ドラゴンサーヴァント

第２７話 予想外の一勝目

　ティグリスの動きは速かった。

　しかし、それだけ、ともいえる。一直線の動きは単調で、しかも俺の目には終始ティグリスの姿が見えていた。だから彼女の攻撃を簡単に躱（かわ）すことが出来た。

　ティグリスの右袈裟の太刀筋を、俺は横っ飛びで右に避けた。彼女は左利きだ。木の棒を振り下ろしたことにより、若干ではあるがその顔の向きが横に流れている。それは、俺が跳んだ方向とは逆側。

　そして俺は、定番の超低空二段階ジャンプへと移る。その間（かん）にティグリスは顔を左に向けた。それは、さっきまで俺がいた場所。しかしもう、そこに俺の姿はない。二段階ジャンプにより、今は彼女の死角にいるのだ。それは彼女の体の右側で、彼女の後頭部が見える位置。

　さて、どうしようか。

　流石に殴りつける気はない。肩でも触るか、背中を少し押すか。とにかく、俺が攻撃をした、ということを示さないとイケないだろう。ただただ避け続けるだけ───となると、キリがないのだから。

　そんなことを考えていると、ティグリスの体が左方向にグルンと回った。裏拳のような動きで木の棒を振ってきたのだ。俺はバックステップを踏み、鼻先で木の棒を避ける。すると、ティグリスと目が合った。そこで彼女は間合いを詰めてきて、木の棒で突いてくる。その狙う先は、俺の胸。しかし俺は体を右に捻り、その突きもギリギリで躱（かわ）す。そして突進してきたティグリスの左手首を、右手で掴もうとした。

　だが、それは叶わなかった。

　ティグリスは、己の左手をグンッと斜めに下げたのだ。それにより、彼女の木の棒が俺の右足に迫る。俺は慌てて後ろに大きく飛び退き、事なきを得た。そうしてティグリスと距離を取った俺は、思う。

　・・・スゴいな。俺の動きが見えてるのか？　それとも、予測してるのか？

　今までの俺の動きは、ティグリスのそれよりも速い筈だった。しかし彼女は俺の動きを追い、付いてきている。さすがは速さを武器にしているだけはある。

「さすがですね、リュート殿。とてつもない動きです」

　ティグリスは笑顔で言った。己を鍛えるための手合わせのつもりだった筈だが、なんだか楽しそうだ。しかし楽しんでいたのは、彼女だけではなかった。

　そう。俺もまた、楽しんでいたのだ。

「続いて参ります！」

　またも一直線に向かってくるティグリス。もしかしたら、これが彼女の戦い方なのかもしれない。

　あえて一直線に相手へと向かい、先手を取る。そして、あとは相手の動きを窺いつつ、速さで押す。それが、速さを武器とするティグリスの戦い方かもしれない。

　そう考えた俺は、ティグリスの突進を避けないことにした。

　俺もティグリスと同じように、一直線に相手へと向かったのだ。すると驚いた表情を浮かべた彼女は、慌てて木の棒を突き出す。

　しかし、それは予測済み。

　ティグリスの武器は、剣───今は木の棒だが───しかないからだ。

　正面から一直線に向かってくる相手に対しては、剣は振るよりも突いた方がイイ筈だ。動作が少なくて済むし、横から狙うよりも、正面から狙う方がイイだろう。その方が攻撃を当てやすいから。更には、相手が向かってくる勢いもダメージに反映される。

　そんな思惑で放たれたであろうティグリスの突きを、俺は右脇の隙間に招き入れた。体をまた右に捻ったのだ。そして、それと同時に俺は両足を地面に踏ん張り、体を急停止させた。

　向かってきたティグリスに対して、俺は今、体の左側を見せている。そして彼女の右肩を左手で軽く掴み、その場に素早く屈（かが）む。そして突進の勢いに乗っていたティグリスの体を左肘に乗せて少し持ち上げ、そのまま受け流す。

「なっ！？」

　驚いた様子のティグリスは、宙で反転。一瞬の間（ま）を置いて、地面に落下する。

「ぐっ！」

　背中を打ちつけたティグリスは軽く呻き、そのまま地面に倒れた。

　少しの時が流れ、未だ倒れているティグリス。その状況に俺は戸惑う。

　え？　あれ？　頭は打たなかった筈だけど、どうしたんだ？

　ティグリスはすぐに立ち上がって、また攻撃をしてくる───と、てっきり俺は思っていた。しかし彼女は動かない。

「あの・・・、大丈夫ですか？」

「・・・・・・・」

　返事がない。背中へのダメージが思いのほか、大きかったのだろうか。

「ティグリスさん？　大丈夫ですか？」

　俺はゆっくりとティグリスに近づき、尚も声を掛けた。

　やがてティグリスの顔が見える位置まで来た俺は、予想外のモノを見る。

　それは、ティグリスの真っ赤な顔だった。その顔色に驚いた俺は、戸惑いながらも彼女に声を掛ける。

「え？　え？　どうしました？」

「・・・・・・・」

「あの、ティグリスさん？」

「・・・・・・・」

　ティグリスの顔の赤みは一向に引かず、しまいには その目が潤んできた。その様子に俺は慌てる。

「もしかして、ケガしたんですか！？　大丈夫ですか！？」

「・・・られました」

　ティグリスはなにやら言葉を発したが、その声はあまりにも小さかったために、よく聞き取れなかった。

「なんですか？」

「・・・を触られました」

　は？　触られた？　なにを？

　その疑問は、すぐに解消される。ティグリスの大きな叫び声によって。

「オッパイを、触られました！！」

　その発言と同時に両手で顔を覆ったティグリス。俺はなんのことだか分からずに、呆然と立ち尽くしていた。

　・・・急になにを言い出すんだ？

　しかし、そんな疑問が浮かんだ直後に俺は気づく。

　ティグリスを投げる際、俺は彼女の体を左肘に乗せた。おそらくはそのとき、ティグリスの胸が俺の肘の辺りに触れたのだろう。しかし俺には、その自覚はなかった。そんなことを考えている余裕はなかったし、そんな感触を味わっている場合でもなかったからだ。

「えっと・・・、す、すみません。でも、そういう つもりでは、なかったので・・・」

「分かっています！　リュート殿は、そのようなお方ではありません！　し、しかし！　ワタシは意識して しまいました。戦いの最中（さなか）に、そのような下らないことを意識してしまったのです。・・・情けない！」

「え～と・・・。もう、終わりにしますか？」

「いえ！　まだ続けて下さい！　もう少ししたら、落ち着きますので！」

「・・・あ、はい」

　その後、暫くティグリスは地面に倒れたまま、両手で顔を隠し続けていた。