第21話 睡眠と労働

 食事を終えた竜はまた小さくなり、穴の中へと消えていった。あの大きなブラッティーベアー三頭を食べたのに、また十センチ程の姿になったのだ。どういう仕組みなのか理解が出来ない。竜の腹の中で圧縮されたのか、瞬時に消化されたのか。はたまた・・・。


 いや、そんなことはどうでもイイ。考えても仕方がない。というか、考えたくもない。なんだか疲れた、とても眠い。


 空には、すでに暗がりが広がっている。俺も穴の中へと入り、岩肌に手足を突いて、ダラダラと洞窟へと下りた。




 やがて穴の終着点に辿り着いた俺は、そこから飛び降りる。今度は落下に伴う衝撃もソコソコで済み、無事に着地できた。膝は勿論のこと、体全体のクッションを効かせたのだ。


 そして竜の傍に行き、横たわる。


 竜はすでに寝ていた、自身の体に首を添わせて。そんな姿を眺めながら、俺のまぶたはゆっくりと落ちた。








「ん・・・んんっ!」


 眠りから覚め、横になったまま体を伸ばす。硬い岩の上で寝たのに、体に痛みは全くない。これもまた、この体のお陰だろうか。


 上体を起こすと、目の前には深紅の竜。未だに寝ている。


 ・・・どれだけ寝るんだよ。


 俺自身がどれくらい寝ていたのかは分からないが、とにかく竜は寝すぎに思える。常に寝ているようにさえ思える。いくらなんでも寝すぎだろうに。


 俺は立ち上がり、穴の方へと向かう。そして大ジャンプ。穴の中の岩肌に両手両足を突き、その体勢のまま、またジャンプ。それを何度か繰り返す。


 だいぶ慣れてきたな。


 登り方も降り方も、すでにマスターしつつある俺。やがて頂上に着くと、明るい空の中には、いくつもの雲が流れていた。そして山頂のへりに立ち、遠くを眺めつつ、一つの街を探す。すると程なくして、見覚えのある街に目が止まる。


 たしか、あの街だったよな。


 昨日・・・、いや、昨日かは分からないか・・・。まぁともかく、竜に餌を持ってきたとき、俺はティグリスのいる街を探していた。ブラッディーベアーを狩った場所、つまりは木がハゲている場所から見当を付け、その街を探したのだ。そして、一つの街に行き当たった。おそらくは、その街に違いない筈だ。


 よし、行くか。


 俺は山頂から、弧を描くような大ジャンプで駆け下りた。






 いくらかの時間が過ぎ、無事に麓へと到着。体に痛みはないし、服も汚れていない。前回とは大違いだ。しかし油断は禁物。ここから方向を間違えると、また迷子になってしまう。


 俺は山頂を一瞥いちべつして、進路を決めた。そして、森の中へと歩を進める。






 どれくらい歩いただろうか、街へはまだ着かない。山頂から見た感じだと、街まではそれなりの距離があった。しかし、そろそろ着いてもイイ筈だ。


 もしかして、また迷子になったのか?


 かなりの不安を抱えながら、俺は慎重に森の中を進んだ。






 暫くののち、木々の隙間から高い壁が垣間見えた。それは、街を囲む外壁。おそらくはあの街、ティグリスがいるであろう街だ。俺は程々のダッシュで街へと近づく。出来る限り全力は見られたくない、目立つと厄介だ。そうして森を抜け、草原を駆け、外壁の門を潜り、中へと入る。




 そこには、見たことのある景色が広がっていた。あのときくぐった門ではなかったが、見覚えのある街並み。そこはたしかに、ティグリスと散策をした場所だった。


 よし! 合ってた!


 迷子にならずに街へと辿り着けた喜びから、思わずガッツポーズをした俺。行き交う人々の中の数人から、不審者を見るような視線を向けられたが、そんなことは気にしない。


 そんな俺はその後、あの宿屋を探し出し、そのドアを開けた。


「いらっしゃい、あら?」


 カウンターの内側には、あの女将さんが立っていた。前回と変わらない朗らかな笑顔を浮かべて。


「あのコなら、出掛けてるわよ?」


 俺が聞くよりも早く答えた女将さん。更には、


「森に行く、って言ってたから、帰りは少し遅くなるかもしれないわね。どうする、ここで待ってる?」


 と、俺の言葉を聞くこともなく、的確な対応をしてくれた。


「あ、いえ。街をブラついて、また来ます」


「そう? じゃあ、あのコが戻ったら、そう伝えておくわね。それと、私には敬語を使わなくてもイイわよ」


「あ、はい・・・。いや、ありがとう」


 そうして、俺は宿屋をあとにした。




 街をブラつく、とは言ったものの、俺にはなんのアテもないし、カネもない。この街の散策は、前回ティグリスと粗方あらかたは済ませたし、なにをしようか。


 そこでふと、あることを思いつく。


 俺はきびすを返し、宿屋へと戻った。






「いらっしゃ・・・、どうしたの? あのコなら、まだよ?」


 玄関扉を開けた俺の顔を見るなり、女将さんは小首を傾げた。


「あの、実は・・・。この街で、仕事を募集してたりしませ・・・、しないかな?」


 急激な敬語の取り止めによって、変な言葉遣いになってしまった。しかしそんなことは全く気にしない様子で、女将さんは親切に教えてくれる。


役務えきむ案内所でなら募集してるわよ。場所はね・・・」



 そう、俺は仕事をすることにしたのだ。街でなにかをするなら、カネは必要だ。そして、カネを手に入れるには仕事をしないとイケない。そのことを女将さんに相談するために戻ってきたのだ。



 案内所の場所を詳しく教えてくれた女将さんに礼を言い、再び宿屋をあとにする。やがて目的地へと着いた俺は、目の前の建物を見て、大いに驚く。


 石造りの四階建て。とても大きなその建物は、まるで砦のようだ。俺は中へと入り、すぐに右側へと進む。女将さんが教えてくれたとおりに。


 十畳ほどの部屋の中には、数人の人影。この部屋の入り口から向かって左側にはカウンターがあり、窓口が三つある。その反対側の壁には、何枚もの貼り紙。その一枚一枚が、働き手の募集のようだ。


 俺は足早に貼り紙を見て回る。短期間の力仕事、それが俺の狙い。


 暫しのあと、目当ての仕事が見つかった。




〈外壁階段の修繕に伴う石材の運搬〉


 時間・日の出から日暮れまで


 賃金・銅貨百二十枚


 場所・東門の少し北側




 ティグリスが修理屋で払っていたのは、やはり銅貨だったようだ。となると、銀貨や金貨もあるのだろうか。それにしても・・・、なんだ、この内容は。


 ・・・日の出から日暮れまで? 東門の少し北側? なんかアバウトだな。


 些か不安になりつつも、その仕事を請けるためにカウンターへと向かう。


「はい、どのお仕事を請けられますか?」


 対応してくれたのは、小さいレンズの丸メガネを掛けている清楚な感じの女性。長い髪は、後ろで一つに束ねられている。ポニーテールではなく、いわゆる一つ結び。極めて簡素に纏められている。


「外壁階段での石材運搬を」


「はい、それでは・・・」


 女性はなにやら書いているようで、ペンを走らせているような音が聞こえる。しかしカウンターには衝立ついたてがあり、俺からその手元は見えない。そして書き物をする音が止むと、ダンッ、と別の音がした。


「この紙をお持ちになって、明日の日の出の頃に、仕事場に行って下さい」


 渡されたのは、小さな紙。そこには手書きで仕事内容が書かれており、判が押してある。仕事斡旋の証明書のようなモノだろうか。


「え? 明日? あの・・・、今からしたいんですけど」


「それは無理ですよ? この仕事は、〈日の出から〉ですので」


「・・・・・・・」


 俺は黙ったまま、その部屋から出た。




 その後、俺が向かったのは近くの露店。そこで東門の場所を尋ね、仕事場を目指した。






 そこでは何十人もの男達が働いていた。その多くは、大きな石を運んでいた。ムキムキの男たちが石を肩に担ぎ、運んでいた。


 運ぶ先は、外壁の上へと繋がる階段。その中程なかほどには、積まれていたであろう石が崩れている場所がある。いや、あえて崩したのかもしれない。老朽化に伴って、石を組み直しているようにも思える。その場所では職人らしき男たちが、運ばれてきた石を複数人で着々と丁寧に積み上げている。


 俺は、あれこれと指示を出している現場監督っぽい男の元へ行き、案内所で渡された紙を見せた。


「いやいや、〈仕事は日の出から〉だぞ? もう昼を過ぎてる。また明日、来てくれ」


 予想どおりの男の反応。案内所の女性と同じことを言ってきた。しかし俺は食い下がる。明日までなんて待っていられない。俺は手っ取り早く、稼ぎたいのだ。


「今から一日分の仕事をする。それならイイだろ?」


 俺のその言葉に、男は怪訝な面持ちで言う。


「はぁ? オマエ、なにを言ってんだ? 今からだと、一度に三個は運ばないと無理だぞ? そんなの出来るワケがないだろうが」


 運ばれている石は、三十センチ四方の側面を持つ五十センチ程の長さの長方体。一個でも中々の重さに違いない、普通の人間にとっては。


「三個か。じゃあ、それ以上運べば文句はないな?」


 俺は、運ばれる前の石材が積まれている場所へと早足で向かった。



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