第22話 初めてのおカネ

「えっ!? お、おい!? やめとけ、ケガするぞ!」


 背後から現場監督らしき男の声が聞こえたが、俺は無視。実際にやって見せれば済むことだ。


 そうして俺がやって来たのは、屋根の付いていない大きな荷車にぐるまの前。馬か牛に複数頭で引かせてきたのだろうが、それらの動物は今はいない。


 荷車の上には男が二人。彼らが二人掛かりで、荷車の手前にやって来る運び手の肩に石を乗せ、運び手はその石を階段へと運ぶことになるのだ。


 荷車の上にいる一人が俺を見下ろして、言ってくる。


「あ? なんだ、あんちゃん? オメェも運ぶのか? そんなヒョロヒョロの体で」


 俺の今の体には、それなりの筋肉が付いている。しかし、ここで働いている男たちはそれ以上だ。ムキムキなのだ。しかし、量より質。俺の筋肉は、この中で最強の筈だ。なんといっても、竜の血肉で出来ているのだから。


 俺は、ヒョイッと荷車にぐるまの上に飛び乗る。すると先程とは違う方の男が、俺の右肩を正面から掴んできた。


「おいおい、仕事の邪魔だ。とっとと降りろ」


「少しだけ時間をくれ。今から、そこの石を四つ運ぶ」


 現場監督っぽい男には、三個運べ、と言われた。しかし俺が宣言したのは四個。なにもムキになっているワケではない。単純に、四個の方が運びやすい、と思っただけだ。


「・・・はぁ? ・・・ハハッ! コイツは、とんだバカ野郎だ! 四つだと? そんなこと出来るワケがないだろ?」


 その男は言葉だけではなく、表情でも俺のことをバカにしている。顎を少し上げ、ヘラヘラと笑っている。


「イイから見とけ」


 俺は男の左手を軽く払いけ、ほぼ隙間なくキレイに積まれている長方体の石を、両手の指先で引っかけるようにして摘まむ。そしてゆっくりと引っぱり出す。二列二段の合計四個、それらをゆっくりと引っぱり出す。


「は? う、動いてるぞ。四つの石が・・・」


 最初に俺に絡んできた男が声を上げた。俺はその声に反応することなく、淡々と石を引っぱり出す。ゆっくりと慎重に。


 俺が慎重にしている理由は二つ。


 一つは、実際にどれくらいの重さか分からないので念のため。

 もう一つは、石を早く引っぱると接地面が削れるかもしれないから。


 指先である程度まで引っぱり出すと、その石の下に手を添える。そしてまた、ゆっくりと引っぱり出す。徐々に石の重さが両手に乗ってくる。やがて、重さの全てが俺の両手に乗った。


「ウ、ウソだろ!? どうなってんだ!?」


 つい先程俺の肩を掴んでいた男も声を上げた。その声も聞き流した俺は、四つの石を両手に乗せたまま、荷車にぐるまから跳んで下りた。そんな俺の姿を見て、周りの男達は固まっている。


 ブラッディーベアーよりも、随分と軽いな。


 そんなことを感じていた俺は悠々と階段へと辿り着き、そこを上って、職人たちの元へと四個の石を運んだ。そして階段を駆け下り、またも荷車へ。


 正直、石を四つ持っている状態でも走れるが、そこまでやると目立ち過ぎる。いや、もう充分に目立っているのだが・・・。とにかくまぁ、運ぶときは歩くようにした。


 再び荷車にぐるまの上に来た俺は、石を一個持って荷車の床に置き、その隣にもう一個を並べた。そして、その上に二個の石を乗せて、二列二段の塊をセット。それを両手で掴み、また運ぶ。


 このやり方の方が、早く運べるな。


 またも悠々と四個の石を運ぶ俺。周りの男たちは、未だに固まっている。


「お、おい! オマエらも運べ! 働け!」


 現場監督らしき男の声により、動き出す男たち。そのあとも俺は石を四個ずつ運び、周りの男たちは作業を続けながらも、俺の姿をチラチラと見ていた。






 太陽が沈み始め、辺りが暗くなってきたところで今日の作業は終了。俺を含めた作業員は、現場監督らしき男から一日分の賃金を受け取る。・・・っていうか、たぶんアイツ、現場監督だな。




 俺は今、列に並んでいる。賃金を受け取るための列に。


 ジャラジャラと鳴り響く音。前を見ると、あの荷車にぐるまの上にそれなりの大きさの布袋がいくつもある。その中に銅貨が入っているのだろう。列が進むに連れて音は大きくなり、俺の目に不思議な物が映った。


 それは、天秤と重り。


 その重りには、【100】と彫ってある。おそらくは、銅貨百枚分と同じ重さなのだろう。天秤ではかった百枚と、律儀に数えた二十枚を賃金として渡しているようだ。その様子を見て、俺は思う。


 百二十枚用の重りは、ないのか?


 辺りは随分と暗くなっている。俺の前には、まだ五人。後ろには十人以上がいる。なんだかイライラとしてきた。


 遅い! なんて原始的なんだ!


 しかしイラついても仕方がない。ここは、そういう世界なんだろうから。




 やっと俺の番になり、天秤からの百枚と数えた二十枚を受け取れた。


「スゴいな、オマエ! 明日も来てくれないか? オマエになら、三倍の賃金を払うぞ!」


 現場監督が、ニコニコ顔で言ってきた。しかし俺は、少し不愉快になる。


 ちょっと待て。四個ずつ運んで三倍の賃金だと、割安になってるぞ? ちゃんと四倍払えよ。


 とはいえ、俺はもう働くつもりなどない。


「いや、とりあえずは、もうイイ。カネは手に入ったから」


「そんなこと言うなよ! なぁ、明日も来てくれよ! 三倍出すからよぉ!」


 だから四倍出せよ。いや、それよりも・・・。


「なぁ。これ、なんとかならないのか? 袋とか、ないのか?」


 いま俺の両手には、百二十枚の銅貨が乗っている。両手が塞がってしまっている。ちなみに俺の服にはポケットはない、上下ともに。


「はぁ? 袋を持ってないのか? 今まで、どうしてたんだ?」


 現場監督のその疑問には答えず、俺は質問する。


「銀貨には、ならないのか?」


 レートが分からないので、なんとも言えないが、この要求は理不尽なモノなのかもしれない。銀貨一枚と銅貨千枚が同価値───とかだったら、銀貨にはなる筈がないのだから。しかしこの状態では、どうにもならない。宿屋のドアを開けることすら出来ない。だから俺は、たまらず要求してしまった。


「なんだ? 銀貨の方がイイのか? だったらそれは、この袋に戻してくれ」


 お、イケるのか。これでレートが分かるな。


 現場監督は荷車にぐるまの上にある布袋を手に持ち、その入り口を広げている。しかし俺は、そこには戻さない。


「そこに戻して、どうすんだよ? せっかくはかったんだから、後ろのヤツに渡した方がイイだろ?」


「あ、なるほど! オマエ、頭もイイんだな!」


 いやいや、そんなことはないぞ? 普通、分かるだろ?


 俺は、後ろに並んでいる男の了解を得て、ソイツが持参していた布袋に両手の銅貨を流し込んだ。


 一方で現場監督は、自分の腰にぶら下げていた布袋から銀貨を一枚取り出して、再び数えた銅貨二十枚と共に俺に渡してきた。合計で貨幣二十一枚、これなら片手に収まるから大丈夫だ。そして、レートを知ることも出来た。


 なるほど、銅貨百枚と銀貨一枚が同価値か。


「銀貨の方がイイなんて。変わってるな、オマエ」


 は? なんでだよ? あんなにジャラジャラと小銭を持ってられるかよ。邪魔になるだろ?


 現場監督の言葉に疑問を感じたが、別に深く追求する気がない俺は、軽く受け流す。


「はいはい、そうかよ。じゃあな」


「おう。気が向いたら、明日も来てくれよ」


 はかり終えた銅貨百枚を自分の布袋に入れながら、現場監督が言ってきた。俺は体を反転させて現場監督に背中を見せ、左手を少し上げてヒラヒラと揺らすだけだった。




 そうして、あの宿屋に戻った。



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