第28話 Moto3 ザクセンリンク

※この小説は「レーサー」「レーサー2 女性ライダーMoto3挑戦」のつづきです。実は、パソコンのトラブルで編集中に保存できなくなり、また新しいページで再開した次第です。前段を読んでいない方は「カクヨム 飛鳥竜二」で検索していただき、読んでいただければと思います。


 オランダ・アッセンのレースから1週間後、私はザルツブルグに戻らずに、澄江さんの運転でドイツ・ザクセンリンクにやってきた。隣の国なので距離は500kmほどしかない。一部アウトバーンもあり、澄江さんが借りたベンツは時速200kmで走る。それでもそんなに速いとは思わない。中央の走行車線は150kmほどで走っており、右側の車線は合流車線でもあるので120kmぐらいのスピードで走っている。ドイツの人たちの運転マナーはとてもいい。無理な割り込みは見たことがない。隣に座っているエイミーは慣れたもので、安心して寝入っている。エイミーいわく、

「Bikes are faster . 」

(バイクの方が速いわよ)

 確かにそうであるが、日本では考えられないスピードだ。

 火曜日は休養。ホテルでのんびりした。

 水曜日は、コースの下見。私にとっては初めてのコースなので、夕方のコースウォークの時間に歩いてみた。エイミーは以前に走ったことがあるというので、パス。監督のジュン川口氏が付き合ってくれた。

「このコースは珍しい反時計まわりのコースだ。左コーナーが10もあるのに、右コーナーは3つしかない。だから数少ない右コーナーがポイントになる。タイヤの右サイドがあったまっていないと転倒に結びつくからな。それに、ここは上り下りが多い。ブラインドコーナーも多い。距離はレースカレンダーの中で最も短い3600mほどだ。まぁ、それだけピットサインを見るチャンスは増えるがな」

「上り下りはあまり苦になりません。MOTEGIでも上り下りはありましたから・・

V字コーナーは好きでしたよ」

「それは頼もしいな。あのV字コーナーを苦にしていないということは、このコースとは相性がいいかもしれんぞ」

 とか何とか話しているうちに1時間ほどでコースを歩き終わった。

「どうだった?」

 とジュン川口が聞いてきた。

「ゼブラゾーンの色が違うのが目につきましたね」

「あーあれね。ドイツ国旗カラーだからね」

 ふつうのゼブラは白と青だが、ここは黒・黄・赤に塗られている。初めて走ると異様に見えるが、段差が少なくて走りやすい。

「ポイントのコーナーはどこだと思う?」

「そうですね。1コーナーと11コーナー、それに最終コーナーかな」

「おー、するどいな。歩いただけでわかるとはさすがだ。1コーナーはストレート後の抜きどころ、11コーナーは左コーナーが続いた後の右コーナーで転倒が多い場所だ。気をつけないとな。最終コーナーは逆転もあり得るコーナーだ。ただタイヤがへたっていたら無理はするなよ」

 とアドバイスをもらった。昨年はほとんど会話がなかったので、今年はコミュニケーションがとれているような気がする。

 木曜日から練習走行が始まった。マシンを左に倒している時間がやたら長い。走行後のタイヤを見ると、左右での摩耗がまるで違う。まさにタイヤ消耗戦だ。

 土曜日の予選。練習走行でいいタイムを出せたので、トップ10に入っており、Q2からの出走だ。優勝候補のオルガダはQ1から出走だが、2番手のタイムをだし、Q2に上がってきた。日本人ライダーは全員Q2からの出走だ。こういうテクニカルサーキットは日本人が得意とするところなのかもしれない。

 スタート前、監督のジュン川口がエイミーと私を呼んで、

「 Try to get a time on your own today .  I want to see the potential of these two .」

(今日は単独でタイムをだしてみろ。二人の力を見てみたい)

 ということで、いつものアベック走法はできなくなった。確かにステップアップするためには、単独でどれだけのタイムを出せるかがポイントになる。これもひとつの試練なのかもしれない。

 そこで、今回は古山についていくことにした。やはり前に目標になるライダーがいないとやりにくい。古山は調子がいいと、とんでもなくいいタイムをだすことがあるし、第1戦のカタールでも古山の後ろを走ってタイムをだした覚えがある。

 古山の走りはアグレッシブだ。時にオーバーランすることもあるが、ゼブラゾーンをうまく使って走っている。前回のアッセンでは後半で大きくオーバーランして順位を落としてしまった。今回はそういうミスをしないように心がけているようだ。

 結果、古山は1分25秒551で予選8位。私は1分25秒603で予選9位。ポールポジションは1分24秒885と一人だけ24秒台に入ったベイユーだ。ホームサーキットなので走り慣れているのだろう。2位は優勝候補のアレンソ、3位に新人のロネッタが入った。だが、彼はスロー走行違反があり、ロングラップペナルティが課せられている。このレース13人ものライダーがペナルティを課せられている。皆、ポジションどりで最終コーナー手前でスロー走行をしていたからだ。

 ジム・フランクは予選4位。エイミーは予選7位。やはりエイミーの方が速いが、彼女はジム・フランクの後ろについてタイムを稼いだようだ。まるでチームメートみたいな走りだったということだ。ちなみに山下は予選10位、鈴本は予選12位となった。Q1から上がったオルガダが予選11位に食い込んだ。

 その日の夜、戦略会議を3人で行った。監督のジュン川口が口を開く。

「 Tomorrow it will be a battle with the tires . Don't push yourself in the first half . Keep an eye on the second group . The leading group began to wear out their tires and dropped off in the second half . Be careful not to get caught up

in the crash of another machine . 」

(明日はタイヤとの戦いだ。前半は無理するな。セカンドグループで様子を見ていろ。トップグループはタイヤを消耗して後半落ちてくる。勝負はそれからだ。他のマシンの転倒に巻き込まれないように気をつけろよ)

 ということで、2人とも納得した。


 決勝、夜中に豪雨があり路面温度が昨日よりも低くなった。10度近く下がっている。タイヤの消耗が少し減るかもしれない。と言っても無理はできない。

 3列目のインでスタート。1コーナーは無理せず曲がる。ポジションをいくつか落とした。

 2周目、早速アクシデント発生。11コーナーでトップのベイユーが転倒。リアタイヤから滑っていった。昨日、MotoGPのマルケルも同じような転倒をしていた。魔のコーナーかもしれない。

 4周目、トップグループは3台にしぼられた。ロエダ・フェルナンド・ロネッタが争っている。だが、3台ともロングラップペナルティを消化しなければならない。

 12周目、トップ3台がロングラップペナルティを消化し、後方に落ちた。9台のトップ集団を形成している。あと11周。私は5位のポジションに位置している。

 20周目、予選3位のロネッタが転倒。新人なのに予選がよかったので速さを過信したのかもしれない。ペナルティを消化して追い上げで無理をしたのだろう。トップ集団は7台に減っている。アレンソ・古山・フェルナンド・ジムフランク・エイミーその次に私がいて、後ろに山下がいる。

 ファイナルラップ。皆本気モードだ。コーナーでラインが交錯する。魔の11コーナー、3位のフェルナンドがハイサイドを起こした。後ろからきたジム・フランクと接触しかけてバランスを崩してしまったのだ。アレンソと古山のトップ争いはし烈だ。だが、最終コーナーでラインを変えた古山が少し膨らみ、アレンソがトップでフィニッシュラインを越えた。古山はすごく悔しがっていた。

 私は山下との争いを制して、5位キープ。表彰台には上がれなかったが、初めてのサーキットで上位入賞は上々の結果と監督からほめられた。ジム・フランクはまたもや表彰台ゲット。どうやら来年はMoto2に昇格しそうだとエイミーが言っていた。そのエイミーも何か移籍の話がありそうな口ぶりだった。もしかして、ジム・フランクの後に入るのかもしれないとチラッと思った。

 でも、移籍話は私には関係ない。澄江さんから

「サマーバカンスはどうするの?」

 と聞かれたが、何も考えていなかった。

「澄江さんはどうするの?」

 と聞き返すと

「スイスに行こうかと思っています。いっしょに行きますか?」

「スイスか、いいね」

「じゃ、桃佳さんの分のチケットもとっておきますね」

 ということで、1週間のバカンスをとってスイスに行くことにした。それまでは、「ザルツブルグでいろいろなマシンに乗れ」

 と監督から言われた。またオフロードマシンでドリフトの練習だ。

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