってきた大倉だが、H社勢がふるわないのでA社を選択したのかもしれない。ただファクトリーチームではなく、サテライトチームである。苦戦覚悟の移籍かもしれない。その不安があったのか、大倉は練習走行で転倒し、右手を骨折してしまった。重傷ではないようだが、今回のレースは棄権である。

 私は走り慣れたコースなので、練習走行で5番手のタイムをだし、予選のQ2進出を果たしていた。エイミーやジム・フランクも調子がよくてQ2にすすんでいる。日本人勢では山下だけがQ2進出で、古山と鈴本はQ1からの挑戦である。

 土曜日の予選。15分の持ち時間で前半、マシンをあたためる。今回は他のマシンについていくことはしないで、自分の走りでタイムを出すことにした。監督からも

「桃佳の走りを見てみたい」

 と言われている。

 残り5分でアタック開始。他のマシンはまだ出ていない。混雑するとタイムがでないし、イエローフラッグがでるとタイム無効となる。その前にタイムをだしておこうという作戦だ。ゼブラゾーンをうまく使って最短距離を走る。上りのトップでは、スピードコントロールをして、リアが浮かないようにしっかりおさえる。グリップ走行に徹する。おかげで1分40秒239の好タイムを出すことができた。残り3分でアタック終了。ピットにもどる時に、多くのマシンがアタックを始めていた。ポールをねらっているわけではないので、あとは結果待ちだ。

 予選の結果はポールがジム・フランクの1分40秒057。マシンはTR社だが、昨年まではKT社のマシンに乗っていたので、コースは熟知している。2番手はKT社のケルソン。前回もフロントロウにならんでいる。予選の速さは抜け出ている。3番手はエイミー。ジム・フランクに引っ張ってもらって1分40秒216をだした。そして4番手が私である。2列目のアウトはいいポジションである。

 その夜、マネージャーの澄江さんと食堂で食事をしていると、監督のジュン川口がやってきて、

「オーナーのハインツが桃佳の走りをほめていたよ。エイミーはスリップを使ってのタイムだけど、桃佳は単独で走ってのタイム。ケルソンは速いけど、まだ信頼性はない。明日は期待できるな。と言っていたよ」

 と言うので、

「それはプレッシャーを与えに来たんですか?」

「そういうプレッシャーに勝てないと速いライダーにはなれないということさ」

「それはどうもありがとうございます。でも、今回は自分の走りをすることだけを考えています。こことMOTEGIは私のホームコースですから」

「頼もしい言葉だな。明日、楽しみにしているよ」

 そこに、監督の連れの方がやってきた。

「妻と娘を紹介するよ。妻のジュリアと娘のレイアだ」

「Nice to meet you . I am Momoka Itoh . Moto3 rider . I have seen you on TV .

The parede at MOTEGI was wonderful . 」

(はじめまして、伊藤桃佳です。Moto3ライダーです。奥さんのことはTVで見たことがあります。MOTEGIでのパレードは素敵でした)

「It's embarrassing when I think about it now . My daughter Leia is a fan of yours . Will you shake her hand ? 」

(今思うと恥ずかしいわ。娘のレイアはあなたのファンです。握手してくださる?)

 ということで、奥さんの後ろにいて恥ずかしがっているレイアさんに手を差し伸べた。奥さんに似て、かわいらしい娘さんだった。握手すると顔を赤らめて喜んでいる。何かを話していたが、ドイツ語だったのでよくわからなかった。長居をすると、私のコンディションを崩すかもしれないということで、早々に川口ファミリーは去っていった。

「いいファミリーね」

 と、マネージャーの澄江さんが言う。

「そうね。でも、奥さん少し太ったんじゃないの?」

 と私が言うと、

「あら知らないの。今、おめでたなんだよ。予定日は12月ということだわよ」

「エッ、そうなの。監督何も言わないもの」

「でしょうね・・」

 ということで、その夜はレイアが天使の微笑みで夢にでてきた。


 決勝。天気は快晴。25度とコンディションはいい。20周のレーススタートだが、ウォームアップランを終えて、グリッドにつくとポールにいたジム・フランクのマシンがエンジンストールをした。ジムはオフィシャルにうながされて、ピットレーンに移動していった。私の目の前にマシンがいなくなった。

 レッドシグナルが消灯。レーススタートだ。出だしは悪くない。ホールショットはケルソンだ。KT社のマシンなので彼もこのコースを走り込んでいる。2位にはエイミーがついている。驚きなのは私のインに飛び込んできたアレンソである。予選6位にいた。インポジションをうまくつかって上がってきた。ただ彼はペナルティを負っている。どこかでロングラップペナルティを消化しなければならない。本気で相手をする必要はない。まずはタイヤ温存策で順位キープである。

 3周目、アレンソはロングラップペナルティに入っていった。順位は10位くらいまでに落としたことであろう。トップの2台は抜きつ抜かれつの走りをしている。ゼブラゾーンにもだいぶ乗り上げている。予選時のゼブラゾーンは有効だが、決勝ではあまり好ましくない。微妙な段差があり、徐々にタイヤにダメージを与えるからだ。

 15周目、ケルソンのペースが落ちてきた。タイヤが暴れている。やはりタイヤに無理な走りをしていたからであろう。かわりに上がってきたのが、アレンソである。ペナルティを受けて一度後方に下がったのに、10周で挽回してきた。驚異の走りである。

 17周目、トップ争いは3台に絞られた。トップがエイミー、2位にアレンソ、3位に私がいる。アレンソとは2車分ぐらい離れているが、スリップに入れる。前の2台よりはタイヤはもっている。

 19周目、2コーナーの立ち上がりでエイミーがスリップダウンした。タイヤが限界だったのかもしれない。すぐに立ち上がって再スタートしようとしていたが、私はその脇を走り抜けた。あとはアレンソだけだ。

 20周目、ファイナルラップ。アレンソのスリップにつくことはできるが、なかなか抜けない。コーナーでうまくラインをおさえられる。ねらいは最終コーナーからの立ち上がりだ。10コーナーでアレンソの真後ろまでついて、右ターン。そして体を伏せてアクセルオン。アレンソの右側に並ぶ。フィニッシュラインを越える。勝ったかどうかは分からない。第1コーナーまできて、アレンソが喜んでいるのがわかった。残念だが負けてしまった。前回のシルバーストーンの雪辱を果たされてしまった。あとでビデオを見たらタイヤ一つ分だった。前半にもう少しペースを上げていたら勝っていたかもしれないと思うと悔しさがあふれてきた。ポディウム下でのTVのインタビューでは、

「 It's disappointing not to win on my home course . 」

(ホームコースで勝てなくて悔しいです)

としか言えなかった。アレンソはC社のマシンで、このコースにはなじみがないはずなのにである。ただ、来シーズンはMoto2昇格を決めている。

 表彰を終えて、ピットにもどってくるとクルーからは賞賛の嵐だったのが救いだった。

 次戦は、9月のスペイン・アラゴン。その1週間後にはイタリアでのサン・マリノと続く。来シーズンのシートが決まっていないライダーにとっては正念場の9月である。

 

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