第25話 深夜の街、早朝の街

 結果は言うまでもない。


 大男は右肘を痛め、その様子を見ていた連中は大人しく貨幣を出し合った。まぁ、少し凄んでやったのだが。


 そうして銀貨二十二枚と銅貨八百枚が、テーブルの上に置かれている。酒場の店主の承諾を得て、天秤を借り、キッチリと出させたのだ。


 掛け金は、金貨三枚だった。そしてテーブルには、銀貨二十二枚と、銅貨八百枚。銀貨一枚と銅貨百枚が同価値なのは、既に知っている。つまり、金貨一枚と銀貨十枚が同価値、ということだ。また一つ勉強になった。しかし困ったことがある。


 この量だと、俺の巾着袋には入らないな。


 俺は傍を通り掛かった店員を呼び、尋ねる。


「すみません。このカネが入る袋があるなら売って欲しいんですけど、イイですか?」


「あ、はい。少し待ってて下さい」


 その店員は店の奥へと駆けていった。おそらくは店主に聞きに言ったのだろう。






 銅貨三十枚で、ランドセル程の大きさの袋を入手。生地はシッカリとしていて、口は広い。そしてランドセルのように、紐を両肩に掛けられる仕組みになっている。使い勝手は良さそうだが、正直なところ、適正価格かは分からない。しかしまぁ、多少は割高でもイイだろう。結構な臨時収入があったし、店にも少し迷惑を掛けたのだから。


 買い取ったばかりの袋にテーブルの上の貨幣をジャラジャラと流し込みながら、袋を持ってきてくれた店員に問う。


「コイツらの食事代は、もう貰ってるんですか?」


 ティグリスの酒場での支払いを見る限り、この世界は先払いが普通のようだった。しかし念のために確認しておかないと、コイツらが食い逃げをするかもしれない。俺がカネを手に入れたせいで、この酒場にそこまでの迷惑を掛けるのは忍びない。


「はい、それはもう支払って頂きました」


「そうですか、それじゃ」


 俺は貨幣の詰まった大きな袋を背負い、酒場をあとにする。その際、あの大男をチラリと見ると、未だに右肘を押さえて呻いていた。






 暗がりの中、俺は歩きながら考える。


 明日の仕事、どうしようかな?


 思わぬ形でカネが手に入った。これならもう、仕事はする必要はないだろう。しかし現場監督には〈明日も行く〉と伝えてしまった。さて、どうしよう。




 そのあとも街中をウロウロと歩きながら考えていたが、結局は現場監督との約束を守ることを心に決めた。


 その頃には、街中の灯りの数は更に減っていた。酒場も閉店のときを迎えたようだ。いま光を放っているのは、街路灯と月と星のみ。しかし程なくして、やけに明るい一角が現れる。


 そこにある複数の店の前には、色っぽい女性がそれぞれ立っている。俺は、その一角の様子を遠目に窺う。


 酔っぱらった男がチラホラといて、女性たちが声を掛けている。また、店からは満足気な男が出てくる。どうやら大人の店のようだ。少し興味はあったものの、その場から俺は立ち去った。






 街の中を彷徨うろついたり、道端にしゃがんだり、そんなことを繰り返していると、やがて空が少し明るくなってきた。俺はティグリスが泊まっている宿屋の前に戻り、その近くの井戸のへりに腰掛ける。


 暫くすると、人々が集まってきた。皆が壺やタライを持っている。水を汲みに来たのだろう。俺は邪魔にならないように、井戸から少し離れた。そうして集まってきた人々は一列に並び、次々と水を汲む。すると、見知った顔が現れる。


「あら、おはよう。早いのね?」


 宿屋の女将さんだ。変わらずニコニコとした笑顔を見せている。


「おはよう、そっちも早いね」


「えぇ、仕事だからね」


 そう言って両手で持っていた大きな壺をグイッと持ち上げる女将さん。食事の用意に水を使うのだろうか。いや、それは違うか。ティグリスは外食をしていたし。


「手伝おうか?」


「大丈夫よ、いつもやってることだから。ありがとね」


 俺の助けを断った女将さんは、より一層の笑顔で答えた。


を待ってるんなら、起こしてこようか?」


「いや、それはイイよ」


 空は明るくなってきているが、まだ早朝だ。無理に起こすことはない、ゆっくりと眠らせてやろう。


 そして俺の返事を聞いた女将さんは、水汲みの列へと並んだ。






 やがて水を汲み終えた女将さんが、再び声を掛けてくる。


「中で待つ?」


「いや、ここで・・・」


 そのまま井戸の傍で待とうとした俺だが、思い直す。


「あ、やっぱりお邪魔してもイイかな?」


「えぇ、もちろん。さぁどうぞ」


 俺を先導しようと歩き出す女将さん。しかし俺は彼女の横に並び、その手から大きな壺を奪い取る。


「持つよ」


「そんな気を使わなくてもイイのに」


「どうせ俺も行くし。それに、力には自信があるから」


 大きな壺には大量の水が入っている。しかし今の俺にとっては、大した重さではない。とはいえ、普通の人間にとっては結構な重さの筈。女将さんは中々に力持ちのようだ。




 女将さんがドアを開けると、カウンターの向こうには、あの男。彼は俺の姿を見ると、大きく慌てる。


「えぇっ!? す、すみません! 僕が持ちますから!」


 大慌てでカウンターから飛び出してきた男。その様子に少し驚いた俺だが、努めて冷静に答える。


「これくらい大丈夫だから。少し中で待たせてもらう代わりに、手伝っただけだし」


「いや、しかし! 母さん、なにをやってるんだよ!」


 女将さんを睨む男。そこで俺は気づく。


 この二人、親子だったのか。


「無理矢理奪い取られたのよ。それに、このコは力持ちみたいだし」


「だからって、お客さんにそんな・・・」


「いや、俺は客じゃないし」


「うっ! それはまぁ、そうですけど・・・」


 いまいち納得がいっていないような男を尻目に、女将さんはカウンターの奥へと俺をいざなう。その右側には、やや小さなドアがあり、その中へと進む俺と女将さん。


 そこは狭い部屋で、ベッドが二つと家具が少々。どうやら、この親子が寝泊まりしている部屋のようだ。


「じゃあ、ここに置いてくれる?」


 女将さんが指定した場所へと壺を置き、その部屋をあとにする。そうして、宿屋の入り口の脇にあるテーブルに通される。


「いまお水を持ってくるわね」


「あ、お構いなく」


 その後、運ばれたコップの水に何度か口を付けつつ、大きな袋から小さな袋へと銅貨をいくらか移し変えていると、階段から金髪のエルフが下りてきた。そう、ティグリスだ。彼女は大きく驚いた表情を見せる。


「えっ!? リュート殿!? お、お早いですね!」


「あ、おはようございます。もう少し寝ててイイですよ」


 とはいえ、ティグリスは既に準備万端。剣とマントを備えている。おそらくは、マントの中にはカバンも携えているだろう。


「いえいえ、早速参りましょう!」


 そうして俺とティグリスは宿屋から出て、街の外へと向かった。



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