第四十三話『ノーマルエンドの匂いがする』
うずくまっていたノア先生が、フローラのツタを動かしながら、ゆっくりと立ち上がる。
その顔は、既に歪に歪んでいた。優しかった彼からは到底感じられない表情。
禁呪を使用された痛みは、どうあれ残るのか、立ち上がっても彼から力は感じられない。
――ただ、もはや彼の事は、"彼女"と言うべきかもしれない。
ノア先生は、俯きながら笑っている。
「何が、何がそうさせるのかしら」
レイジニアの、声が響く。忌々しげに、響いていた。
「禁呪封じ? フォスフォレッセンス? くだらない、くだらない、くだらない!! なのに、どうしてそんな抵抗をしたのかしらね!!」
その声には、紛れもない怒りが混じっていた。ノア先生の抵抗が、彼女の禁呪使用の中でも最高レベルに強い抵抗だったのだろう。それもそのはずだ。ノア先生はそこら中にいるただの人間ではない。
少なくともこの世界に選ばれた重要人物。そう簡単に、禁呪を受けるようにはなっていないはずだ。
だけれど、事実彼は俯き、歪めた笑みを浮かべながら、動かない。
「殺してあげても、いいのだけ……れ……ど?」
そこで、レイジニアの声が止まった。
疑問を帯びたその言葉を最後に、彼女の声は遠く離れていく。
その時にやっと気づいた、私はずっとノア先生を見ていたというのに、一瞬たりとも気付かなかった。
――レイジニアの声が聞こえていた間、ノア先生の口は、少しも動いていない。
その笑みは、歪みながらも、愉悦の笑みをたたえている。
「……禁呪は、魔法である」
ノア先生が、顔を上げて、玉座に座っている国王を嘲笑うように見上げる。
そこには、目を見開いてこちらを睨んでいる国王、つまり"彼女"がいた。
「だから、魔力を持たない僕には作用しない。ただし、フォスフォレッセンスもまた、作用はしない。実験は……検証は、成功した」
――彼の笑みは、生命を賭けた実験という名のギャンブルに成功した愉悦に、歪んでいたのだ。
「僕はね、ニアさん。常々思っていたんだ……君からこの世界の話を聞いた時から、僕という存在の意味を知らされてから、ずっと考えていた。その思考を放棄したいが為に、フォスフォレッセンスが、フローラが生まれたと言っても、間違いじゃあないよ」
私にそう語るノア先生の表情は、もう決して温和では無かった。
彼は怒らない。彼は勝ち誇らない。彼は、優しさに満ち溢れているのだ。そういう設定だと、思い込んでいた。
――だけれど、それはある意味で正しく。だけれど、それは正しく考えた時に異なっている。
ノア先生は、淡々と言葉を続ける。
「レイジニアの思う事は、分からないでもないんだ。自分が創られた存在で、この精神さえも誰かの手が加えられた物だと言うのならば、では僕は一体、何なのだろうと。だけれど僕は、僕だ。一般的に優男と言われるような、人生を送ってきたよ」
「ノア、先生……」
フローラのツタが、鋭く変貌していく。まるでそれが、突然変異と言わんばかりに。
まるでそれが、ノア先生の心境を表しているかのように。
「僕が君に付いていくと言った時に、君は表情に出さずとも、疑問に思っただろう。どうして僕のような男が、死地に着いてくるのかって」
「え、えぇ……まぁ……」
そこで嘘を吐いても仕方がない。私は遠くで動かないレイジニアを見ながら、禁呪についての思考を巡らせつつ、ノア先生の言葉を待つ。
それと同時に、仲間たちの到着も、待っていた。今此処でレイジニアと戦った所で膠着状態か、敗北。
国王に禁呪を使ったレイジニアを倒したとしても、今度は誰に精神転写されるか分からない。ノア先生だからこそ、打ち破れたというだけだ。
ノア先生が自嘲気味に笑って、フローラを撫でる。
「僕が一番弱く、僕が一番油断を誘え、僕が一切の魔力を持っていない、それが理由。そうして君の手を払ったのは、万が一にでも君の有り余る魔力が僕の身体に流れ込んでしまっては元も子もないと思ったからだ。悪かったね、驚かせるような真似をして」
つまり彼は、自分を犠牲にしながら、自分の存在に疑問を覚えながら、そうしてレイジニアと同じような疑問や葛藤を抱えながら、この世界に一矢報いる事を選んだのだ。
「僕の敵は、彼女であって、彼女じゃあない。僕はね、主観では考えられないような、僕ならざる事をして、やっと僕の敵に一矢報いる事が出来る。アイツはね、ある意味ではそのついでなんだよ」
彼の言葉に宿る笑みに、小さな悪意が見える。
だけれどそれは、彼が創造物ではなく、人間になった瞬間の証明のようにも思えた。
彼は、彼自身の有り余る知能によって、創られた自我という物を完全に破壊したのだ。
「レイジニアの禁呪は、僕が受け止めよう。僕と、フローラが、絡め取る。何度まで耐えられるか、根比べだ」
優しさは、時に剣に変わる。その視線は、鋭く、ギラついていた。
「……そういう一面もおありなんですね」
「幻滅したかい?」
悪意は、伝播する。
悪は、正すべきものだ。
ただし、悪意は時に、正すべき物ではない。
何故ならば、悪ヘの悪意は正しき物であり、相対する存在同士には、必ず勝利する意があるのだから。
だからこそ、私もまた、口を軽く歪めて、返事をした。
「いいえ、ちっとも」
私とノア先生が見据える国王が、徐々にレイジニアの姿へと変貌していく。
姿を変える魔法を使っているのか、禁呪の効果に姿の精神体の姿の模倣までが含まれているのかは分からない。だけれど、少なくとも膨大な魔力を使っている事だけは、分かった。
「僕に魔力はない。だけれどこの子は魔力を元に生まれた生物だ。この成長を見るに、相当の魔力が僕を通して伝ったのだろうね」
ノア先生が白衣を脱ぐと、その上半身は、見るからに締め付けるような形でフローラが絡みついていた。もはや、上半身の衣服が破れている程だ。
「痛みも愛とは言うけれど、これは少し堪えるね。けれどまだ彼女は、僕の味方だ」
フローラは、彼をその愛で締め付けながらも、怒りを顕にするかのように、鋭利に変化したツタの先をレイジニアの方へと向けていた。
「精神が完全に定着するまで三分以上、か。此処が隙だろうね」
レイジニアに変化していく王の身体は確認出来ても、彼女の声は未だ聞こえない。
ノア先生の言う通り、おそらくはそこが隙、精神が定着するまでのタイムラグなのだろう。
だが、ノア先生の精神を乗っ取ろうとした時の素早さは、逆に言えば即座に対応出来ない程に早かった。レイジニアが精神体になる為のトリガーは、おそらく精神転写体の死亡。
私が第一王子に精神転写したレイジニアを倒した事によって、ノア先生への精神転写を試みたのだろう。
つまり、彼女を精神体にさせてしまうと、必ず誰かが危なくなる。
「魔力が尽きるまで、戦わねばならないか。もしくは……」
「僕以外の皆もそろそろ到着すると考えると、そういう事になるね。その点で言えばフローラに魔力をたんと食べさせてくれたのはありがたい、が。その精神転写の全てを受けきったなら、僕は愛に殺されるだろう。それまでに、対策を考えなければいけない」
レイジニアの禁呪の魔力を一度受けただけで、これだけフローラが成長したのだ。もはやノア先生が自力でフローラを身体から剥がす事は難しいだろう。彼が何度でも受け止めると言ったのは、彼らしくない強がりだ。合理的ではない。
何故なら、その禁呪を何度でも受け止めてしまえば、彼は間違いなく、愛を誓う程の魔法植物、フローラによって絞め殺されるのだから。
「最後の最後で面倒なあたり、レイジニアらしいですね」
「僕は君としてのレイジニアくんしか知らないから、そのあたりの判断は君に任せるさ、ニアくん」
そう、私はニア・レイジなのだ。彼女の弱点を一番良く知っている。
――そうして私は『怒り狂う』という事の弱点を、一番良く知っている。
後ろから複数の足音が聞こえると同時に、玉座からレイジニアが立ち上がるのが見えた。
「ニアさま! 来たぞ!」
クロの声に私が振り返ると同時に、風が私の横をすり抜けていった。
アポロ王子が、レイジニアに斬りかかるべく、疾走していく。
「アポロ王子! 殺しちゃ駄目! 誰かが乗っ取られる!」
私のその言葉が寸前でアポロ王子に届いたのか、彼はレイジニアが反応出来ずに、首が飛んだであろう一撃を、ローブと共に胸元を切り裂く事に留め、大きく跳躍し、大広間の中心まで戻る。
「何とも面倒な事になっておるな! ニア・レイジ!」
「人命を、何だと……何だと思っておられる! レイジニア!」
ジェスもまた、アポロ王子と並び立つように、叫びながら剣を抜く。
「あーあ! つまんない。王子様やら何やら、これを手籠めにする女が、アンタ?」
レイジニアの目がギラリと赤く光る。
同時に、私が血液を媒介にして放った炎と同等レベルの魔法を、こちらへと、しかも一点へと集中して、放った。
駆け込んできたと同時に、その炎は槍のように、ウェヌの胸元を狙って、飛んでくる。
――だけれど、標的は、分かりきっていた。
「やらせないったら!」
血の剣が、一本、二本と生成されては折れていく。
一点集中した炎の槍は、その程度の防御では防ぎきれない。
だけれど、標的にされる事くらい、彼女だって分かりきっている。
「やらせない、ったら!」
私と同じ事を、精一杯の声で叫んで、ウェヌがその炎の槍を、魔法防壁で払いのける。
此処に、奇しくも三人の禁呪保持者が揃った。
マイロは死に、獣化の禁呪は消えたが。
精神転写の禁呪保持者が、二人。
そうして
眼前には、怒りを隠せずにいるレイジニアが、大きな足音を立てながら、アポロ王子とジェスの元へと、剣を携えて降りてきていた。
「それは……王の剣か。未だ勝てずの父上と剣を交わす事になろうとはな。だがしかし、この体たらく、愚父には違いない。その御身、斬らせてもらう」
「私が盾になるならば、負ける事など、ありません」
それに続いて、クロとブラウンが二人に並び立つ。
「剣の腕は立ちませんが、きっと、私が此処まで来た事に意味があるんでしょう」
「むずかしいことはわかんないけど、ニア様は、ニア様一人でいい!」
ノア先生がそれを見守るように、四人の後ろへ付いた。
「さぁ、出来うる限りの時間稼ぎを、皆さん。精神を乗っ取られたくなければ、生命は奪わぬよう」
彼も、彼が禁呪を受け止めるのは最終手段だと理解しているのだろう。
あえて防げるということを言わず、全員の油断を禁じた。
そうして、私の横に、ウェヌが立ち並び、私の手を握る。
「沢山、頑張って来たんだよね?」
「ええ、そりゃもう」
彼女が小さく笑って、その握った手に軽く力を込めた。
「じゃあ、私も頑張らなきゃ、ね」
ウェヌが、私の手を離し、レイジニアが階段を降りてくるのと同じようなスピードで、一歩ずつ仲間たちの元へと歩いていく。
――ウェヌが私の手を離し、一人で歩き始めた。
それはある種の驚きのようでもあり、喜びのようでもあった。
この場で一番レイジニアの標的になる可能性が高いのは、おそらく彼女だ。
だけれどウェヌは、それを知って尚、前に出る事を選んだ。
「ニア。貴方の事は貴方が一番分かってる。よね? だから、今までみたいに、お願い!」
随分と、無理なお願いをされてしまった。
だけれど精神転写について、私が考えうる策は、一つしか残っていなかった。
――私自身が禁呪を使い、精神体の状態の彼女を、打ち倒す事だ。
「皆、私が禁呪を使う! それまで、持ち応えて!」
禁呪の正確な使用方法なんて、私がレイジニアの身体に精神転写されるまでの事しか分からない。
それでも、何とかして私が精神体になり、彼女と対峙しなければ、勝ち目は、無い。
私の言葉に、アポロ王子とジェスはレイジニアと剣戟を始め、ウェヌは魔法防壁でこちらへの魔法を極力防ぎ、ノア先生はフローラでウェヌを守る。
まさか、こんな風景が見られるだなんて、思っていなかった。
「じゃあまぁ、自分はこちらでしょうね」
「私もだなー」
そう言って、私の従者達が、私の前に立ち並ぶ。
ブラウンは正確にはウェヌの従者であっても、その心根はきっと、私を支えてくれようとしているのだろう。
そうして、クロもまたそれに続くのは、きっと当然だと、思っていた。
私はもう、そのくらいに人間を信用出来るようになっていたのだ。
向こうには、怒りに狂った最強の魔法使いが一人。
だけれど、私達は一人ではない。
私が折ったはずの全てのフラグが、今この場で一本の折れない旗へと変わり、靡いている。
そんな気配がした。
最強の矛と、最強の盾。
善意の魔法使いが、一人。
知能の権化が、一人。
最優の従者が、一人。
最愛の従者が、一人。
――そうして、私という物語の、主人公が、一人。
誰もが、誰もの人生での主人公であるならば、私だって主人公なのだ。
だから、ウェヌを妬む必要なんて、無い。
「ニア・レイジ! まだか! 手加減出来る相手では、無いぞ!」
アポロ王子の声が聞こえる。目を閉じて集中しているが、明らかに手傷を負って、消耗している声だ。
だけれど、禁呪は成らない。
レイジニアが禁呪を成立させられたのは、その余りにも強い怒り。
元の、現実での私であれば成立させられたかもしれない。だけれど今の私に、その強い怒りは悲しい事に無くなっているという皮肉が、禁呪を成せずにいた。
レイジニアの笑い声が、耳障りだった。
「ニア殿! こちらは……! まだ、持ちます!」
無理をしているジェスの声、剣戟と魔法の音が、交互に響く。
国王が、アポロ王子すら凌ぐ剣の実力を持っているとするならば、そこにレイジニアの魔力が備わっているのだ。鬼に金棒も良いところだろう。
だけれど、だけれど、禁呪は成らない。
そもそもこの禁呪は、精神を別人に転写するという禁呪なのだ。
転写先の人間が存在しなければ、この禁呪の設定、つまりは世界に抗わなければいけないという事になる。皆の攻防の音に、心臓の音が高まっていく。
レイジニアの笑い声に、恐怖を覚えた。
「ニア、さま! そろそろ、まずいかも!」
「私は援護に出ます!」
クロが眼前で魔法を防いでいる音がする。
ブラウンが駆けていく音がする。
あまりの攻防の激しさにおそらくは、囮役でもかって出たのかもしれない。
だけれど、だけれど、だけれど、禁呪は成らない。
考えても、思い出しても、どうしても魔力の到達点に禁呪がいない。
皆が生命を賭してくれているのに、私だけが皆の後ろで、考え続けている。
レイジニアの笑い声に、絶望を覚えた。
「ニア! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「万が一の事なら、任せてください!」
ウェヌの強い声は、勇気をくれる。
ノア先生は、私にだけに分かる合図をくれる。
――もう、待たせる事は、出来ない。
「……行ける! トドメを!」
レイジニアの笑い声が、止んだ。
禁呪が、成る。
だけれど、私に禁呪は使えない。
結局の所、その到達点に必要だったであろう怒りは、私の中にはもう宿っていなかった。
悪役令嬢では、失くなってしまっていたのだ。
必要なのは悪意ではない、狂気だった。そこに私は、届かない。
――禁呪が、成る。
私は、閉じていた目を開き、皆を押し避ける勢いで、胸を貫かれたレイジニアの上へと覆いかぶさる。
「……一番適応するのは、私」
誰にも、吸い付かせない。
レイジニアがノア先生に禁呪を使った時、それが弾かれるまでに抵抗の時間があったことを、私は覚えている。フローラに締め付けられている痛みこそあったはずだけれど、それ以外にも抵抗の様子は明らかだった。
だから、私はそれに賭けた。
「ア……ンタ。そう……そういう事をするのね、面白い……じゃあお望み通り」
レイジニアの精神体の声が、耳元で聞こえる。確実に皆は国王に精神転写したレイジニアを討ったのだ。
――だったら、次は私が戦う番。
私は強く目を瞑って、皆に「離れて!」と叫んだ。
「いい度胸ね。その身体、喰らってあげる」
レイジニアの声と共に、身体に強い痛みが走る。
腕が弾け飛ぶかのような痛み、意識を奪われるどころではない。
おそらくはもう既に精神転写は始まっている。
そうして、彼女は私の身体が彼女にとって最も適応すると知っていながら、適応されなかった時の肉体の破壊行動を進めているのだ。
その理由は、至極簡単。
――私を、苦しめたいだけ。皆に、私が苦しんでいる所を見せたいだけ。
私は唇を噛み締めて、うめき声を漏らさぬように、痛みに耐える。
意識が混濁しそうになりながら、その痛みを以て、精神を保ち続ける。
私の精神が乗っ取られてしまえば、この状況は終わりだ。
私という肉体が持ちうる魔力に、精神体として分離していたレイジニアの魔力が合わさったならば、もはや魔法使いという領域を越え、彼女はこの世界どころか、私の住んでいた現実世界にまで手を出しかねない。
元々のレイジニアが現実世界へと干渉出来たのだ。その結果私がこの世界に来ている。
であれば、それをさせてしまう事は、少なくとも二つの世界の終わりを意味する。
「は……なれ……て!!」
私は、痛みに耐えながら、自身の魔力を思い切り天井に向かって放出する。
天井を打ち砕かれるが、自身の上に瓦礫が落ちてこないという事は、おそらくウェヌが魔法防壁を張ってくれたのだろう。
「離れてあげなぁい」
「アンタには……言って、無い!」
レイジニアの声を遮るように、私はひたすらに天へと、業炎、氷河、大嵐といった、大魔法と呼ばれる部類の魔法を撃ち尽くす。
その度に、脳が焼かれるような感覚と、身体中に痛みが走る。
「そろそろ、取ってしまいましょ? やめてしまいましょ? 消してしまいましょ? 痛いでしょう? 諦めましょう? レイジニア」
「痛みなんて……もの、一度死ねば、慣れるものよ、レイジニア!」
そうして、私の叫びは、豪雨の魔法となって、天井に空いた穴から、瓦礫にまみれた大広間へと降り注ぐ。
――もう、少し。もう、少し。
「案外耐えるのね、でも分かる? 貴方は私にとって最高の器。この瞬間まで、最高のデザートはお預けだったのよ? 臭い肉はもう懲り懲り、その抜け殻に詰まったゴミは、消えて頂戴?」
魔法を、撃つ。撃つ。撃つ。
レイジニア・ブランディという人間が持っているあらゆる魔法を、放つ。
それは、周りから見ればおそらくヤケクソにも見えただろう。
「本当に勿体無い。私という身体を持っていながら、貴方は無駄な事をするのね。馬鹿はこれだから……」
「馬鹿は……これだから、笑えるのよ、ね」
最後に、私は笑いながら、ドッと国王の死体の上へと倒れ込んだ。
もう指一つ動かない。そうしてありとあらゆる消耗、そうして、この禁呪にとっての最大の弱点。
――魔力の、枯渇。
混濁していた精神が、はっきりしていく。
「は? アンタ、本当に……馬鹿なの?」
魔法を使えば使うだけ疲労が溜まり、最終的には魔法防壁で銃弾も防げない程に、魔法の力が弱まる事はスラムの一件で理解していた。
そうして、魔力を持たないノア先生に禁呪が効かない事も、理解していた。
だからこそ、私はありとあらゆる時間稼ぎと共に、無駄な足掻きという演出を以て、自身の魔力を枯渇させた。
「お言葉だけど、そのままそっくり返してもらうわ。二回も同じ手に引っかかる馬鹿だなんて、私は、私の事を買いかぶってたみたい」
私のその言葉に、レイジニアの怒りが身体中を走り回る。
もう、疲労こそあれ、痛みは感じない、急いで身体を乗っ取ろうとしているのを感じる。
だけれどもう遅い。彼女の禁呪が魔力を以てその効果を発揮するのならば、今の私にそれを成立させる程の魔力は残っていない。
空っぽ、本当に抜け殻になった私の中を、レイジニアの精神体は這いずり回っている。
「だったらぁ! 他のヤツに……」
「させない……ったら」
私の禁呪は成らなかった。
同時に、彼女の禁呪も、もう成らせはしない。
感覚で分かる物がある。
何故なら私は彼女だから、魂という物があるとするならば、それが似通っているのだ。
だからこそ、私はイメージする。強く、強くイメージする。
怒りでもなく、狂気でもなく、仲間の為に、近しい人達の為に。
――逃がしてなんて、あげない。
気づけば、私は倒れている私を見つめていた。
私の身体から出ていくレイジニアの精神体に縋り付くというイメージを最大まで高めた。
そうして、使うべきは、魔力ではない。
私では成せなかった、禁呪という私に刻まれた使いようの無い呪い。
それを媒介に、彼女の精神体に、しがみついた。
身体が、楽になった感覚を覚える。
「アンタ……やったわね……」
「使えないなら、捨てたらいい。私に、禁呪なんていらない」
魔力が空でも、禁呪という存在は、大きい。
レイジニアが特別だったように、ウェヌが特別だったように、皆が特別だったように。
私だって、特別なのだ。
「さぁ、小細工なんて無し。アンタの世界と、私の世界。どっちが勝つか、やりあいましょう?」
いつの間にか、私の姿は碇二朱の物に戻っていた。
それもそうだろう、今の私もまた、精神体なのだから。
だけれど、レイジニアの腕を掴んでいる感触はある。だからこそ、馬鹿げた話。
この先には魔法も剣も何も無い。
喧嘩をする時に、何かを用いるなんて無粋だと、相場が決まっている。
「随分と、自身があるようね? 此処で私を、消す気?」
レイジニアから、多少の焦りを感じる。
それもそのはず、状況は、もはや五分と五分に近い。
私は笑いながら、徒手空拳を構えた。
あんまりにも、剣と魔法の世界の決着には馬鹿らしい姿。
「アンタは、私がアンタの身体で過ごした時間を馬鹿にしていたわよね? でも、アンタが禁呪の為に使ってた時間は、たった今無駄になった」
「だから何だって言うのよ。私に武術の心得が無いとでも?」
それもその通りだ。彼女には彼女の武術の心得がある。
だけれど、私は、レイジニアになってから更に武術を鍛えたのだ。
互いにもう、借り物の姿ではない。
此処からは、経験のみが、物を言う。
――まさか、ステゴロで、勝負をつけるなんてね。
「良いわ。その差、見せてあげる。さぁ行くわよ……ボンクラ性悪クズ女!!」
レイジニアとすら呼ばずに叫びながら、私は、碇二朱は、レイジニアという悪役令嬢に、思い切り握り拳を振るった。
ゲームをしながら苛立った時に、ドンと机をぶん殴った事なんかを、皮肉にも思い出しながら。
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