第34話 大切な話、大事な報せ

 空はまだ明るいが、じきに夕方になりそうだ。だいぶ日が傾いている。


 いつものように手合わせを終え、街へと戻っている俺とティグリス。そんな中、いつもとは違うことが起きる。


 それは、突然のことだった。






「リュート殿、大切なお話があります」


 街へと戻るために歩き出して少し経った頃、背後にいるティグリスが声を掛けてきた。


 その言葉を聞いた俺は、すぐに振り返る。彼女の声が深刻さを孕んでいたからだ。


 ティグリスは大きく俯いていて、その表情は見えない。


「・・・どんな話ですか?」


「ここではなんですので、ついてきてもらえますか?」


 俯いたまま、俺の横を通り過ぎたティグリス。そのとき、彼女の横顔が見えた。


 それは、なにかを思い詰めているような表情だった。






 やがて俺たちは街なかの広場へと辿り着く。ティグリスはベンチに腰を下ろし、俺はその左側に座った。彼女はまた、俯いている。


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


 無言の時間が、暫く続いた。


 やがて堪えかねた俺は、俯いているティグリスの横顔をチラリと見る。すると彼女は、唇を噛み締めているように見えた。よほど言いにくいことなのだろうか。俺は視線を正面に戻し、ティグリスからの言葉を待った。




 更に続いた沈黙のあと、ようやくティグリスは口を開く。


「・・・実は、また・・・、お願いがあります」


「お願い? ・・・なんですか?」


 俺はティグリスの顔を見ることはせず、正面を向いたままで答えた。ティグリスが話しやすいかと思って。


「・・・・・・・」


 しかしティグリスの口から、続きの言葉は出てこない。どうやら俺の気遣いは、意味をなさなかったようだ。


 会話が途切れたことにより、再びティグリスの横顔に視線を移した俺。すると彼女はまた、唇を噛み締めていた。そのうちに、ティグリスの声が俺の耳に届く。


「ワタシと・・・、共に、歩んでもらえませんか?」


 その言葉に俺の心臓は、ドクンッと高鳴った。


 共に、歩む・・・? そ、それって・・・。


 ティグリスの言葉の意味を正確に捉えようとしていた俺。そんな俺の右手に、彼女の左手が添えられた。思わず顔を下げ、その手に視線を向けると、ティグリスは重ねていた手をギュッと握り、少し持ち上げた。俺は顔を上げて、彼女の顔を見る。


 するとティグリスは、俺の目を真っ直ぐに見つめていた。


「一緒に、旅をしてもらえませんか?」


「・・・・・・・旅?」


 予想していた答えと違うモノを提示され、俺は首を傾げた。


「はい。リュート殿は、アテのない旅をされているのですよね? それでしたら、ワタシに同行してもらえませんか?」


 あ~・・・。俺、そういう設定だったな。


 遥か遠い土地からの流れ者で、世界各地を巡っている───それが、俺の設定だ。俺自身が決めた設定だ。


「ワタシには、とある目標が・・・、夢があります。それを果たすためには、強くならなければなりません。更には、強い仲間も必要です。ですから・・・、リュート殿に来て頂きたいのです!」


 そう言い終える直前、ティグリスの眼差しが強くなった。その様子から、余程の想いを持っているのが窺い知れた。


「・・・その夢って、なんですか?」


 俺の質問に対し、ティグリスは少し視線を落として答える。


「それは・・・、今は言えません。弱いワタシが口にすることは、はばかられます。ましてやリュート殿に言うなど、笑われてしまいます」


「俺は、笑ったりしませんよ?」


 その言葉に、再び俺の目を見るティグリス。


「もちろんリュート殿は笑わないでしょう。しかし、ワタシ自身が笑ってしまうのです。おかしなことを言うな───と思ってしまうのです。リュート殿に出逢い、ワタシは自分の未熟さを痛感しました。だから今は、まだ言えないのです」


「・・・・・・・」


 悲痛にも見えたティグリスの表情。それを見た俺は、それ以上の追及は出来なかった。


「ワタシがその夢を果たすため、ついてきて、もらえませんか?」


 その言葉と共に、ティグリスはすでに左手で握っていた俺の手に、右手も添えてギュッと握り締めた。その熱意に感じ入り、俺は心を決める。


「分かり・・・」


 言いかけて、止まった言葉。つい今しがた固まった俺の決意は、阻まれた。


 俺の決意を阻んだモノ。それは、元の世界への未練。


 そんな未練であり、竜からの使命。


 俺は、竜の露払いをしなければいけない。そうしなければ、元の世界には戻れない。竜の傍にいないといけないのだ。だから、ティグリスと旅には出られない。


「・・・ダメ、でしょうか?」


 ティグリスの赤い瞳が潤む。その瞳に、俺の心は揺さぶられる。


「・・・少し、考えさせて下さい」


「分かりました。・・・しかし、ワタシは二日後の朝に、ここを去ります。それまでに、お決め頂けますか?」


「・・・はい」


 そうして俺たちは、別れた。






 俺は、考えていた。


 竜の元に残り、元の世界へ戻るか。はたまた、ティグリスと旅に出て、この世界で生きて行くか。


 夕暮れに差しかかった街なかを彷徨い、終わりの見えない思考の中を彷徨う俺。


 そんな中、竜の声が聞こえた。


《直ちに戻れ、敵だ》


 竜からの念話により、彷徨うことから抜け出した俺。


 敵が来たのなら、とりあえずは戦うしかない。先の答えはまだ見つけられていないが、今やるべきことはハッキリとしている。


 俺は街を出て、一際高い青白く仄かに輝く山を目指して駆け出した。








《敵は何人だ?》


 低く跳ぶようにして全力で森の中を駆けながら竜がいる山へと向かいつつ、念話で尋ねた俺。すると即座に返答が。


《八人だ。そのうちの四人は、かなりの魔力量だぞ》


《八人!? 多くないか!?》


《なにを言っておる、我は百人以上を相手にしたこともあるぞ。無論、その全員をほふってやったわ》


 ・・・お前の自慢話なんか聞きたくねぇよ。しかも大量虐殺の話なんて。


 いや、おそらくは【自衛のための戦い】なんだろうから、大量虐殺と言ってしまうのは少し酷かもしれない。竜からすれば、ソイツらは自分を殺しにきた相手なんだから。


《で? って、どういう意味だ?》


《魔法の遣い手か、相当な強さを有しておるか。そういう者がおるようだ》


 この世界では、あらゆる生き物が魔力を持っているとのことだった。となると、意味合いとしては生命力に近いのかもしれない。


 しかし魔力と言うくらいだから、魔法に関係しているのは予想がつく。それは、ゲームなんかでもそうだ。おそらくは、この世界でも魔法を使うには魔力が必要なのだろう。となると、魔法の遣い手は魔力量が多いに違いない。


 しかし竜の言葉を聞くに、強さにも影響するようだ。俺は、そのことの説明を求める。


《魔力量が強さに関係してるのか?》


《大抵は、だがな。必ずとは言い切れんが、と言っても良い》


《とにかく、ってことだな?》


《そんなことはない。我の魔力量に比べれば、たいしたモノではない》


《・・・だったら、お前が戦えよ》


《それではお前を召喚した意味がない。それは、お前の役割だ》


 また自分の強さを自慢しただけかよ。


《・・・で? 俺の魔力量は、ソイツらより多いのか?》


《無論だ。しかし、お前はまだ真価を発揮しておらん。手こずるやもしれんぞ》


《は? 俺とお前は相性がイイんだろ? だったら、真価もなにも・・・》


《相性は良いようだが、まだ馴染んでおらん筈だ》


《馴染む?》


《そうだ。お前の魂とその体が馴染むには、時間を要する。たった数日では、その体の真価は発揮されまい》


《え? 俺、まだ強くなるのか?》


《無論だ。時が流れ、経験を積めば、より強くなる》


《経験って、戦いの経験か?》


《当たり前であろう。女と経験を積んでも、強くなるワケがない》


 その言葉に、さっきの光景が脳裏をよぎる。ティグリスといた光景が。


 ・・・まさかコイツ、を知ってるんじゃないだろうな。


 竜は外の景色が見えるワケではない。しかし、唐突に放たれたという言葉に、俺は些か警戒した。


《もっと東に向かえ。敵はそちらにおる》


《東って、どっちだよ?》


《右だ、右に向かえ》


 跳ぶように全力で駆ける俺は、竜の誘導に従いつつ、その道中で魔法に関するあれやこれやを聞いた。



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