最終章『Failed to Load And Goal』
第三十三話『死亡フラグは、折られる為に』
私は、思いつく限りのウェヌのフラグを折り。
このゲームを元にした世界は破綻したシナリオで私達をバッドエンドに導こうとしている。
だから、この砦には
これから始まるのは、この世界がゲームだったという前提の、その先へいく為の、戦いだ。
「王子、国盗りとは仰っておりましたが、そう簡単に出来る事なのかしら?」
「まぁそう焦るな、ニア・レイジ。我に考えがある。まずはウェヌ・ディーテを隠匿するのが先決であろうな。我は王城へ引き返す。よってお主らは場を出来る限り引き伸ばせ」
考えがあるというならば何も言うつもりはないけれど、おそらくこの砦に私達がいることについては目星がついているはず。であれば婚姻を明後日に控えているという話がある以上、今日明日中にこの砦に王城から軍あたりがウェヌを迎えるという体裁で捕らえに来てもおかしくはない。
であれば、ウェヌを何処に隠すべきかと、私は考える。
王子には王子の考え、それはおそらく彼の立場でしか出来ない何らかの工作だろうとは思う。
時間がかかるというならば、ある程度この場で軍を抑える必要がある。
「ウェヌをできるだけ隠して時間を稼ぐ……ですか」
「そうだ。貰い受けた書面には堂々とこの国の印があるようだしな。戦争を仕掛けるという事についても、文字が読めたら一目瞭然。であればこの文を我が隣国へ届けようでは無いか」
なんてことを言い出すかと思えば、想像以上に上手い戦法だ、本人こそ気づいてはいないだろうけれど、おそらく隣国についての設定は薄いはず。せいぜいが戦争相手というくらいだとすれば、そこに世界の影響は及ばない可能性が高い。
つまりは、この世界に於けるヒエラルキーとして、王子が設定を持つ主役級な以上、隣国への来訪は悪い事にはならないというのが私の考えだった。尤も、私の立場からは思いつきもしなかった事だ。
「成る程……敵の敵は味方というわけですか」
「応よ、単騎駆けではあるが、その間の有象無象は蹴散らしておいてやる。なんせ我は武闘派だからな」
であれば、ウェヌを隠す事も容易いかもしれない。
王子の行動に目が行っている間に一番誰の目にもつかない場所。
私が思いつく場所は、一つ。
――それはおそらく、スラム街の奴隷市場。
「じゃあウェヌとクロは、ジェスに売られてくるのが得策かしら、ね」
「ふぇえええ?!」
ウェヌの声を久々にちゃんと聞いた気がする。この砦に来てからは散々王子に振り回されてさぞ可哀想だったけれど、今度は私が振り回す事になってしまった。申し訳ないけれど、でもきっとそれが得策だ。ついでに奴隷市場もぶっ壊して来てもらえば良い。
「つまり、王子が隣国を味方につけている間、クロとウェヌ……だけじゃ怖いからジェスを見張りに奴隷市場に潜入して身を隠す。準備ができ次第奴隷市場ごとぶち壊して合流……ってのはどうかしら?」
「おおー! いいなそれ! 私も良いヤツと悪いヤツは覚えてるから多分上手くやれるぞ!」
「私はどうかな……でもニアがそういうなら……状況が状況だもんね。私もそんな施設があるのは嫌だし……」
なんとかクロとウェヌは納得してくれたようだ。ジェスも任せてくださいと言わんばかりに私の目を見て頷いていた。
「では、此処は私と衛兵さん達で何とかしましょうか……」
ブラウンの声も久々に聞いた。彼はやや疲れで、かすれた声をしていたけれど、しっかりと仲間の一人としてこの作戦に参加してくれるようだ。
その目からは、いつかの薄汚れた闇とも言いきれないような中途半端さは消え、振り絞るような一人の人間としての矜持のようなものが宿っていた。
「そうね、私達がこの砦で、出来る限り籠城戦を試みましょう」
「……達? ニア様も残るのですか?」
ブラウンが素っ頓狂な声をあげる。それもそのはずだろう。一応、王子は自由行動として私が指揮をとっている形になる。その私がいわゆる囮的な立場であるというのも変な話だ。
だけれど、私は折ったフラグがもう一度、雄々しく振るわれる旗として振るわれる瞬間を、この目で見たくなった。
勿論、それだけが理由ではない。
「ええ、魔法だなんだに頼りきってるこのご時世、どうせウェヌの顔もロクに分かりゃあしないでしょう? なら私がウェヌ・ディーテを名乗って精々足掻いてやるわよ」
その言葉に王子が声をあげて笑う。
「豪胆だなニア・レイジ。やはり三男坊には勿体無い。身分も捨てたというなら、事が終われば王城に来い。手厚い待遇をしてやっても良いぞ」
「ま、考えておきますわね。まだまだ私も人生を謳歌したいと思い始めた所ですので」
そう、やっと私も、こんな世界であっても先があるなら、まともに生きてみたいと思い始めたのだ。
だから必ず、掴み取る。
ウェヌのフラグを折る事と、目下見えているハッピーエンドを迎えられない事は同義ではない。
結果的に私はずっと、ハッピーエンドを見る為に奔走していたのだから、笑ってしまう。
だけれど、ウェヌと、クロと、ブラウンやジェス、ノア先生や王子を見て、そうして世界を見て、なんだか本当に、本当の意味で縮こまって生きていた現実の碇二朱という人間の人生を笑い飛ばしてしまいたくなったのだ。
だから、私はまず、最初のフラグにへし折ったフラグと共に、戦おうじゃないか。
これが私の思い描く、世界に対抗するシナリオだ。
――私の人生の主人公は、私。
ウェヌは確かにこの世界に定められた主人公、それに変わりはないし、もう文句もない。
だけれど、私自身の人生の主人公は紛れもない私。私なのだから。
「さぁ、皆動きましょう。そうして私は……少し寝るわね。はっきり言うと、禁呪避けの紅茶を作るのに徹夜なの。ブラウン、動きがあったら起こしてもらえる?」
そう言って、私はクロの肩を少しだけ強くポンと叩いてから壁にもたれて眠ろうかなと歩き出すと、心配そうな目をしているウェヌと目が合い、思わず語りかける。
「そんな心配そうな顔しないの。クロもいるし、ジェスだって付いていかせるんだから」
「でも、ニアは……」
その言葉と表情で、少しハッとする。
彼女の近くに私がいなくとも良いという事は、私にとっては都合の良い事で、だからこそディーテ家の一件から、泣きじゃくる彼女を置いてディーテ家を探索し、まだ惑っているであろう彼女をジェス達に任せて一晩放置してしまっていた。
だけれど、この場で一番彼女の傍にいるべきは、果たして誰だったのだろうかと、考える。
――彼女を守るべきは、私ではなかっただろうか。
「……ごめん。でも、でもね。これは貴方の物語でもあるの、作られたという意味でも、本当の意味でも」
ウェヌの目尻に、涙が滲む。
彼女が、本来秘めていたゲームの主人公としての器。それを育てる為のイベントを潰し続けてきたのは他でもない私だ。だからこそ、私はウェヌの傍にいるべきだと、そうも思った。
――だけれど、それじゃあ私が彼女のレールを敷いているだけ。
これじゃあ、まるで私はこのゲームのクリエイターだ。設定とシナリオで縛り付けているこの世界の意思と、何ら変わりない。
「これだけ振り回して、我が儘だったとは思うけれど。それでも私は、本当の……色んな貴方を見てきたつもり。だからきっと、上手くいく。そりゃあ私ばっかり色々と隠し通しで、そりゃあ確かに、ズルいったら……」
「ズルいとは、思ってないよ。でも、やっぱり私も怖い。ニアが死んじゃったりするのも嫌だし、戦争になるのも、怖い。私が禁呪を使えてしまうから仕方なくたって、勝手に人生を決められたくもないんだ。だから頑張る。だけれど、ニアは大丈夫?」
――一枚上手、そういう他無かったかもしれない。
彼女の不安は、もう自分自身の不安では無くなっていた。王子の威圧感による恐怖や、剣を向けられた時の怯えは当然だろう。彼女は眼の前で実際に人死にを見た事が無い。私は、私の死を見ている。
そうして、彼女の元来の性格として、奥手で臆病だという事は基本的に変わりないのだ。
だけれど、その奥にある芯の強さは、私が思っている以上に、気高く、強かった。
激しい風に吹かれて旗が靡いても、折れないような芯が、彼女の中には確かに宿っていた。
彼女が心配していたのは、彼女自身の事ではない。
私の事だったのだ。
――だから、私は彼女を強く抱きしめた。
口調を変えてみても、呼び名を変えてみても、何処か拭えなかった主従のイメージが、溶けていく。
やっと対等に、友人として、仲間として、彼女を見る事が出来たような気がした。
「バカね、私の事を心配するなんて百年早いわよ」
「いたた……力が強いよ、ニア」
私は彼女の身体を少しだけ持ち上げて、ストンと床に落としながら立たせる。
「私は上手くやる。だから貴方も、上手くやってきなさい。アイツと、すぐに迎えに行くから」
そう言ってブラウンの方をチラリと見てから、少し気まずそうにしたウェヌを見て笑う。
「ま、嫌ってあげるのは可哀想よ? でもまぁ、好きになってあげる義理はひとっっっっつもないけどね!」
そんな下らない話をしてから、改めてそれを見ているクロにも向かい合った。
「貴方にも世話ぁかけっぱなしね」
「私の人生はニア様にもらったんだ、とーぜん!」
彼女との生活も、楽しかった。ブランディ家で色々と学んだ時間はそう多いとは言えないけれど、真っ直ぐに育ってくれて、本当に良かったと思う。
「全部終わったら、また美味しい食事と……楽しい事でもしましょ?」
「ん! じゃあニア様! また!」
私が今している事がなんだろうと考えた時に、フフッと小さく笑いが溢れてしまった。
「じゃあジェス、二人を頼むわよ。王子は……」
「既に発たれました。気の早いお方なんです、決して悪い方では無いので……ご理解ください。それにクロ殿とウェヌ殿の事は、騎士の名誉に誓って、お守りいたします」
それを聞いて、ホッとした。
既に砦を発ち隣国へと協力を仰ぎに動く王子。
そうして私達に見送られ、奴隷市場に身を隠す為ウェヌ達が取りでを発った。
残ったのは元ボンクラ執事ことブラウンと、複数の衛兵、そうして、私。
「ニア様、良かったんですか? ハッキリ言ってこんな役目、外れクジですよ?」
「良いのよ。私は少し眠るわ。それと、下手に味方側から人死にを出したいとは思ってないの。だから衛兵にはいざという時には逃げるように言っておいて頂戴」
ブラウンは頷き、私の元を去った。
その前に、クルリとこちらに振り返って笑う。
「ちなみに、私に逃げ道は残されていますか?」
「毒を喰らわばって言うでしょ? 私を置いて逃げられるなら、勝手になさい。じゃ、おやすみ」
ブラウンのまんざらでもないような苦笑を聞きながら、夢を叶える為に、私はしばし目を瞑って、真っ白な夢を見る。
そうして次に目を開けた時には、眼の前にブラウンの顔があった。
「ニア様、遠くに敵襲らしき姿が。数は……百人いなければ良いだろうと言った所です」
「んぁ……随分早いわね。私、どのくらい寝てた?」
目をこすりながら、私はクシャリと髪をかきあげる。
「なんというか、その、丸一日程、ぐっすりと……」
――私って、ロングスリーパーだったっけ?
いや、それだけ疲れていたということなのかもしれない。
床に寝転んでいたからなんとも身体が痛いが、ありがたいことに毛布程度はかけてくれていたようだ。
「ん、んんん! ……そう。流石に疲れが溜まっていたみたいね」
「禁呪避けを一晩でなんて、無茶が過ぎます。魔法に精通していない私ですら、奇跡のように思えますよ」
ブラウンは、鏡を用意し、水の入った洗面器を置く。
「奇跡ねぇ……それはこれから起こす事達を言うのよ。それにしても気が利くわね。ということは食事の準備もあるのかしら?」
「残念ながら、食事に値するかは……。飲み物は酒の類しか無いですし、食べ物は簡単な物しか……」
――酒、か。
思わず飲みたいと思った。こうなってはもう法も何も無い。
酒の一つを飲んだ所で誰に咎められる事もないだろう。
だけれど、私はあの日を思い出す。
私の失敗、現実での死は、酒を飲んでいた事で、引き起こされたのだ。
「はぁ……お酒は祝杯の日までとっておくことにする。もう転生はごめんだもの」
「ニア様の年齢ですと法に触れますが……それに転……なんですって?」
彼の言葉は流し、私は鏡と洗面器で、本当に簡単に乱れた髪の毛を軽く整える。
短く切った後だとこういう時に楽で助かる。
「まぁ、ジャーキーくらいはあるでしょうよ。それでも齧りながら、その百人とやらの可哀想な人達を待ちましょう?」
「見た所、お屋敷では見た事のないような庶民的な物でしたが、よろしいですか?」
――そいつを齧って、いつかの私はコントローラーのボタンを連打していたのよ。
私はブラウンの言葉に頷き、彼が持ってきたビーフジャーキーを齧りながら、十数人の兵士達を集める。
「とりあえず! 虚勢から行くわよ! 砦中のあらゆる場所に旗を立てて、外の奴らが近づいたらとりあえず全力でときの声を上げなさい」
「虚勢……ですか?」
兵士の一人がきょとんとした顔でこちらを見る。
「ええ、虚勢。あたかもこの砦は外から来る人達を拒み、戦いの意思を示している風に見せかける。見せかけるだけでいいわよ。声で一人十人を殺す勢いで叫ぶ事。ただし本当に戦う必要は無い。そこそこに威圧したら、兵士は全員、危険の無い所まで逃げて、その身を守る事に徹する事、それと…貴方ちょっと来てもらえる?」
兵士の中から、強そうに見える一人を呼んでそっと彼に耳打ちをする。
内容には疑問を抱いていそうだったけれど、彼は私の言葉に頷いて、列へと戻った。
「ニ、ニア様。そうなるとこの砦には……」
「そ、私と貴方が残るって事になるわね」
私は溜息を吐いたブラウンを見てニヤリと笑う。
「つまりはまぁ、此処は私達に任せなさい! あなた達はちゃんと逃げおおせる事!」
――まるで、これは、なんというか。
「ですがニア様、私とニア様で百近い部隊を相手するのはあまりにも……」
「ふん、私を誰だと思っているの? 稀代の魔術師になるであろう。最強の悪役令嬢になったであろう。ニア様よ? 私が負けるだなんて事、万に一つも無いわ」
――そう、これも人はフラグと呼ぶ。
床が小さく揺れる音がする。そろそろ砦付近に軍が寄ってきたのだろう。
「ちなみに、見える範囲に負傷者はいた?」
「はい。遠目から見ても、手傷を負った者はいるように見えました。進軍がスムーズでは無いようです」
という事は、途中で王子と遭遇している。つまり作戦の第一段階、相手の軍勢と、王子の接触は起きたということだ。つまりはウェヌ達と軍は遭遇していないという事にもなる。
だけれど、王子が手傷を負わせているなら、向こうもこちらについて殺意が高い事請け合いだ。
「じゃあまぁ、兵士さんの皆様は手はず通りにお願いします。巻き込んだ側ですしね。お願いした事だけやってから、あとは上手く自分の生命を守って頂戴」
「それで、私達はどういたしましょう……?」
ブラウンの声は、少しだけ震えている。それは強さからなのか、それとも武者震いなのかは分からない。けれどその顔には、軽い笑みが見えた。
「ブラウンは今から適当に自分に合いそうな武器を見繕って、部屋中にばら撒いておきなさい? 私達がやることなんて決まってるじゃない?」
私はスーッと息を吸い込んで、吐く。
私達がすべき事は最初からたった一つだ。
「私達がするのはその百人程度の雑魚共の、無抵抗化よ。安心しなさい、私がいるのだから、絶対に負けない」
砦に更に旗が立ち。
外から聞こえる声に負けない大声が響き渡る。
さぁ、二対百の戦が始まった。
友との意味深な会話。
必ずまた会えるという言葉。
眼前の強敵に挑む時の強い自信。
自己犠牲に近い行為
――それらをひっくるめて、人は死亡フラグと呼ぶ。
だけれど、それをひっくり返す為に、私が此処にいる。
「はぁ……とんだ主人に仕えたものですよ……」
砦の大広間に二人きり、ブラウンがため息交じりに、軽口を叩く。
「あら? 貴方の主人はウェヌに戻ったんじゃなくって?」
棘が無く、気安い会話。彼とそういう風に話したのは初めてだった。
兵士が逃げた後、前から聞こえ初めた足音に、私は魔力をこね始め、ブラウンは鞘から剣を抜く。
「もう、誰だっていいですよ。ここまで来たら。私は、斬るだけです」
随分と格好良い事を言うじゃないなんて、そんな事を思いながら、私は彼の剣にとっておきのエンチャントをかけて笑った。
「あぁそれ? 斬れないわよ? なんてったって、全員気絶が前提条件だからね。人死には御免だもの。」
ブラウンの悲劇的な声を耳にしながら、私は自らの手に纏わせた、仄かに赤く、蜘蛛の糸をまとめたようなモヤを、大広間の扉があいた瞬間に見えた複数の足先に放り投げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます