第十五話『ボンクラで居続ける人が嫌いだ』
次に警戒すべき場所は学園に絞る。
この前ウェヌとのフラグを折ってやった騎士や、それ以外のランダム性がある立場からのアプローチよりも、学園内となれば余程警戒はしやすいけれど、その分人数が多く、選択肢は複数ある。
まさかこの種類のゲームを元にしていて、主人公が女学生だとしたら、大人の恋のフラグが存在していないわけがない。そう考えると先生から保険医までが候補に入る。
そうして、学生同士の純粋な恋を考えた場合、クラスメイトや学年の人気の男子も選択肢になるだろう。
最後に一番有力なのは生徒会長、少し背伸びをさせるという意味で、この三種類の男がフラグを立てに来る可能性がある。
幸いウェヌとは近い位置にいる上、クロの編入手続きも済ませてある。
申し訳ないけれど彼女には、私の目が届かない範囲、あらかじめチェックしておいたフラグ候補達の学園の動きをチェックして貰う事になっている。
窓際から執事のブラウンの声が聞こえない事が何とも心地良いと思いながらも、私は小さく溜息をついた。
――考えうるフラグはあと3本か、4本。
学園内で数本折れると今後が楽になるけれど、残りについては貴族や王族なんてところを虱潰しだ。
けれど、王族についてはなんとなしの記憶を持っているので、特定は出来る。
それでも王族が立てに来るフラグをどうやって一個人が壊せばいいのか、それが一番の問題のように思えた。
難しい顔をしていると、無理やり私のクラスに編入させたクロが早弁をしていた。
「学園に来て最初にやることがそれなの……」
「クロちゃんは食欲旺盛だねー!」
いつのまにか私達三人が一つのグループのように見られている。それは何となく知っていた。
だからこそウェヌを虐めようとする面倒な輩を遠ざけるのには成功しているけれど、ウェヌに対するヘイトが高まっているのはウェヌ自身に自覚があるかは分からないものの、私のような人の目を気にして生きてきた人間からすれば旗から見ていても痛いくらいに羨望や憎しみがウェヌに集中していた。
クロは何も気にせず自由に、勉強を楽しんでいるようだ。クロは同じクラスにしてもらったが、そこはレイジニア家の金の力。
お父様とお母様に「お願いします、
「ん、はらへっ……お腹が空いたので食べ物を買ってきますね」
クロは無理に強制した言葉遣いをぎこちなく使って、教室の外へと出ていく。
次の授業は体育、運動神経抜群の彼女には必要の無い授業だ。
つまり早弁をしていたのも今から調査に動く為、行くのは購買ではなく、学園の情報調査だ。
「ちょっと待ちなさいクロ。貴方、リボンが曲がっているわよ」
そう言って私は小柄なクロを前に立ち、誰にも見えないように隠蔽の魔法を使った。学園の先生達が対抗魔法を唱えていたなら見破られるが、この平和な学園でわざわざそんな事をするような先生もいない。
「……頼むわね」
「ん、とりあえずニア様の言ってた人らの場所は大体掴んで来る。中にいなかったら物も漁ってくる……。文字、まだ読めなくてごめんな」
まだ難しい資料に目を通せるほど、彼女の学は育ちきっていない。だけれどもし誰かがウェヌの写真などを持っていたら、大助かりだ。
「ほんとにニアとクロちゃんは仲良しだねぇ……」
私達がこの子の為に悪計を働いているとも知らず、彼女はおそらくニコニコしながら私の背中を眺めているのだろう。それが私の罪悪感を少しだけ刺激した。
それでも完遂するのだ。
そもそも私の本当の目的達はフラグの後にあると気付いたのだから、此処で足止めされている場合ではない。
「じゃ、またあとで」
「いってくる!」
クロは疾風のように走り、通行人を器用に避けて、私が教えたウェヌを虐めていた人に軽くデコピンをしながら消えていった。
「ウェヌはあれからどう? 変わった事は無い?」
「そうだなぁ……いつもニアとは一緒にいるから、学園では何も無いよ?」
それもそうだ。流石にこれで見落としていたとしたなら失態どころの騒ぎではない。
だけれど、今聞き逃してはいけない言葉を聞いた。
――学園では?
ということは学園以外で、動きがあった。
フラグ関係であれば、早すぎるか、順番を間違えた事になる。
「学園では? その、聞きづらいけれど家の話?」
「そう……だね、風当たりが少し強くて。居辛いかなって。特にお姉様があのお茶会から、ね」
彼女も自分の意見を少しずつ言えるようになってきた印象がある。これは明確な愚痴だ。
不快感をちゃんと言葉に出来ている。むしろこの子の場合は、それを伝える相手がいなかったからというのも理由なのかもしれない。
――本当は、それをヒーローに相談していたのかもしれない。
そう思えば、もう既にこの世界の理を壊し始めていると思っても問題無さそうだと気付いた。
何故ならこういった重要なイベントは、ヒーローが出揃った後や、所謂ルートに入った後で起こる物だから。
「味方……か。奪ったのは私だものね」
「ううん! いいの、ブラウンさんは今ニアの所で頑張ってるんでしょ?」
「そう……ね。ウェヌとしては、アイツに対する考え方は変わった?」
そこが一番重要な所だ。フラグは確かに折った。だけれど一人が持てるフラグが一本だと、誰が決めたのだ。ゲームなら一本でも、現実であれば何回でも同じ人と結ばれる可能性はある。
「うーん、少しだけ酷だとは思うけれど。男の人としてはもう、見られないかな。あんな事があった後じゃね……」
「どれだけ優しくされても? どれだけ貴方の味方になっても?」
念には念を、使える物は上手く使わなければ意味がない。
「私には……今はニアとクロちゃんがいるから、そういう恋愛みたいな事は、今はいいかなって思うの」
その言葉にも、少しだけ心が痛んだけれど、安心もした。彼女の今の状態がそういうスタンスであれば、ウェヌの家に今必要な物は、彼女の精神や立場を少しでも良くする為の味方だ。
それも、強くなければいけない。
「もう少し、我慢してて。アイツ、返したげるから」
「えぇ?! でも凄い気まずいよ……」
「嫌ならいいわよ。でも私直々にブランディ家の執事を再雇用という名目で貴方の側に彼を置けたなら、今までの関係性とはだいぶ変わるけれど、少し貴方の家の状況は緩和するかもしれない」
ウェヌは少し悩み込んで、珍しく我儘を言った。
「あんまり、ブラウンさんと話さなくていい?」
渡りに船、あのボンクラの失態は完全にウェヌのフラグを折ったと考えて正解だ。気まずさが大きいのだおるけれど、これほど優しいウェヌからでさえ軽い恐怖のような、気付いていないだろうけれど小さな嫌悪感も見える。
「えぇ、ちょっと待っていて頂戴? 多少まともなボンクラを送り返してあげるから」
「ありがと……実は結構、苦しかったんだ。あの頃はブラウンさんが支えみたいだったけれど、事実を知った上であの家にいるのは、さ」
だからこそ、彼女は森に飛び出したりしたのかもしれないと思うと、私の行為は軽率であってはならないという強い戒めが生まれる。
「って! 次は体育の授業だ! 着替えに行かないと!」
そんなウェヌに急かされて、私達は授業を終えていき、帰ってきたクロの収穫を帰り道に聞く。
「んー、ニア様の言うイケメン教師? はいまいち分からなかったけど、保険医はいい奴そうだったぞ。体育の時間、何人も女生徒達が保健室に入っていったからしばらく端っこで見てたけど。アイツはモテそーだったな。一人の時も静かにコーヒーを飲んでた。授業の終わり際だったな」
その言葉を聞いて、冷や汗が垂れる。
体育の授業中、ウェヌが転びかけたのを魔法で浮かせたのが、授業の終わり際。
もしあそこでウェヌが怪我をしていたなら……。
「やることは、決まったかしらね……」
彼女に痛い思いをさせるのは嫌だけれど、この展開が起きていたという事は、ウェヌは少なくとも本来保健室に行かなければ行けないという状況にあったという事だ。
だけれど今日はそれを偶然回避出来た。だけれどまだフラグは折れていない。
タイミングを考えながら、私は家路についた。
名前も知らない保険医、だけれどそれが次のターゲット。
――そうして、それと同時私がやるべき事。
家についた私は、窓際からブラウンを呼びつける。
「ブラウン! 一分以内に私の部屋!」
「ハイッッ!」
裏返った声で、彼は物凄いスピードで走っている。
とはいえ一分は無理だろう。走ればもしかするとギリギリ間に合うかもしれない。
けれど彼は執事、たった今まで剣の鍛錬をしていた身で私の部屋に来るとするならば、それこそ変わらずボンクラだ。彼がこの家で過ごした時間は、彼をまともな執事足らしめているかの、抜き打ちテスト。
一分目、勿論来るはずがない。此処で来たなら彼は完全なボンクラだ。
だけれど二分目、主人を待たせるという事は部下を焦らせる。今彼は必死だろう。それが正解のルートだとしても、不正解のルートだとしても。
そうして三分。今彼に必要なのは、汗を拭き、身なりと息を整え、なるべく早くこの部屋に着く事だ。
最後に四分。流石に五分待たせたらそれもまたボンクラ、判断としては多少中途半端であってもこの部屋をノックするべき。
――だから、このタイミングが及第点。
申し訳無さそうな顔をしながら部屋に招き入れたブラウンの格好は、想像以上にまともな状態になっていた。焦りはまだ見えていたが、それ以上に申し訳無さが勝っているように見える。
だけれど、ボンクラを卒業したいなら、次の問いに正解しなければいけない。
「私、一分で来いって言ったはずだけど」
「はい……申し訳有りません」
謝罪は当然、だって執事だもの。だけれど二の句が無ければいけない。
元々彼は口の回る男ではあるし、感情的な部分もある男だ。
私の挑発に怒りで返す気概は、悪い意味でも捉えられるが、それはある意味不満をちゃんと表現出来るということ。
つまりは、私が課した執事としての姿になるには足りない時間についての、言及をしてくれなければいけない。
「執事としての用務でしたなら、あのような格好で来る事は出来ないと、そう思い時間を頂きました。早急の用事でしたならば、本当に申し訳有りません」
謝りすぎるのは価値が下がるにしても、その言葉からは誠実さが見えた。
何処かでミスをするだろうと思っていたが、彼の努力は実を結びつつあったという事だ。
「そうね、それが正しい執事という物。様ぁなってきたじゃないの」
私が笑うと、ブラウンはキョトンとした顔で、こちらを見た。
「テストだぞ、いつまでも勉強してたって意味無いんだろ? な? ニア様」
「そうね、貴方にもそのうちあるから覚悟しておきなさいな」
クロは「うぇぇ……」と嫌そうな顔をしてから、改めてブラウンを見上げた。
私も彼の顔を見ると、彼は困惑しながらも、怒りの表情は見えなかった。
――あの時の彼ならば、怒りが見えてもおかしくなかったはずだ。
流石はブランディ家の教育と、彼自身の努力もあったのだろう。
無心で剣を振り続ける、雑念が消えるともよく言われる行為だ。
それを欠かさず続けたのだ、彼の心の中にある悪意のような物も、少しずつ霧散していったのだろう。
「つまりはまぁ、これで貴方は、やっと執事足る資格が持てたってことよ」
「ニアお嬢様……」
感極まった様子で私の名前を呼ばれるのは正直個人的には大減点を食らわせたい所だったが、それでも彼の精神面はだいぶまともになってきたようだ。
だからこそ、最終試験をしてあげなければ、と思い私は立ち上がった。
「ブラウン執事」
「……はい」
私が剣を手に取ったのを目にしたのだろう。彼は真剣な声で返事をした。
「貴方に頼みたい事が出来た。貴方を私の執事として、とても大事な事を命ずる為に、一つ、剣を交えましょう?」
ニヤリと笑って、私はブラウンの肩を叩いて、後に付いてくるようにと命じた。
「クロ、回復魔法の使い手を数人、中庭に呼んできてもらえる?」
フラグを折るのは大重要。
だけれど、それ以外の時間は私の自由時間だ。
だからこそ、私がしたい事をする。
これは私が、ウェヌの身の回りに起こっている苛立って仕方のない状況を変える為の、我儘だ。
そのために私は、手駒を増やすのだ。
ボンクラ人間だろうと、ナマクラ刀だろうと、叩き直せばいい。
努力は結果を残すとは限らない。それでも私はその結果を、このボンクラに欲している。
それを、今から証明しようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます