第18話 武器と防具

 とある武具屋の前を通り過ぎた直後、ティグリスが俺の顔を見た。


「ところでリュート殿は、武器は持たないのですか?」


 俺の右側を歩いているティグリス。彼女は足を止めることなく、そう聞いてきた。その質問に、俺はウソをつく。


「あ~・・・。俺、武器は使えないんです」


 竜は言っていた。剣や斧は素人でも扱えるし、当たればそれなりに威力がある───と。だから俺でも多少は使えるだろう。しかし俺の体は、そこらの武器よりも硬い筈だ。五人組と戦ったときに、そのことは少し証明された。だったら、わざわざ武器を持つ必要はない。体が重くなり、スピードが落ちるだけだ。


 しかしこの体のことは言うワケにはいかない。だからウソをついたのだ。


「・・・ということは、今までずっと素手で戦ってきたのですか?」


「まぁ、そうですね」


 ・・・まだ三回しか戦ってないけど。


「もしかして、防具も着けてこられなかったのですか?」


「えっと・・・、はい」


 俺は少し躊躇ためらった。武器はおろか、防具も着けていない───というのは、さすがに無理がありそうだったからだ。しかし実際、防具がない状態で、あの奇妙な生き物を倒したのをティグリスには見られている。だから誤魔化しようがないので、結局は素直に答えることになった。


「なんと!? リュート殿は、徒手空拳としゅくうけんの達人ですか!?」


 え? トシュ・・・、なに?


「なるほど、なるほど。だから、あれだけの身体能力を有しておられるのですね。納得です」


 なんだか分からないが、勝手に納得してくれたティグリス。これは好都合。俺の体の異様なまでの頑丈さを説明する手間が省けたようだ。しかし・・・。


「ティグリスさんも、防具は着けてませんよね?」


 そう。防具に関してはティグリスも着けていない。彼女の格好は、上半身には長袖のシャツのようなモノを着ていて、下半身にはズボンを履いている。色は共にベージュ。そして茶色いマントを羽織っている。防具は一切、身に着けていないのだ。それは、なぜなのだろうか。


「ワタシの力など、たいしたことはありません。剣技と素早さがワタシの長所なのです。ですから防具をつけるのは、得策ではないのです」


 スピード重視なのか。そういう意味では、俺と同じか。


 ティグリスの返答にそう思いつつも、納得できないことがある。彼女の体は俺ほど頑丈ではないだろう。一撃が致命傷にも、なり得る筈だ。


「でも、急所を守るくらいはした方がイイんじゃないですか?」


「・・・・・・・」


 ティグリスは俺の問いに答えることなく立ち止まり、顔を曇らせた。そして、目線を落とす。その様子を見ていた俺もまた、立ち止まった。


 あ、あれ? 俺、なにか悪いことを言ったかな? プライドを傷つけたのか?


「あ、えと・・・」


 なんとかフォローしようにも、言葉が続かない。するとティグリスは、俺の目をキッと睨みつけた。


 うわっ!? お、怒ってる!?


「さすがはリュート殿! ワタシもそう考えていたところなのです!」


 ・・・あれ? 怒ってない?


「あの化物との戦いで、ワタシは危うく死にかけました。ですから、鉢金はちがねと胸当てくらいは揃えた方がイイかもしれない───と思っていたのです」


 ハチガネ? なんだそれ? よく分からない単語がチョコチョコと出てくるな。っていうか、死にかけてた───って。体勢を崩してた、あのときのことか?


 とにかくティグリスは防具を必要としているようだ。そこで俺は、提案する。


「それじゃあ、あの店に入りますか?」


 少し前に通り過ぎた武具屋を指差した俺。するとティグリスはその方向を一瞥いちべつし、驚いた表情で俺を見る。


「宜しいのですか? ワタシの防具探しなどにお時間を使って」


「はい、全然イイですよ」


 特にすることがない俺にとって、武具屋巡り───というのは悪くないイベントだ。先程までも色々な店を回ってはいたが、どれも軽く見物していただけで、ジックリとは見ていない。本腰をえて見物するのもイイだろう。






 店の前へと戻り、ティグリスがドアを開ける。そうして店内へと足を運んだ俺たち。


 正面の先にはカウンターがあり、その向こう側に店主。右の壁には剣や弓が掛けられていて、その壁の床には矢が入っている箱、杖が入っている箱などが置かれている。そして左側の壁の前には棚が並んでいて、こまごまとしたモノが置いてある。更にそちら側の床には、いくつかの鎧が無造作に転がっている。それらの鎧を見て、俺は思う。


 ・・・おい、置き方。


 しかしよく見ると、それらの鎧は全身鎧のパーツのようだ。となると、壁に掛けるには重すぎるだろうし、マネキンのようなモノに着せると、場所を取るだろう。だから床に転がしておくのが、イイのかもしれない。


 俺がそんなことを考えている一方で、ティグリスは並んでいる棚をキョロキョロと見回し、左の奥へと移動。そのあとを付いていくと、彼女は一つの棚から細い布のようなモノを二本取り出した。


「どちらがイイと思いますか?」


 両手に持っているモノを見せてきたティグリス。それを見て、俺は思う。


 これは・・・、鉢巻はちまきに、金属の板が付いてるのか? ・・・あ、なるほど! だから鉢金はちがねか!


 鉢金がどういうモノなのかは分かった。だが、どちらがイイか───と聞かれても困る。その二つの違いは、金属板の色。おそらくは素材が違うのだろう。しかし俺には、それくらいしか分からない。 どちらがイイか───なんてことは分からない。


「それは、自分で決めてもらえますか?」


「そんなっ!? 選んでは頂けないのですか?」


「俺が着けるワケじゃないんで」


「くうっ! リュート殿ならば、最適な鉢金はちがねを選択して下さると思っていたのに!」


 なんなの、その信用度? 俺、武具のこととか、よく分からないよ? この体がスゴいだけだよ?


 ティグリスは肩を落とし、鉢金はちがねを棚へと戻した。そして自身の体を俺に向け直し、両手でマントをガバッと開く。


「それでは、胸当ては選んで頂けますか?」


 まるで露出狂のようなポーズ。勿論ポーズだけだ、服はちゃんと着ている。しかしベージュ色の服の下には、適度な大きさの膨らみが二つ。思春期の真っ只中にいる俺は、思わず目を背ける。


 しかしそんな俺の様子に構うことなく、ティグリスは続けて言う。


「是非ともワタシに合う胸当てを、選んで下さい!」


 ・・・いや、胸当て───って、サイズとかあるんじゃないの? それを俺に選べ───と? それは無理だよね?


 ティグリスの胸のサイズを知らない俺が、彼女の胸当てを選ぶことなんて出来ない。かといって、ティグリスの胸のサイズを調べることは、もっと出来ない。


「・・・ティグリスさん、自分で選んでもらえますか?」


 左側に逸らしていた目をティグリスの目に合わせ、申し訳なく答えた俺。すると彼女は、動転する。


「またしてもっ!? ど、どうしてですか!?」


「どうして───って・・・、それは、その・・・」


 今度は右上に視線を外し、口籠る。何だか顔が熱い、火照ってきたようだ。


「はぅわぁっ!?」


 大きな声をあげたティグリス。その声に驚いた俺は、慌てて彼女を見る。すると急いでマントを閉じ、白い顔を赤らめたティグリスの姿が。どうやら気づいてくれたようだ、自分がなにを言っているのかを。


「ここ、これは失礼致しました! む、胸当ては、自分で選びましゅっ!」


 あ、噛んだ。


「~~~~~っ!!」


 更に顔を赤らめたティグリスは、無言でそそくさと別の棚の前へと移動した。一方の俺は、反対側の壁の前へと移動。掛かっている剣や弓を眺める。別になにかを探しているワケではない。少し気まずくなったので、ティグリスから距離を取っただけだ。


 目の前の壁の上部には、いくつかの弓が掛けられている。そこから下に向かって、短剣、剣、長剣、大剣と並んでいる。パッと見る限り、基本的には重い武器ほど下に掛かっているようだ。そうしているのは、壁の耐久性に配慮してのことだろうか、はたまた盗難防止のためだろうか。




 やがて、ティグリスが俺の横にやって来る。その顔は、どうにも浮かない感じ。


「・・・ダメです。胸当ては、どれも重いです」


 ティグリスはスピード重視。どうやら軽くて丈夫な胸当ては、なかったようだ。


「えと、鉢金はちがねは、どうしますか?」


「・・・今回はやめておきます。色々と見て回りたいので」


 もはや悲しげにも見えたティグリスの表情。そんな顔をされたら、放ってはおけない。どうせヒマな俺は、彼女に申し出る。


「じゃあ、他の武具屋に行きましょうか? 今までに立ち寄った店も見直しましょう」


「え? それは悪いですよ。リュート殿をこれ以上ワタシの用事に付き合わせるなど」


 申し訳なさそうな表情と共に、広げた両手を自身の体の前で小刻みに振り、そう言ったティグリス。そんな彼女に、俺は笑顔を見せる。


「いやいや、俺は楽しいですよ?」


 武器や防具なんて、現実世界では中々見られない。これぞファンタジー世界ならではの楽しみだ。俺が使うことはこの先もないだろうが、ジックリと見てみるのもイイだろう。


「楽・・・しい? ・・・楽しいの、ですか?」


 ティグリスは手の動きを止め、驚いたような表情を見せた。辿々しく紡がれた彼女の言葉に、俺は変わらず笑顔で返答する。


「えぇ、とても」


「そ、そうですか・・・。じ、じじ、実は! ワタシも楽しいのです! とても!」


 言い終わるまえに、目を見開いたティグリス。そして言い終わると晴れやかな笑顔を浮かべた。そんな顔を見て、俺は思う。


 ほぉ、ティグリスも武具を見るのが好きなのか。


 赤い目をキラキラと輝かせ、にこやかに笑っているティグリス。その瞳の色が、白い頬に少し反射しているようにも見えた。


「そ、それでは参りましょう」


 そうして俺たちは、何軒もの武具屋を回った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る