ごく普通の会話、ごく普通の失言

黒い白クマ

ごく普通の会話、ごく普通の失言

「先輩先輩、今戻ってくる時船止まってんの見たんすよ。あのー……ディスプレイされてる、動かねぇやつ。」


本当は直帰したかったんだけど、営業まわり終わってから帰るには時間が早すぎたので大人しく会社に戻った。いやまぁ、もう外暗いし帰っていい気がするんだけど終わってない仕事を明日に回すには早かったって言うか。


で、戻ってきて席に座るなり雑談を振った俺に、右隣に座る先輩が億劫そうに視線を上げる。


あぁ観覧車の近くの、と頷いた先輩は直ぐに目線を目の前のパソコンに戻す。俺も倣って資料整理に戻りながら、忙しい手とは違って暇な口を動かし続ける。


「ちか……近くか?まぁ観覧車も見えますよね。多分それっす。そんで、その船がライトアップされてて。それこそ観覧車と一緒に見えんすよ。」


先輩が無言で頷くのが視界に入る。うるせぇというような真面目な人は居ないので、他の皆は慣れた様子で俺たちの……と言うよりは俺の雑談をスルーしていた。


「俺それみてチョー悪趣味だなぁって思って。」


うん?と先輩含め周りの空気がちょっと揺れるのを感じる。自分でも変なことを言っている自覚はあったので、それを気にせず話を続けることにした。


「やなんか、観覧車がすげぇ……赤と緑?なにあれクリスマスカラー?みたいな感じでビカビカしてて……船もやけに眩しいし。くっそ悪趣味な光景だなって思ったわけですよ。」


先輩は気がついたら笑いを噛み殺しながらこっちを見て話を聞く姿勢をとっていた。


「思ったコンマ三秒後に、それをキャッキャウフフと、バックに写真を撮る人を見るわけですよ。」


堪えかねたように俺の左隣の前田が吹き出す。腕を伸ばしてそれを叩いてから、俺はため息をついた。


「これ悪趣味思うのもしかして俺だけ?みたいな。」


先輩も吹き出した。


「俺の情緒というか、感性大丈夫か?って思って。メガネしてなかったからかな?」


ついに先輩が笑い出した。人がそれなりに深刻に感性について悩んでいると言うのに、この人達は。


「キミ裸眼そこまで悪くないだろ、なんもかんもメガネかけてないせいにするなよ。あ、でもむしろ情緒育っているのでは?人工の光などでは感動しない……みたいな。」


肩を揺らしながらそう適当に答えた先輩に、俺はぞんざいに頷いてワークチェアに体重を預けた。


「あー、それいい。それで行きます。」

「なんだそりゃ。あ、あとはほら、営業帰りで荒んでたからじゃないの。退勤の後見たら意外と綺麗かもよ。」


そう言って先輩はまたパソコンに視線を戻した。打ち込み終わった資料を横にのけながら、俺は不満げに唸る。


「カップルまみれの所なんていつ見ても荒みますよ。」

「じゃあ誰かと一緒に行けば?先輩と一緒に行って検証してきてよ。」


隣から顔を出して適当なことを言う前田に、先輩がパソコンを見たまま笑い声を上げた。思わず眉をあげる。


「先輩と俺でキャッキャウフフしにいくの?絵面地獄じゃないすか。先輩誰かと行ってきて感想言って下さいよ。」


くるりと椅子を回転させて先輩の方を見る。一人や二人いるでしょ、と言えば先輩はうーん?と首を捻った。


「でも、他に一緒に見たい人もいないしな。キミは一緒に行きたくないんだろ?ならあてはないかな。」

「ん?」


ん?


今度は空気が揺れる所ではなく、俺らの会話が聞こえていたメンバー全員が手を止めてこっちを見た。俺も首を捻ったままフリーズして、先輩を見る。先輩は暫くキョトンとした顔で周りを見たあと、キョトンとした顔のまま、タバコを掴んで部屋を出ていってしまう。


ん?


「今……先輩……え?」

「……タバコ休憩行く?」


俺はタバコを吸わない。吸わないんだけど、前田の提案に壊れたおもちゃのように頷いてから立ち上がった。

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