第35話 開戦

 俺は竜から情報を得つつ、広大な森の中をジグザグに駆けている。超低空ジャンプを連続で行い、木々のあいだを突き進んでいるのだ。


《・・・というワケだ》


《なるほどな。じゃあ・・・》


 竜から魔法に関して教えてもらっている最中、木々の隙間から、その遥か先に人の姿が僅かに見えた。そのことにより、俺の意識はソイツらに向かい、竜への念話は止まった。そして俺は、その人影を凝視する。


 俺の目に映ったのは、複数人の男女。焚き火を囲んで座っているヤツらと、その周りをウロウロと歩いているヤツらがいる。その場所は、竜がいる青白い山の麓。どうやら夜営の準備をしているようだ。もうすでに、日暮れ前となっている。


《ん? どうした? 今なにか、言いかけておったようだが?》


 竜からのその念話を無視し、視線の先の人影に意識を向けている俺は思う。


 たぶんアイツらが敵だろうな。


 すると、その予想を後押しするように、竜の声。


《近いぞ、もうすぐ接敵する筈だ》


《もう見えてる。邪魔だから、念話はもうやめろ》


 念話をするには、竜の姿を思い浮かべて、ソレに向けて念じなければいけない。単なる移動中ならまだしも、戦いながら念話を続けるのは、かなり難しそうに思える。集中力が分散されるからだ。


 とはいえ一方的に話しかけられるだけならば、幾分マシだろう。しかし竜からの念話は、中々に耳障りだ。そんな雑音はない方がイイ。


《邪魔だと? お前、自分の立場を・・・》


《うるさいな! 今から仕事なんだから、集中させてくれよ!》


《フンッ! 不器用なヤツめ》


 その捨てゼリフを最後に、竜との念話は終了した。




 俺は木々の隙間から複数の男女の姿を視認できているが、ソイツらは俺の存在には気づいていないようだ。相手の姿はひらけた場所にあるために隠されず、俺の姿は立ち並ぶ木々とその影によって隠されている。その違いがあるからだ。そしてなにより、視力の差が効いている筈だ。


 さて、奇襲するか。


 竜は言っていた。かなりの魔力量だ、と。それは、魔法の遣い手がいる可能性を示唆している。しかもその数は、四。もしその全員が魔法を使えるのなら、かなり厄介なことになりそうだ。


 とはいえ竜から聞いた話だと、人間が魔法を使う場合は必ず詠唱が必要とのこと。それは山頂での戦いで俺が、呪文だと思ったモノだ。人間はあの竜のように、魔法を瞬間的に発動することは出来ないらしい。


 更には、動きを止められたあの魔法も人間には使えないらしい。竜によるその説明は、俺を大いに安堵させた。あんな魔法を使って動きを止められたら、どうしようもないからだ。


 山頂での戦いでは、律儀に相手の準備を待ってやった。しかし、今はそんな余裕はない。ということは、今回の敵の力量はかなりモノだと考えてイイ筈だ。だから余裕なんて持っていられない。とにかく奇襲を仕掛けて、魔法の遣い手を一人でも多く戦闘不能状態にしなければいけない。


 だから俺は、一目散に敵へと向かった。






 およそ百メートルまで敵に近づくと、ソイツらの中の二人が俺の存在に気づいた。一人は銀色の重厚な鎧に全身を覆われている大柄の男。もう一人は軽装備の小柄な男。ソイツの装備も銀色だ。


 そして大柄の男が叫ぶ。


「敵襲!! 高速でなにかが向かってくる!」


「リン、前に出ろ!」


 小柄な男の声に反応したのは、軽装備のポニーテールの女。とはいえ、少し変わったポニーテールだ。長い尻尾は上向きに折り曲げられて輪を作っており、その先は垂れている。横から見ると【ひ】のような形に纏められているのだ。その女は、持っていた寸胴ずんどう鍋をその場に置き、前方に出張でばってきた。


 チッ! 気づかれたか!


 正直、予想外だった。こんなに早く気づかれるなんて。俺は残り五十メートル辺りまで近づいて、そこからは慎重に敵に忍び寄る予定でいた。そして魔法の遣い手を見つけ出し、奇襲によって戦闘不能にする計画を立てていた。


 奇襲に失敗した俺は、森を抜ける直前に大きく右に進み、敵との正面衝突を回避。そして再び直角に進路を変え、森から出る。




 広大な森から抜け出した俺は青白い山の麓にて、敵の一団と対峙した。互いの距離は約二十メートル。そこで改めて敵の全容を確認。


 人数はたしかに、八。


 先程の三人に加え、長剣を構えている軽装備の男、金属製の杖を持ってローブを着ている二人の男女、大きなリュックサックらしき物を背負おうとしている二人の小柄な男がいる。


 ちなみに全身鎧の大柄の男は槍のようなモノを構えていて、軽装備の小柄な男は二振りの剣。変形ポニーテールの女は金属製のボクシンググローブようなモノを嵌めている。籠手、とでも言おうか。


 その三人は素早く移動して、残りの五人と俺のあいだに割って入る。どうやらその三人が、前衛のようだ。そして、その後ろに長剣遣い。彼は二人の魔法遣いの前にいる。最後方に下がったのは、リュックサックを背負っている小柄な男たち。その二人は小柄ではあるが、随分とがっしりとした体格をしている。ドワーフかもしれない。残りの六人は、人間に見える。


 かなりの魔力量の持ち主は四人、とのこと。その情報から、俺は予想する。


 たぶんローブ姿の二人は魔法の遣い手だろうな。となると、魔力量は多い筈。残りの二人は前衛にいるのか?


 敵の陣形が整うと、金属製の杖を持っている二人───ショートボブの髪型の女と、短髪の男───が、ブツブツとなにやら呟き始めた。魔法の詠唱に違いない。しかしその二人は、それぞれが違う言葉を紡いでいる。


 そこで俺は、作戦を変更する。


 後ろに跳び、敵との距離を更に取る。この状況だと、魔法遣いを即座に戦闘不能状態にするのは難しそうだ。前衛の三人の動きはそれなりに素早かった。それに、かなりの魔力量を有しているヤツがいる可能性が高い。それは、という可能性を秘めている。ソイツらを突破して、後方にいる魔法遣いを攻撃するのは簡単ではないだろう。




 やがて詠唱を終えた二人が叫ぶ。


「【敏捷 強化モーティオ】!」


「【火球イグニス スパエラ】!」


 すると全身鎧の大柄の男の体が一瞬だけ緑に輝き、女の魔法遣いの杖の先からは、直径三十センチ程の球形の火が発生した。その火は猛スピードで俺へと向かってくる。


 左へと跳び、火の球をかわす俺。すると目標を見失った火の球は、やがて地面にぶつかった。その瞬間に大地の草は激しく燃え、灰色の煙が立ち上る。そして地面に点いた火は、ジワジワと燃え広がっていく。


「なにやってんだ、テオドーラ!! こんな場所で火魔法を使うな、森が焼けるだろ!」


 振り返り、大声で叫んだ長剣遣いの男。すると魔法遣いの女が謝る。


「ゴ、ゴメン!」


「おい、ちょっと待ってくれ! 戦いは中断だ! 先に火を消させてくれ!」


 全身鎧の大柄の男が、慌てて言ってきた。


「あ、うん」


 なんとも緊張感に欠ける展開だが、たしかに火事は困る。だから俺は、素直に応じた。


 すると火をつけた張本人がまた詠唱を開始。程なくして発生した水の塊により、そこそこに燃え広がっていた火は、その姿を小さくする。それを三回繰り返し、地面の火は完全に消えた。


 そのあいだ、俺は近くの木に登ってカネの詰まっている麻袋あさぶくろを枝にくくり付けていた。今回はそれなりに激しい戦いになるかもしれない。となると、麻袋に穴があいたりするかもしれない。そうなれば、俺はカネをばら撒きながら戦うことになる。その回収は、厄介なことこの上ない。だから俺は、麻袋を木の枝にくくりつけることにしたのだ。


 そんな作業をしつつ、更なる情報を得るために竜への念話を試みる。


《おい。魔法について、もう少し詳しく教えてくれ》


 ・・・・・・・。


 返事がない。俺は再び呼びかける。


《なぁ、さっきの続きを聞きたいんだけど》


 ・・・・・・・。


 やはり竜からの返事はない。


 おいおい、怒ってるのか?


 俺は少し前のことを思い出し、そう思った。


 この八人組と接触する直前、俺は念話の終了を些か失礼な言い方で竜に促した。そして竜もまた、失礼な言葉と共に念話を終了した。だから竜は怒っているかもしれないのだ。だから俺は、謝ることにした。


《さっきは悪かったよ、ごめんな。でも、戦いに備えて色々と考えたくて、だからあんな言い方になっちゃったんだよ。分かってくれよ》


 言い訳を交えつつも、俺は謝罪した。


 ・・・・・・・。


 しかし、竜からの返答は得られない。そこで俺は、別の可能性を思い浮かべる。


 アイツ、まさか・・・。寝てるのか?


 あの竜は、よく眠る。俺はこれまでにも、ちょくちょく竜への念話を試みたことがあった。しかし、その全てに返答はなかった。おそらくは寝ていたのだろう。そして、たぶん今も。


《今から俺が戦おうとしてるのに、こんなときまで寝てるのかよ!》


 俺は、聞いてないであろう竜にストレスをぶつけ、念話を諦めた。




 そのあと、俺は敵の様子を窺っていた。そして、そんな俺のことを観察している二人の男。双剣遣いと、長剣遣いだ。その二人はジッと俺のことを見ていた。



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