第28話 気づき
やがて起き上がったティグリスは、〈パンッ! パンッ!〉と、両手で顔を二度強く叩いた。そして木の棒を拾い、俺から離れ、
「さぁ、次の手合わせです!」
両頬に赤いモミジを
「は、はい・・・」
真剣なティグリスにチャチャを入れるのは忍びないので、とにかくモミジのことは気にしないようにしよう。
「参ります!」
ティグリスは、またまた一直線に駆けてくる。しかし今度は、
先程からティグリスは、やたらと突きを意識しているように思える。その理由はやはり、振るうよりも早く攻撃できるから───ということか。
突きを多用しようとしているティグリスのその様子を見て、俺も少し戦い方を変えることにした。
素早く
「っ!?」
驚きながらも、左に大きく移動したティグリス。しかし急激な方向転換により、彼女は体勢を崩す。
あれ? なんかこの光景、見たことがあるような・・・?
俺は疑問に感じながらも、体勢を崩しているティグリスへ更に二個の小石を投げる。
「
見事に命中。両の
「うぐぅ・・・。また、負けました」
両の
「次! 次です!」
「・・・はい」
俺はティグリスから離れ、彼女の方へと体を向け直す。しかしティグリスは、まだ
「どうしました?」
「・・・す、少しお待ち下さい。足が、痛くて・・・」
え? ・・・しまった! もっと軽く投げた方が良かったのか!?
俺は慌ててティグリスに駆け寄った。
「足を見せて下さい」
俺はティグリスの正面に座り、彼女に言った。
ティグリスはズボンを履いている。だから、このままだと傷の状態を確認できない。裾を捲ってもらうしかないのだ。
「いや、そこまででは・・・」
「ダメですよ、ちゃんと確認しないと」
見たところ、ズボンに血は滲んでいない。しかし
ということで俺は、強引にティグリスのズボンの裾を捲ることにした。
「えっ!? ちょっ! リュート殿!?」
俺に右足を掴まれたことによって、尻餅をついたティグリス。彼女は慌てふためき、両手をバタバタと動かしている。しかし、そんなことに構ってはいられない。俺は彼女のケガの具合を確認しないといけないのだ。
右の
続いて左側を捲ろうとすると、ティグリスが声を上げる。
「じ、自分でやりますから!」
そう言ってズボンの裾を捲ったティグリス。するとそこにも、小さな赤い腫れ。
「骨は大丈夫ですかね?」
ティグリスの左
「ふぅっ! あ、くぅっ!」
俺が撫でるたびに発せられたティグリスの声。その様子に、俺は慌てる。
「軽く触っただけなのに、そんなに痛いんですか!?」
どうしよう、これは大ケガをしているかもしれないぞ。
そんな心配をしていると、ティグリスが言ってくる。
「いや・・・、そうではなくて・・・」
「え? 痛いんじゃないんですか?」
「・・・はい。くすぐったい、です・・・」
「・・・・・・・」
俺は無言で立ち上がり、赤ら顔のティグリスに背を向け、その場から離れる。そして自分の両の脇腹に手を当てて、空を見上げた。
・・・何をやってるんだ、俺は。
無意識とはいえ、女性の胸を触ったり、
「先程の攻撃は、あの化物の攻撃を参考にしたのですか?」
それなりの時間が過ぎたにも
そうか! そういうことか・・・。
元々の俺は、運動神経は普通だ。ケンカだって、ほとんどした経験はない。だけど今の体になってから、やたらと体が動く。それは勿論、〈この体の性能のお陰〉なのだが、運動神経自体も良くなっているように思えるし、なにより〈動き方〉というのが自然に分かるような感じがしていた。体が勝手に動く───と言ってもイイほどだ。
それはつまり、学習していたということなのだろう。
思い返せば、二段階ジャンプにしてもそうだ。あれは、相手の視界から消えることを意識しての動きだが、そもそもなんで、そんなことを意識するようになったのか。
それは、竜からの最初の攻撃に起因するのではないだろうか。
その攻撃は、死角からの攻撃だった。死角からの攻撃は厄介だ。避けられない上に、備えが出来ないのでダメージも大きくなる。
そのことを学習した俺は、相手の死角に入ることを狙うようになったのだろう。
そしてティグリスが指摘したように、先程の小石による攻撃も、学習の結果だろう。俺は意識的か無意識かは問わず、戦い方を学習し、実践していたに違いない。
「あの、リュート殿? どうされました?」
俺の顔を心配そうに見上げているティグリス。俺はその場に
「ありがとうございます、重要なことに気づけました。ティグリスさんのお陰です」
「え? な、なにがですか?」
俺からの突然の謝辞に対し、ティグリスは些か戸惑っている。そんな彼女に俺は言う。
「手合わせした意義は、俺の方にあったみたいです」
「そ、そんなことはありません! ワタシの方が、意義深いモノになっています!」
眉尻をキリッと上げ、言ったティグリス。その表情を見るに、彼女の言葉にウソはないように思える。しかし、俺は素直には受け取れない。
「本当ですか? なんか・・・、ケガしたり、色々と大変な目に会ってますけど・・・」
そう。
「これくらい、なんともありません! さぁ、三戦目をしましょう!」
そう言って、すっくと立ち上がったティグリス。その顔は、やる気に満ちている。
しかしすぐに、その表情が崩れる。
「・・・あ。ところでリュート殿は、遠い国から来られた、とのことですが・・・」
えっ!? なに、急に!? なにか聞かれても、答えられないんだけど!?
ティグリスからの突然の話題に、俺は大いに慌てた。急いで色々な言い訳やごまかしを脳内で準備しつつ、彼女の続きの言葉を待った。しかし、それは取り越し苦労に終わる。
「その旅に、目的はあるのですか?」
「目的? いや・・・、別に。・・・あ、えと・・・、まぁ、アテはないんですけど・・・、世界を見て回るのが、目的ですかね」
実際、旅になど行けない。俺はこの辺りに居続けなければイケない。竜のパシリをしなければイケないのだから。しかしまぁ、そんなことは言える筈がない。
「そうなのですね・・・。ん~・・・」
俺の言葉を聞いたティグリスは、顎に手を当てて、なにやら考え込んでいる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。それでは、手合わせに戻りましょう」
ティグリスが一体なにを考え込んでいたのかは分からないが、再びやる気に満ちた表情を浮かべた彼女の言葉に、俺は従う。
「・・・はい」
そこから俺達の手合わせは、十五回にも及んだ。結果は、俺の全勝だった。
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