第36話 白銀の牙

 やがて、戦いの再開を知らせる声が発せられる。


「待たせたな、じゃあ続きをやるか!」


 そう言って再び武器を構えた全身鎧の男。その武器は槍のように見えるが、刃の部分が長く、二メートルくらいの全長の三分の一ほどを占めている。槍というよりも矛に近いだろうか。そして矛遣いは戦意をみなぎらせ、楽しそうに笑っている。


「待て待て、グステフ。折角のタイミングだから、まずは話を聞こう。どうやら話の通じる相手のようだしな」


 長剣遣いの男が矛遣いに言った。それにより、矛遣いは長剣遣いを一瞥する。


「あ、それもそうだな。おい、どうして俺たちを襲ってきたんだ?」


 いや・・・、俺はまだ、なにもしてないぞ? まぁ、襲おうとはしてたけど。


 そんなことを考えつつも、俺は地表に降りて、言う。


「オマエら、竜を倒しに来たんだろ? 俺はそれを止めに来たんだ」


 すると籠手の女が聞いてくる。


「どうして?」


「それは・・・」


 さて、どう答えるべきか。竜に頼まれた───と以前のように答えたら、またその次の説明をしないとイケないだろう。それはメンドクサイ。だから俺は、ウソをつくことにした。


「あの竜はとても強い。オマエら、殺されるぞ? どうしても戦いたいなら、俺に勝ってからにしろ」


 俺の言葉に顔を見合わせる敵の一団。そして、魔法遣いの女が声を上げる。


「ワタシたちのことを心配してくれてるの? キミ、優しいんだね」


 ニコリと笑ったその女。続けて、籠手の女がまた口を開く。


「その気持ちは嬉しいけど、心配は要らないよ。アタシらは強いから」


「いやいや。あの竜は、とんでもなく強いんだぞ? オマエらなんか、すぐに死ぬぞ?」


 籠手の女が言い終わると、俺は即座に反論した。俺はあの竜の強さを知っている。コイツらの強さがどれくらいのモノなのか、それは分からない。しかしどう考えても、あの竜に勝てるとは思えない。あれは、まさに化物だ。


 体は非常に頑丈で、とてつもない破壊力の攻撃を繰り出す。そして炎や雷を操り、更には相手の動きまでをも止めてしまう。百人を相手にし、その全員を殺してしまう。


 そんな化物を相手に、たった八人では勝てないだろう。俺がいま止めなければ、目の前の八人は確実に死ぬ。しかし俺のそんな考えを、コイツらは知るよしもない。


「見くびるな。俺たちは、【白銀の牙プラチナ ファング】だぞ?」


 ・・・プラチナファング? なんだそれ?


 双剣遣いの小柄な男が発した単語に引っかかった。おそらくはパーティーの名前なんだろうが、そんな名前は聞いたことがない。それはそうだ、俺は数日前にこの世界に来たばかりなのだから。


 しかしわざわざ名乗ったということは、それなりに知られている名前なのだろう。となると、結構な強さを備えている───と考えられる。俺は改めて、目の前の八人を見る。




 矛遣いの男。黒い短髪。身長は百八十五センチメートル前後。銀色の全身鎧。腕や足は、かなり太い。その体格と装備を見るに、スピードよりもパワーが売りなのかもしれない。


 双剣遣いの男。耳に少し掛かるくらいの青い髪。身長は百六十センチメートルほど。腰の左右に剣の鞘。両手には、それぞれ長さ六十センチメートルくらいの剣。胸と肩を守るような胸当てを装備。目つきが鋭い。たぶんスピード型だろう。


 籠手の女。横から見ると、【ひ】のような形をした変形ポニーテール。暗めの赤髪。身長は百七十センチメートルを超えている感じ。金属製のボクシンググローブのような籠手を嵌めている。大きめの胸当てと、すね当てを装備。少し笑みをたたえている。パワーとスピードの両方をそれなりに備えている気がする。


 長剣遣いの男。肩の近くまで伸びた黒い長髪。身長は百七十五センチメートルくらい。長さ一メートルを超える長剣。胸当てとすね当てを装備。なんだか神経質そうに見える。中衛にいるということは、そこまで強くないのだろうか。


 魔法遣いの男。一つ結びの銀髪。身長は百七十センチメートルほど。金属製の細い杖を持っていて、灰色のローブを纏っている。強化系魔法を使っていた。


 魔法遣いの女。白に近い金髪。身長は百五十五センチメートル前後。金属製の杖を持っていて、濃い青のローブを纏っている。攻撃系魔法を使っていた。


 リュックサックを背負っている2人の男。茶色い短髪。身長は共に百五十センチメートルくらい。相当に小柄なのに、手足はガッチリとしている。この二人は、なんだか見た目が似ている、兄弟なのだろうか。共に武器も防具も身に着けてはいない。やたらと大きなリュックサックが目立つ。特殊なアイテムでも入っているのだろうか。二人の表情は固く、なんならオトオドしているようにも見える。




 そんな八人を見た俺は、ふと思う。


 今回、射手いてはいないんだな。


 優秀な射手いてなら、矢を連射できるかもしれない。それはなんとも厄介だ。矢はかなり速い筈。そんな速い遠隔攻撃を短い間隔で繰り出されるのは、厄介なことこの上ないだろう。あの奇妙な生き物の遠隔攻撃もかなり煩わしかった。あんな感じの攻撃をされたら、面倒だ。そう考えると、今回射手いてがいないのは、ツイている。




 そして俺は、何度目かの注意を改めて促す。


「とにかくやめとけ。どうしても竜と戦いたいのなら、俺を倒してからにしろ。俺に負けるようなら、あの竜には絶対に勝てないぞ」


「ドラゴンが強いのは承知の上だ。だが、俺たちはドラゴンを倒す」


 そう言ってきた矛遣いの男に対し、俺はニヤリと笑い、答える。


「そうか。じゃあ、力ずくで止めるしかないな」


「・・・分かった、お前と戦おう。だが手加減は出来ないぞ。死んでも恨むなよ?」


 矛遣いの男は、神妙な面持ちで言ってきた。その言葉に、俺は真顔で答える。 


「あぁ」


 俺は死んでも元の世界に戻るだけだから、恨んだりはしない。とはいえ、負けるつもりもない。俺には宿題が残されているのだから。


 ティグリスからの誘いに返事をする───という宿題が。


 ティグリスは悲痛なまでの表情を浮かべ、俺を旅に誘った。その胸中を完全に知ることは出来ないが、相当な想いを秘めているのは間違いない筈だ。そんな彼女からの誘いを置き去りにして、元の世界に戻るワケにはいかない。ティグリスからの誘いを受けるにしろ、受けないにしろ、キチンと返事はしなければならない。




 だから俺は、今は死ねない。



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ドラゴンサーヴァント @JULIA_JULIA

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