第26話 斬ろうとする彼女と、斬った俺
外壁の門から五百メートルくらいの場所にやってきた俺とティグリス。街道からは外れており、近くに人はいない。
「この辺でイイですかね?」
俺は立ち止まり、ティグリスに尋ねた。手合わせ───つまりは戦いの場所として、この辺りは適切なのだろうか。
「もう少し先へ行きましょう」
そう言って、ティグリスは森の方へと歩き続ける。俺は黙って彼女に付いていった。
やがて森の手前で立ち止まったティグリスは振り返り、俺を見る。
「この辺りにしましょうか」
マントを脱いで畳み、カバンの紐を肩から外し、それらを地面に置いたティグリス。そして彼女はその場所から十数歩離れて、剣の柄に左手を添えた。更には真剣な眼差しを俺に向けている。そんな彼女に対し、俺は背中の袋を下ろしながら問い掛ける。
「戦う、と言っても・・・、まさか、剣は使いませんよね?」
「え? あ、えと、そうですね・・・」
ハッとした表情のあと、苦笑いをしたティグリス。その様子から察するに、普通に剣を使おうとしていたようだ。
おいおい。真剣なのは眼差しだけにしてくれよ? 真剣で斬りつけられたら、ケガしちゃうと思うんだけど・・・。
竜の血肉で出来ているこの体は頑丈だ。しかし、ティグリスは結構な強さ。彼女に斬りつけられたら、無傷というワケにはいかない気がする。それに俺が剣を壊してしまう可能性もあるから、剣は使って欲しくない。
「えっと・・・。ど、どうしましょうか・・・。ワタシは、
それ、前にも言ってたけど、なんなの? トシュ・・・、なんだって?
一体、なんのことだろう。もしかして、素手での戦い方のことを意味しているのだろうか。
まぁとにかく、つい先程までの真剣な様子と異なり、オロオロとしているティグリスに、俺は提案する。
「木の棒でどうですか? それを剣の代わりにする、というのは?」
「なるほど、そうしましょう。しかし、木の棒など・・・」
キョロキョロと辺りを窺うティグリス。だけど木の棒なんて落ちてはいない。
「森の中なら、枝が落ちてませんかね?」
「それはどうでしょうか。街の住人が頻繁に薪を集めているでしょうし」
あ~、なるほど。薪は貴重な燃料なんだな。
言われてみればそのとおりで、森の中を歩いたとき、街から近いところには木の枝は落ちていなかった。街から離れた場所には落ちていたが、そんなところまで今からわざわざ取りに行くのも、どうかと思う。
「じゃあ、手頃な枝を切りますね」
俺は一番近くの木に近づき、その幹の先を見上げた。そして色々な枝に目をやり、それなりの長さと、そこそこの太さを兼ね備えている真っ直ぐな部分を探す。そうして手頃な枝を見つけると、ピョンッと跳んでその枝を左手で掴み、右の
「これなんか、どうでしょう?」
着地した俺は持っている枝を
「えっ!? あの・・・、手で枝を、斬り落としたのですか? ・・・というか、今も・・・」
「はい、そうですけど?」
すでに枝はキレイに整い、立派な木の棒が完成。俺はそれを見ながら、ティグリスの質問に答えていた。
「あ、はぁ・・・」
ティグリスの発した言葉に妙な雰囲気が纏われているのを感じた俺は、彼女の顔を見る。すると、呆然とした表情が。
どうやら俺は、やってしまったらしい。よく考えれば、
「あ、その・・・、鍛えてますから。ハハッ」
苦しい言い訳と、乾いた笑いと、作り笑顔を用意するのが精一杯だった俺。するとティグリスは左の口角をクイックイッとひきつらせて、呟く。
「・・・そういう次元の話でしょうか?」
暫しののち、気を取り直したティグリス。剣の収まっている鞘を、地面に置いといたカバンの脇に置き、俺へと近寄ってくる。
「見事なモノですね」
俺から木の棒を受け取ったティグリスは、それを眺めて言った。彼女に渡した木の棒は、長さが八十センチ程、太さは直径四センチ程で、端から端まで真っ直ぐに伸びている。これぞ立派な木の棒だ。
そんな
「これなら、充分剣の代わりになりますよ」
「じゃあ、始めましょうか?」
「はい! お願い致します!」
そうして、俺とティグリスの手合わせが始まることとなった。
俺たちは今、およそ七メートルの距離を取り、対峙している。俺の左側には森が広がっていて、右側に行けば街道が通っている。ティグリスは左手に木の棒を持っており、俺は素手。
とりあえず、先手はティグリスに取らせるか。
俺がそう考えた理由は、明白。俺の目的はティグリスを倒すことではない。彼女を鍛えること。だから拙速に攻める必要はないのだ。
「こんなことをわざわざ聞くのは、大変失礼な話だと思うのですが・・・。一応の確認をさせて下さい。・・・ワタシは、本気で戦って良いのでしょうか?」
言葉こそ丁寧だが、その眼光は鋭い。ティグリスは、すでに戦いに入っているかのようだ。
「はい、イイですよ」
ティグリスは、ワタシは、と言った。それはつまり、俺は本気を出さない、ということだ。そのことを彼女は承知しているし、俺もまた、承知している。
「では、参ります!」
言うや、ティグリスは正面から一直線に俺へと駆けてきた。その動きは、かなり速い。あの山頂で戦った5人組とは比べ物にならない。更には、あの奇妙な生き物よりも速いように思えた。
そしてティグリスは、左手に持っている木の棒を振り下ろす。
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