第三章『COOL・SCHOOL・SQUALL』

第十四話『定められた運命が嫌いだ』

 これまでは、丁度良い感じに執事のフラグを折って手中の部下に納め、何となく乙女ゲームの傾向から言って夜の森で騎士とのフラグを折った。

 ウェヌに幸せになられるのがあまり良い心持ちではないのは確かだけれど、実際の所、あの子はあの子としての幸せを手にするべきなのではないだろうかと考え始めている私もいた。


「はぁ……だってこれって現実だものね……」

 朝の紅茶――少しミントを配合した物を飲んで、軽く菓子を摘む。

 気がつけばあまり食事に執着が無くなっていた。というよりも、私よりも食べた方が良い人間がこの世界では多すぎるのだ。

「んー? にあさま、ほうひた?」

「だーから! 食べながら喋らないの!」

 相変わらずこんな調子で少し気が抜けるけれど、正直そんな場合でもなく、次のフラグは完全に察知出来ていない。当初の目的とはやや変わりつつあるが、それでもこの定められた運命に踊らされている感じが、どうにも気に食わない。完全にウェヌに付きっきりというのは中々骨が折れるけれど、その点このお行儀の悪い元モブこと 『私の側近クロ』は使えるのだ。

「この前した私の話は、何となく理解してる?」

 ウェヌと騎士のフラグを折った帰り道、二人きりになった時にクロには私の素性を簡単に話しておいた。

 彼女の思考レベルであれば、気にしないか納得するかのどちらかだろうと踏んだからだ。少々信用するのが早いような気がしたが、案の定彼女は私の話をあまりピンと来ない様子で聞いていた。

「んー、うん! 要はウェヌねーちゃんをモテなくさせる!」

「んー、うん……違うのよねぇ……あの子に寄ってくる男がいたら距離を置かせて頂戴? それで随時連絡、ね?」

 クロは飲み込み自体は悪く無い。何をやらせても標準以上の飲み込みを見せてくれる。とはいえそれらが日常生活の行儀の良さに繋がると言えばそんなことも無いのだけれど、簡単な魔法系統は、数週間で覚えられるくらいの素養があった。


――生きる為に必死に強くなった人間は、次のステップを踏むのも早い。

 確実にクロは私が必要としている大事な側近へと近づいている。攻撃系統の魔法を教える必要はあまり感じなかったが、感知や姿隠し、風纏いの速度増加と言った、彼女に適正のありそうな物を教えていくとみるみるうちに習得していった。まだ初心者という程度ではあるものの。この調子だと私とウェヌが通っている学園に無理強いで入学させる事も可能だろう。

「なー、ニア様ぁ。今日もまほーか? クロは身体動かしたいぞ。あの頑張ってる執事のにーちゃん、またボコボコにしたいぞ」

 クロが妙にねだっていたので、騎士との一件が終わった後に、一度ブラウン執事脱落者一号と試合をさせてみると、彼はコテンパンにやられていた。ただ、一度もその試合用の木剣を落とさなかった事は、少しだけ見直した。

 それに、負けを負けを認めるその感情には、やや好感を持つ程だった。流石にウェヌの家での一件で灸が据えたのか、自分よりもずっと年下の女の子にしてやられたとしても、苛立ちよりも悔しさや不甲斐なさの感情が見え隠れしていた。

「もう、あのボンクラとの格付けはついたでしょ? 今日もまほー、せめて連絡系統の魔法くらい覚えてくれないと。ケーキが付いてくる夕食は食べられないわよ?」

「でもさー、なんか気になんだよなー。あんだけ毎日剣振ってるのに、何で弱いんだろうなー」


――ひどく冷たい言葉だと思った。

 素養は、残酷に存在する。クロはこと戦闘という行為に秀でた星の元に生まれた。

 勿論生き抜く為の技術として必要だからこそ強くなるのは当たり前ではあるのだけれど、それでもやはり彼女の素養は秀でている。彼女のその言葉は、持ち得る人間が、持ち得ない人間を見て思う言葉だ。

「得手不得手、って言葉で通じるかしら? クロは強い。けれどあのボンクラはまぁ、アンタよりは行儀が良い。くらいのもんよ」

「なるほどなー。じゃあ結構やるじゃんか。クロに出来ない事が出来る人はすごいからなぁ……」

 この単純かつ、他人を色眼鏡で見ないのも、彼女の美徳の一つであると思っていた。

 私から見ればブラウンは正直、言葉通り努力がいつまで続くか信用も出来ないボンクラで、上手く役に立ってくれる日が来たらいいのだけれどくらいの感覚なのに、この子の場合は少しだけ感覚が違う。


 それは私とこの子の立場が違うという事にも勿論関係してくるが、単に性格の問題なのだろうとも思っていた。

「アンタも充分凄いんだけどね……だからまぁ、夜のケーキの為に座学に行ってきなさいな」

「ん! 頑張るぞ! あと今日のコレ……なんか苦手だ……」

 元気よく返事をしたと同時に、彼女は私と決別を意味しかける言葉をサラリと言って部屋を後にした。

 

――ミントが苦手??

 明らかに彼女は私の紅茶を指して苦手と言った。という事は彼女は反ミン党という事になるかもしれない。するとミン党である私とは大きな溝が生まれてしまう。なんて軽いショックを覚えながらも、食の好みなんて様々だって事を理解出来ない歳でも無い。私だってセロリは苦手だ。ピーナッツバターを付けても、苦手だ。食べる事は出来るけれども。


 そんな事は一旦置いておくとして、結局考える事はウェヌの事に戻る。

 騎士のフラグを折って一週間弱、流石にこう何度も何度も出会われてはたまったものではないのだけれど、それでもヒーローの挨拶周りがまとまっているのはよくある事だ。

 元々知り合いだったブラウン執事は何となく元々存在したと考えて、そうしてあの騎士との良き出会いを壊したとなると、そろそろ次の『イベント』が現れてもおかしくない。


 幸い、今日は土曜日だからウェヌがどこかしらに出歩く予定も無いだろうと思う。夜の森や一人での買い物については口酸っぱく言っておいたから、彼女の性格的には納得して静かにしてくれているだろう。

 だから今日明日は思考と、クロの鍛錬に時間を費やしてもいいだろうと考えていた。

 問題は、学校が始まる月曜日からだ。学校内部にも必ずヒーローは存在するはず。そのフラグを上手く折る為に、早々にクロにも強引な編入手続きを進めなければいけない。

「私……ちゃんと悪意を以て動いてるわよね……?」

 一人の部屋で自問するが、答えは返ってこない。


――私は、ハッキリ言って性格が悪い。

 そう思い込みながら生活をしてきた。だけれどいつのまにか、なんだか少しだけ自分のエゴで良い事をしようとしている自分気付く。

 性格が悪いという自分もまた、私はそこまで嫌いでは無かったのだ。

 適当に悪役令嬢が主人公をイジメている様を見るのも、嫌いじゃなかった。スッキリした。

 紅茶じゃあなくて酒を片手に、普段の鬱憤を晴らしていた。


 だけれど、現実はどうだ。


 私は両親の諍いを止める為に死んだ。

 そうして、ウェヌに定められた運命ではなく、ちゃんとした運命の相手を結ばれるべきだと思っている。勿論、容易にイケてる男と幸せになられるのが癪なのは変わらないが。

 それに加えて、クロの施設の件や、ウェヌの実家の件にまで、正義というには心地悪い気持ちを覚えている。

「悪役……かぁ……」

 私は、もしかすると悪役にすらなれないのかもしれない。そんな気持ちが、少しだけ自分の心を暗くした。

 一本筋が通っていたかった。けれどそれでも、私は私でしかない。

 私は性格が悪い、それはきっと間違いが無い事なのだ。

 だけれどそれは良く見る悪役令嬢のように悪辣ななにかを持っているわけじゃない。


 悪い性格ではなく、性格が悪いのだ。

 損をさせる性格ではなく、損をする性格。それは似て非なる物。

 確かに実際に悪い部分も多くある、酒浸りの日々を忘れたわけじゃあない。だけれど、私は厳密に言えば、損をする性格で、頑固者なんだろうな。と思いながら、とてもとてもとっっても美味しいミントの香りが漂う紅茶を飲み干した。

「学校ねぇ……生徒からクラス委員、生徒会長なんかも候補か……あとは先生、保険医とかも怪しいわね……」

 思案を巡らせながら、外で剣を振る執事を見下ろす。

「諦めなければね、そりゃあ良い人間になるチャンスはあるわよね。その分、私よりアンタの方がマシなんだけど」

 そんな、彼自身には言えない言葉を呟いて、私はミントの味を最低限まで心地よく配合した紅茶の味を考える事に脳のほとんどのリソースを持っていかれるのを一生懸命防ぎながら、クロの学園編入の裏手続きを一生懸命考えていた。

「お残しも、お行儀のうちよねぇ……」

 まぁ、人の残した物を飲むのも行儀が悪いとは思いながらも、私はクロが口をつけて残していた紅茶に口をつけた。

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