第24話 夜の街

 食事を終えて、ティグリスを宿屋まで送る。その別れ際のこと。


「それでは明日の稽古、宜しくお願い致します。・・・あの、三日連続でワタシに付き合って頂くことになりますが、大丈夫なのですか?」


「はい、大丈夫ですよ。比較的ヒマなので」


 ティグリスの言葉により、俺が眠っていたのは半日足らずのようだ、と知ることが出来た。そして彼女と別れた俺は、考える。


 今から、どうしようか?


 腹は膨れたが、眠くはない。街は仄暗く、街の外は暗闇に近い。


 なにかをしようにも、なにをすればイイのか分からず、なにが出来るかも分からない。街の中には灯りが点いている店がいくつかあるが、それらは皆、酒場のようだ。即ち、もう俺には用のない店。日が昇るまでのあいだ、俺はなにをすればイイのだろうか。




 俺は街中を彷徨い、広場へと辿り着いた。そこは、ティグリスの涙を見た場所であり、念話によって竜から話しかけられた場所。


 その一角のベンチに腰を下ろし、俺はつい先程のことを思い返す。




 ティグリスとの食事では、色々なことを知れた。竜による特別講義では、この世界の大まかなことを知れたが、ティグリスとの会話では人の営みについて、ある程度知れた。ちなみに、食事代はティグリスの奢り だった。


 その会話の中で俺は、遠い異国の地からの流れ者、という設定になってしまった。遥か遠い場所のスゴく小さな集落から来た田舎者、との設定になってしまったのだ。あまりにもモノを知らないので、この近辺の生まれ、とするには無理があり過ぎたためだ。だから、そんな設定になってしまった。まぁ、遥か遠くから来たのは間違いではないし、モノを知らない田舎者、という設定は、色々と聞き出すには便利ではあった。




 あ、そうだ。袋を手に入れないと。


 俺は右手を開き、そこに乗っている貨幣を眺めながら思った。


 酒場ではティグリスに驚かれた、袋を持っていないことを。そういえば、あの現場監督も驚いていたな。俺がいた世界に置き換えると、財布を持っていない、という感じだろうか。電子マネーの類いがないこの世界では、それは奇妙なことに思えるのだろう。


 袋か・・・。どこかに落ちてたりしないかな?


 俺はベンチから腰を上げ、再び街中を徘徊することにした。






 街路灯による僅かな灯りを頼りに、地面を見て回る。しかし、袋なんて落ちてはいない。というか、物自体が落ちていない。大量生産、大量消費の俺の世界と異なり、この世界では物を大切にしているのだろうか。そういえば昨日も今日も、街中に落ちている物などなかった。


「おい、なにしてんだ?」


 背後からの声。地面とにらめっこをしている俺は、怪しいヤツに見えたのだろうか。声のした方へと振り返ると、そこには少し前に見た顔。あの現場監督だ。


「あ、よぉ。いや、袋が落ちてないかと思って・・・」


「袋? あぁ、カネを入れるためのか? だがなぁ、そんなモン、落ちてるワケがないだろ?」


「・・・そうだよな」


「ちょっと待ってろ。えっと・・・」


 そう言うと現場監督は、自身の肩から下げているカバンの中をあさり始めた。そして、


「コレならどうだ?」


 と、俺の元に寄ってきた現場監督が見せたのは、手の平ほどの大きさの古びた巾着袋。その紐はとても長くて、腰に巻きつけることが出来そうだ。


「お前の働きブリには感心したからな。もし要るなら、やってもイイぞ」


 え? なにコイツ。イイ奴なのか? だけどどうせくれるんなら、報酬を渡してくれたときに、くれればイイのに。


「ホントに、くれるのか?」


「あぁ」


 現場監督の息が酒臭い。酔っているから気が大きくなっているのかもしれない。酒場からの帰りなのだろうか。


「う~ん・・・。タダじゃあ悪いから、銅貨五枚で買うよ」


 タダより高いモノはない。しかも相手は酔っ払い だ、あとから難癖をつけられても敵わない。後腐れを残さないためにも、ここは売買として成立させた方がイイ、との判断だ。


「五枚!? おいおい、この袋にそんな価値はないぞ? 随分と使い古してるからな」


 昨日の街中の散策や、今日の酒場でのティグリスの支払いを見て、なんとなくの相場を把握していたつもりだったが、俺の認識は間違っていたようだ。もっとちゃんと店を見て回っておけば良かったな。現場監督はイイ奴みたいだから良かったが、今後ボッタクリに会うかもしれない。


「そうなのか? じゃあ、二枚でイイか?」


「やる、って言ってるのに律儀な奴だな。あぁ、銅貨二枚で売ってやるよ」


 こうして手に入れた巾着袋の中に貨幣を入れ、その口を閉じて紐を腰に巻き付ける。すると現場監督が言ってくる。


「明日も仕事に来てくれるのか?」


「いや、明日は朝から用事がある。だから無理だ」


「その用事は一日掛かるのか? お前なら、昼過ぎから来てくれてもイイんだが」


「今日と同じ感じでイイのか? それなら、まぁ・・・」


 ティグリスとの稽古は、さすがに丸一日は掛からないだろう。今日と同じでイイなら、俺としても働きたい。カネはいくらあっても困らないからな。


「よし、それじゃあ頼んだぞ。じゃあな」


「あぁ、おやすみ」


 現場監督は体を少し左右に揺らしながら、薄暗い通りの奥へと消えていった。






 袋が手に入ったのはツイてたな。さて、次はなにをしようか?


 日が昇るまでは、あと半日ほどだろう。それだけの時間を潰す方法が思いつかない。日用品店は閉まっているし、酒場に用はない。街の外は真っ暗だろうし、出たら迷子になるだろう。


 俺はなんの目的もなく、徘徊を再開した。






 暫く歩いていると、一軒の酒場から大きな声が聞こえてきた。それは複数の男たちの声。


「どうしたどうした? もう終わりか? この俺に勝てるヤツはいないのか?」


「おい! 誰かコイツを黙らせろ! 誰でもイイ、やっちまえ!」


「いやいや、無理だって! コイツには勝てねぇよ」


 揉め事だろうか。現実世界では絶対に関わりたくはない場面だが、今は違う。今の俺はかなり強いし、かなりヒマを持て余している。


 だから俺は、その酒場の中へと足を運んだ。




 中に入ると十数人の男たちが騒いでいた。その全員が、ガラの悪そうな連中だ。目つきが悪いヤツ、腕や足に刺青いれずみを入れているヤツ、モッサリとした髭を生やしているヤツ。そんな奴らが騒いでいる。


 そこで、ふと思い出す。


 あ、この店・・・。ティグリスが、変な客が立ち寄る、って言ってた店だな。


 そんなことを思いながら連中の様子を窺っていると、その中の一人が俺に声を掛けてくる。


「あぁん? なんだ、お前。なに見てんだよ?」


 目つきが悪く、左腕には刺青いれずみ。そして、モミアゲと繋がっているモッサリとした髭。連中の容姿を煮込んだようなヤツだ。


「いや、別に」


「別に、じゃねぇだろうが! ちょっとコッチ来い!」


 喚く男の様子を見て、店員があいだに割って入る。


「あの、お客さん・・・。ケンカは困ります」


「はぁ? ケンカなんてしねぇよ。勝負するだけだ」


 勝負? なんの勝負だ? それはケンカのことじゃないのか?


「おい、お前! 早く来い!」


 さっきとは違う男が俺を呼んだ。ソイツは右頬に傷があり、もちろん目つきは悪い。しかしそんなヤツを目の前にしても、今の俺は怖くない。


「俺になんの用だよ?」


「だから勝負だよ! コイツと腕相撲しろ!」


 最初の男が言ってきた。ソイツが指を差しているのは、ムキムキの大男。身長は二メートル近くありそうだ。


「はいはい、腕相撲をすればイイんだな?」


 俺は男たちの方へと歩き出し、程なくして連中の輪の中に入る。その途中で店員が引き止めてくれたが、「大丈夫ですよ」と俺は答えた。


「掛け金は金貨三枚だ。イイな?」


 最初の男が言ってきた。俺は即座に聞き返す。


「は? 掛け金? なんだそれ?」


「勝負するヤツがお互いに金貨三枚を出し合って、勝った方が総取りするんだよ」


「いや、金貨なんて持ってないけど?」


 俺の手持ちは、銀貨一枚と銅貨十八枚だ。


「うるせぇ! カネはなんとしてでも払ってもらう。おら、早く勝負しろ!」


 うわ~・・・。コイツら、タチが悪いな。これじゃあカツアゲじゃないか。


 大男は無言のまま前屈みになり、テーブルに右肘を置いた。その顔はニヤニヤとしている。どうやら勝った気でいるようだ。俺は最初の男に聞く。


「確認だけど、俺が勝ったら金貨三枚を貰えるのか?」


「あ? ハハッ! 勝てたらな」


 ヘラヘラと口を歪ませている男。俺はその返答を聞き、しれっと答える。


「そうか」


 そして俺は大男の向かい側に移動して、ソイツと同様に前屈みとなり、テーブルの上に右肘を置いた。



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