第30話 全力

 今日は、二日目の手合わせ。




 昨日の手合わせのあと、街へと戻る途中に俺はティグリスからの質問に答えていた。どうすればもっと強くなれるのか、という質問に。俺にはそんなことはよく分からないが、彼女にはを教えた。




 ティグリスは、早速その教えを取り入れたようだ。彼女は俺の左に駆け、そのまま背後へと回ってきた。しかしその動きを追えていた俺は、反転してティグリスと対面する。


 払うような一閃。その水平斬りをかがんで避けた俺。そしてティグリスの〈みぞおち〉を狙って、軽く一突き。しかし彼女は後ろに飛び退き、俺の突きをかわした。その直後、すぐさま俺へと向かってきながら、木の棒による突きを繰り出すティグリス。俺は右に跳び、素早くかがんで小石を拾う。すかさず投げると、それをティグリスは木の棒で打ち払った。俺は左経由の二段階ジャンプでティグリスの右背後へと移動し、がら空きの彼女の右肩へと手を伸ばす。


 しかし俺が触れられたのは、ティグリスの服のみ。柔らかな感触に一瞬触れたあと、彼女の体は左回転。俺の右手から逃れたティグリスの攻撃が迫りくる。彼女が持つ木の棒は袈裟斬りの軌道で、俺の顔の左側へと襲い掛かる。


 思わず仰け反って直撃は免れたが、前髪に触れられた。反撃に転じるために上体を戻そうとすると、ティグリスは俺の腹を目掛けて、右の掌底を繰り出してくる。


 間一髪で後ろに跳び、その攻撃をかわした俺。そして三メートル程の距離を置いて、俺たちは対峙する。


「むぅ、当たりませんか」


 頬を少し膨らませたティグリス。それなりに悔しそうだが、目からは楽しさが溢れ出ている。目尻が僅かに下がり、赤い瞳がキラキラと輝いている。


 そんなティグリスとは対照的に、俺は驚いていた。


 意外だな、掌底を使ってくるとは。


 ティグリスの攻撃は剣のみ───今は木の棒だが───と思い込んでしまっていた。実際、昨日は木の棒のみの攻撃だったからだ。しかし今日は、剣術に体術を織り交ぜることにしたようだ。


「では・・・、これなら!」


 言葉を発し終えると同時に、素早くかがんだティグリス。足元の石を拾い、俺の眉間へと投げつける。


 え? 石!? っていうか、デカくない?


 その石は、俺の拳よりも大きい。そんなモノをたった三メートル程の距離から、全力投球してきたティグリス。中々にえげつない攻撃だ。


 その石を左手で受け止め、素早くかがむ。すると俺の頭上を木の棒が通り過ぎた。


 石を投げたあと、ティグリスは一直線に俺へと向かって来ていた。そして水平斬りで、俺の首を狙ったのだ。


 かがんでいる俺は石を捨て、ティグリスの左右の足のあいだに両腕を伸ばす。そして彼女の両のかかとを掴み、手前に引いた。すると、


「ふわっ!?」


 という声の直後、ティグリスは背中から地面に倒れた。






「ぐぬぅ、ダメでしたか・・・。リュート殿が横に避けなかったので、イケるかと思ったのですが」


「攻撃と目眩ましを両立させたんですね?」


「はい。しかし、さすがはリュート殿。それも通じませんでした」


 ティグリスは、大きな石を俺の眉間に向かって投げてきた。それにより、俺の視界の多くは塞がれた。その隙を突いて、ティグリスは俺に近づいていたのだ。


 しかし石によって視界の多くを塞がれる前に、直進してくるティグリスの姿が僅かに見えた。そのことで、俺は彼女の攻撃を予測できたのだ。彼女は以前、自身のパワー不足を語っていた。もっとパワーがあれば、石はより速く飛び、俺の視界もより早く、その多くを塞がれていただろう。そうであれば、直進してくるティグリスを確認することは出来なかったに違いない。


 俺は、足元に捨てていた石───ティグリスが投げてきた大きな石───を左手で拾い、それを見て、思う。


 ・・・ティグリスは、本当に本気だな。俺じゃなかったら死んでるかもしれないぞ。


 クルンッと後転し、立ち上がったティグリスが言ってくる。


「リュート殿は、いつもワタシの攻撃を待たれてますよね? 次は、リュート殿から仕掛けてもらえませんか?」


「・・・はい、分かりました」


 ティグリスからの提案に、俺の返事は一瞬ではあるが、遅れた。そうして互いに距離を取る俺たち。その距離は、約五メートル。


 ・・・俺から、か。・・・なにをしようかな?


 この手合わせにおいて、ティグリスの動きに合わせて戦った方が、俺はやりやすい。彼女の攻撃をかわしつつ、同じくらいのスピードで攻撃を仕掛ける方がやりやすい。ティグリスの動きの速さを基準にして、それに合わせるのが、やりやすいのだ。


 しかし俺から仕掛けるとなると、加減に困る。速すぎても遅すぎてもイケないだろうから。だからこそ、俺の返事は遅れたのだ。


 ティグリスの目は、俺の動きをなんとか追えている。二段階ジャンプにも付いてくる。とはいえ、俺はまだ本気ではない。本気で動けば、ティグリスの目から逃れられるかもしれない。しかしそれだと、彼女の鍛練にはなりそうにない。追い切れない動きで攻撃しても、対処のしようがない筈だ。それは、イイ練習とは言えないだろう。


 というワケで、俺は頭を悩ませる。


 ただ真っ直ぐ突っ込んでも面白くないし、単に二段階ジャンプをするだけ、っていうのもなぁ。本気の動きを出さずに、なにか意表を突く攻撃方法はないかな?


 そこでまた、俺の学習機能が働いた。俺は足元を視認して、策を決める。


 よし! これで行こう。


 作戦が決まった俺は、ティグリスに声を掛ける。


「じゃあ、行きますよ?」


「はい! お願い致します!」


 その言葉と同時にティグリスは構えた。その直後、俺は素早く腰を落とし、地面に向けて高速パンチを乱打。途端に土煙が舞い上がる。


「は?」


 地面を殴る大きな音が響く中、ティグリスの声が微かに聞こえた。彼女は俺の行動に戸惑っている様子。しかし、すぐに俺の狙いを察知して、ティグリスは首を左右に振った。


 だが、もう遅い。


 俺はすでにティグリスの背後にいた。そして右腕を大きく振り上げ、彼女の頭を軽くチョップ。


「ふぎゃっ!」


 情けない声のあと、ティグリスは振り返る。


「リュート殿!? い、いつの間に!?」


 大きく驚いたティグリス。土煙による煙幕作戦は、大成功だった。


 どうやらティグリスは、俺の初動を目で追い、そのあとは予測を軸にして、俺の動きを捉えているようだった。だから俺は土煙によって、初動を彼女に見せないようにした。それにより、ティグリスは俺を完全に見失っていたのだ。






「地面を叩いて土煙を舞い上げるなんて、そんな芸当、見たことがありませんよ」


 右手で頭頂部を押さえながら呆れ顔で言ったティグリスは、更に続ける。


「ちなみにリュート殿は本気で動いた場合、どのくらい速いのですか?」


「え~っと~・・・。あ、ほら。あの奇妙な生き物がいましたよね? 丸い体からウネウネとした手足を生やしていた。アイツにキックしたときは、本気でしたよ」


「おぉ、あのときですか。たしかに、あの動きは凄まじい速さでしたね。瞬間的にワタシの目の前に、リュート殿が現れましたから」


 頭頂部を押さえていた右手を顎へと移動させて軽く摘まみ、ウンウンと頷いたティグリス。やがて彼女は俺の顔を見て、お願いをしてくる。


「あの動き、もう一度見せてもらえませんか?」


「え!? ティグリスさんに・・・、キックをしろ、と?」


 俺は大いに驚いて、ティグリスに聞いた。しかし彼女は即座に返答する。


「ち、違います! そんなことをされたら、ワタシは死んでしまいます! そうではなくて、あの速さを見たいのです!」


「あ、そういうことですか・・・」


 ふぅ、一体なにを言い出すかと思ったら・・・。なるほど、俺の全力の速さを見たいのか。


「じゃあ、どういう感じでしましょうか?」


「そうですね・・・。では、少し離れた場所から、ワタシに向かってきてもらえますか?」


 ん? それってやっぱり、キックをしろ、ってことじゃ?


「あ! ち、違いますよ!? 攻撃はしないで下さいね! ワタシは死にたくはないので!」


 俺の考えてることが伝わったのか、ティグリスは縦にした右手をブンブンと左右に振り、全力で否定した。


「えと・・・、そ、それでは。ワタシの隣に、移動してきてもらえませんか?」


「なるほど、それならまぁ・・・」


 そうして俺は、ティグリスから十メートルほど離れた。


「お、お願い致します!」


 緊張気味のティグリスは目を大きく開けて、俺の動きを捉えようとしている。一方の俺は腰を少し落とし、準備に入る。


 そして、渾身の超低空ジャンプ。






「・・・え?」


 ティグリスは俺の顔を見て、唖然としている。既に俺は、彼女の隣にいる。その俺の顔を、ティグリスはただただ見つめている。


 少しのを置いて、ティグリスが口を開く。


「は・・・、速すぎませんか?」


「そうですか? 手合わせのときより、少し速いくらいじゃないですか?」


「いやいやいや! 少しではありませんから!」


 ひどく取り乱しているティグリスだが、俺には自分の速さの違いがそこまでは分からない。体感的には、少し速いだけ、という感じだ。しかしティグリスの様子を見るに、端から見たら相当に違うようだ。



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