第23話 再会
もう完全に夜だ。とはいえ、真っ暗ではない。街路灯のようなモノがところどころに設置されていて、仄かな光を提供している。それにより、多少は視界を確保できている。どうやらこの目には、暗視機能のようなモノはないようだ。
う~ん・・・、遅くなってしまったな。今から部屋を訪ねてイイのかな?
俺は、宿屋の前で考え込んでいた。
しかし、考え込んでいても仕方がない。俺が来たことは、ここの女将さんからティグリスへと伝えられているだろう。だから、帰るワケにはイカない。
俺は決心して、宿屋のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると同時に聞こえた声。それは、男の声だった。俺を出迎えたのは、女将さんではなかったのだ。
カウンターの向こう側には、若い男。
カウンター脇にて灯る弱い光に照らされているその顔は、俺とあまり変わらない年齢のようにも見える。
「お泊まりで宜しいですか?」
若者にしては、丁寧にして、落ち着いた口調。若く見えてはいるが、実際は結構な歳なのだろうか。俺はカウンターへと進み、答える。
「あ、いえ・・・。知り合いに、会いに来たんですけど・・・」
「あぁ、あなたが。お部屋でお待ちですよ。それと、この宿屋の者に対しては、敬語は不要です」
ん? 俺のことを知ってる? あぁ、女将さんから聞いたのか。
来客の情報も、宿屋における伝達事項に入っているのだろうか。
それにしても、やたらと敬語を敬遠する宿屋だな。
「どうぞ、これを。そちらの階段を上がって下さい」
「・・・ありがとう」
男が渡してきたのは、ロウソク立て。俺はそれを受け取り、指し示された方へと進む。右手には貨幣を握り締め、左手にはロウソク立て。そんな俺が階段を上がると、廊下は左右に伸びていた。
え? どっちだ? あの兄ちゃん、教えてくれればイイのに・・・。
しかし、そこで気づく。
あ、もしかして・・・、わざと教えなかったのか?
あの男は、俺がティグリスへの来客だということは知っている。しかし念のために、部屋の番号は教えなかったのではないか。
ティグリスは女で、俺は男。万が一、知り合いではなかった場合、なんらかのトラブルになるかもしれない。本当に知り合いの場合は、部屋を間違えることはないだろうから、教えなくても大きな問題はない。
・・・というような考えから、部屋を教えなかったのかもしれない。
しかし、そこで一つの疑問が生まれる。
・・・ん? 俺がティグリスの部屋番号を知ってることも、分かっているのか?
俺はそのことを言っていない。女将さんにも、あの男にも。となると、ティグリスが教えたのかもしれない。部屋番号は伝えてある、と。
ん~・・・。とにかく、部屋を探すか。たしか、6番だったな。
俺は右に曲がり、一つ一つのドアをロウソクで照らした。
【6】の部屋、つまりはティグリスの部屋に辿り着いたのは、最後だった。彼女の部屋は廊下の左端にあったのだ。貨幣を握っている右手で軽く三回ノック。するとティグリスの返事が聞こえて、ドアが開いた。
「おぉ、リュート殿! ご無事でしたか! 心配しましたよ。なにかあったのではないかと、街の中を探してしまいました。リュート殿の強さならば、ワタシ如きが心配する必要などないのに」
俺の顔を見るなり、早口で捲し立てたティグリス。その左手にはロウソク立てを持ち、安堵の表情を浮かべている。
「あ、すみません。ご迷惑をお掛けして・・・」
「いえいえ、迷惑などではありません。それで今日は、どういったご用件で?」
「・・・・・・・」
俺は固まった。
そうだよ! なんで俺、来ちゃったの!? 別に用事なんてないのに!
そこから俺の思考回路はフル回転。なんとか訪問の理由を考える。
「・・・リュート殿?」
ティグリスが眉をひそめた。早く理由を考えないとイケないぞ。
そのとき、俺の腹が鳴いた。グ~~~・・・、と鳴き声を上げたのだ。これ幸い、と思った俺は、言う。
「あ! こ、この前、食事に誘ってもらったのに行けなかったから、えっと・・・、い、今から、どうですか?」
腹の虫に助けられた、これはお礼をしないと。そして俺は、急激な空腹感を感じることに。
・・・メチャクチャ腹が減ってきたぞ? 働いたからか?
「おぉ! それはイイですね! では参りましょう」
俺からの急な提案にも
「さぁ、行きましょう」
灯りに照らされたティグリスの笑顔。それは、ほんのりと
少しののち、俺とティグリスは酒場に来ていた。この店は彼女のお気に入りらしい。
「さぁ、リュート殿。なにを食べますか? ワタシのお薦めはズバリ、牛の腸の煮込みです!」
・・・牛の腸? トマト味なのか? それとも、もつ鍋か? ・・・まさか、味噌煮込み?
味付けについて色々と予測を立てた俺。しかし、考えたところで答えが得られる筈もない。この世界のことは、俺にはよく分からないのだから。
「ティグリスさんに、お任せしてもイイですか?」
「ワタシに? 分かりました、お任せ下さい」
笑顔で答えたティグリスは店員を呼び、注文をする。
「牛の腸の煮込みと、なにか、お薦めを3品頼む」
・・・え? 店員に丸投げかよ。
しかしまぁ、仕方がないだろう。ティグリスも、この街に来て日が浅い、とのことだから。
「リュート殿、お酒はどうしますか?」
「いや、酒はイイです」
俺は高校生だ。この世界の基準は分からないが、飲酒はやめておこう。別に飲みたいとも思わないし。
「そうですか・・・」
なんだか残念そうなティグリス。彼女は酒が好きなのだろうか。
「ティグリスさんは飲みたいなら、俺のことは気にせずに頼んで下さい」
「よ、宜しいのですか?」
「もちろん。ただし、酔い潰れない程度でお願いします」
「それは心得ております。リュート殿にご迷惑はお掛けしません」
ニコニコとした笑顔で答えたティグリスは、店員に一杯の酒を注文した。そして店員が下がると、やがて真剣な表情を浮かべた彼女。
「リュート殿。実は折り入って相談があるのですが・・・」
テーブルの上に置かれた自身の右拳を左手で包み、眉間に
「なんですか?」
「ワタシを・・・、鍛えて欲しいのです!」
「・・・鍛える?」
「はい! 戦闘について、ワタシに、ご教授をお願い致します!」
「・・・いや、ご教授もなにも。俺が教えられるようなことは、ありませんけど・・・」
「そんなことはありません! リュート殿の強さは凄まじいです!」
バンッ、とテーブルに両手を突いて、素早く立ち上がったティグリス。思わず俺は、体をビクリとさせる。
驚かさないでくれよ・・・。いや、それはこの体の能力で、俺は戦い方については素人なんだけど・・・。
「えっと・・・。教えるのとか、苦手で・・・」
「そうなのですか? ・・・では、ワタシと手合わせ して頂けませんか?」
「手合わせ? というと・・・、戦う、ってことですか?」
「はい。ワタシには、とある目標がありまして、どうしても強くならなければイケないのです。ですから是非とも、リュート殿に、ご指南頂きたく」
「戦うだけでイイんですか? それならまぁ・・・。でも、そんなことで強くなれますか?」
「リュート殿に手合わせをして頂けるなら、それだけでもワタシのためになる筈です。ですから何卒」
ティグリスはテーブルに両手を付けた状態で、頭を下げてきた。俺が教えられることなんて本当にないのだが、そこまで言われたら協力してあげたい。
「はい、分かりました。手合わせだけでイイのなら・・・」
「本当ですか!? では、明日の朝からお願い致します!」
両手をテーブルに突いたまま、クッと顔を俺に向け、満面の笑顔を見せたティグリス。その笑顔に俺は、少しドキリとした。
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