第19話 食事の時間

「・・・申し訳ございません」


 広場の一角のベンチにて、ティグリスは項垂うなだれながら、謝罪をした。現在彼女の前に立っている俺からは、その顔は見えない。しかし、この広場へとやって来たときには、死んだ目をしていた。


「いやいや、焦って良くないモノを買うのもどうかと思いますし、謝らないで下さい」


 結局、胸当てどころか、鉢金はちがねすらも買っていないティグリス。武具屋を回るたびに、その顔はどんどん曇っていった。


 胸当てに関しては、とにかく重さがネックとなっているみたいだ。シッカリと守ろうとすると、必然的に表面積の大きいモノが必要になる。しかしそれでは重くなり、動きが鈍る。かといって、小さなモノだと防御効果が下がり、着ける意味合いも小さくなる。


 鉢金はちがねに関しては、事情が少し異なる。いくつか試着していたが、どうにも装着感が良くないらしい。頭にキッチリと結ばないとイケないのだが、締めつけすぎると頭痛がするようだ。だからといって緩めると、激しく動いた場合にずり落ちてしまう。それでは意味がない。


 ティグリスは相当な凝り性のようで、様々な武具屋を見て回ったが、気に入るモノが見つからなかったのだ。まぁ、自分の命を守るためのモノだから、こだわるのは当然のことではあるが。


 しかし、俺の頭には一つの疑問が。


 そんなにこだわるんなら、なんで俺に選んでもらおうなんて思ったんだ?


 ティグリスは言っていた。リュート殿ならば、最適な鉢金はちがねを選択して下さると思っていたのに、と。しかしティグリスのこだわりようにかんがみれば、彼女のその考えが適切だったかは疑わしい。


「し、しかし・・・。リュート殿の貴重なお時間を無駄にしてしまい、ワタシは、ワタシは・・・、くぅっ!」


 ティグリスは、未だに下げている顔を両手で押さえた。そして、声を漏らす。


「ぐすっ・・・、ぐすっ・・・」


 えぇっ!? な、泣いてる!?


 防具選びのとき、時間が経過すると共に次第に曇り加減が増していったティグリスの顔。そこから、とうとう雨が降りだしたようだ。そんな荒れゆく彼女の天候に驚いたが、ここはまず、慰めなくては。


「いやいやいや! 俺、めちゃくちゃヒマですから! ティグリスさんに色んな場所に連れて行ってもらえて、スゴく楽しかったですから!」


「ぐすっ。・・・本当ですか?」


 両手で覆った顔をようやく上げ、指の隙間から俺を見たティグリス。その赤い瞳は、ウルウルとにじんでいる。


「ホントホント、本当です! お目当てのモノが見つからなかったのは残念ですけど、それはティグリスさんにとって残念、ということで、俺は充分楽しかったですから!」


「・・・そ、そうですか」


 再び顔を下げ、左袖で両目をゴシゴシと拭き、また顔を上げたティグリス。その目は充血しているが、白い歯はこぼれている。


「では、なにか食べに行きましょう!」


 うっ、まだ腹は減ってないんだけど・・・。でもここは、食べに行った方がイイよな。


 空はすでに赤くなっている。あの山への帰路を考えれば、メシを食って、そのあとに解散。という流れ だろうか。いや、帰る必要はないかもしれない。夜通しブラブラしていても別に問題はないのだから。


 空腹ではないが、少しくらいなら食べられるだろうと思い、俺はティグリスに返事をすることにした。


「はい、分かりま・・・」


《おい、かてを持って来い》


「しっ!?」


 突然聞こえてきた竜の声に驚いた俺は、体をビクッとさせた上に、大きく叫んでしまった。その竜の声は、念話によるモノだ。


「リュート殿!? ど、どうかされましたか!?」


 俺の不審な行動にティグリスは慌てた。そんな彼女に対し、俺は言葉を濁す。


「あ、いえ。別に・・・」


《おい、聞いておるのだろう? 今すぐにかてを持って来い》


 あぁ、もう! うるせぇな、ちょっと待てよ! いま取り込み中なんだよ!


 竜からの念話を無視してティグリスと話を続けるのは難しそうだ。おそらくアイツは、俺が応答するまで念話を続けるだろう。そんな状態では、ティグリスとの会話に集中できない。仕方がないので、竜に返事をするため、俺はティグリスに言う。


「ちょっ、ちょっと待っててもらえますか?」


「は、はぁ・・・」


 キョトンとした顔で、俺のことを見ているティグリス。そんな彼女をその場に残し、俺は数メートル移動した。それはまるで、友達との会話中に親から電話が掛かってきた中学生のような行動だった。あぁ懐かしい、俺にもそんな時期があったな。






 ティグリスから離れた俺は、頭の中に浮かべた竜の姿に念じる。


《なんだよ!》


《腹が減った。お前、まだ外におるのだろう? なにか捕まえてこい》


《はぁ、なんで俺が? オマエのメシの用意は、俺の仕事じゃないだろ?》


《いや、お前の仕事だ》


《俺の仕事は敵を倒すことだろ? オマエがそう言ったんだろうが!》


 そう。竜は、敵をほふって来い、と言った。俺のことを、【虫除け】だと言った。俺の仕事は、竜と戦いにくるヤツを倒すこと、なのだ。


《ふむ。我はそのつもりであったが、お前がやる、と言い出したのであろう?》


《言ってねぇよ! 適当なこと言うな!》


《おや? 聞き間違いだったかのぅ。我のおりをする、とお前は言っておったぞ?》


 え? ・・・あ、たしかに言ったような。


《だから我のかての準備も、お前が行うのだ》


 ぐっ! 逆らったら、ボコボコにされるかも。いや、元の世界に戻れないかもしれないな。


 俺は渋々ながら、竜からの頼みを承諾することにした。


《分かったよ! ちょっと待ってろ!》


 かなりイラついていたので、強い口調で言ってやった。すると竜は、偉そうな言葉で言い返してくる。


《いや待てん。早くしろ》


《うるせぇ! 少しくらい待て!》


 その言葉のあと、俺はティグリスの元へと駆け寄った。




「あ、すみません。急に用事が入っ・・・、じゃなくて! 用事があるのを忘れてました! 俺、もう行かないと。本当にすみません」


 ペコペコと頭を下げる俺。そんな俺の姿に戸惑いながらも、ティグリスは了承してくれる。


「え? そ、そうでしたか・・・。分かりました」


 なにかを買おうにも、俺は無一文。となると、今から動物か魔獣を狩って、竜の元へ届けないとイケない。それは結構な時間が掛かりそうなので、今すぐに取り掛からないとダメだ。


 しかし、そこで思い出す。


「・・・ブラッティーベアーを倒したのって、どの辺りでしたかね?」


 この街を訪れる前に、ティグリスが倒した二頭のブラッティーベアー。あれを持って行けば、竜の餌の調達はすぐに済みそうだ。量もそれなりにあるし。


「どうして、そのようなことを?」


「あ、いや、なんだか危なそうなので、そこは通らないようにしようかと」


「リュート殿ならば、問題はないと思いますが? しかしまぁ、そうですか。アレは、あちらの方ですね」


 ティグリスが指差した方向を必死に記憶する、また迷子にならないように。


「そ、それじゃあ・・・、また」


「え? また・・・? あ、はい! ワタシは暫くのあいだ、あの宿に泊まっておりますので、いつでも訪ねて下さい。【6】と書かれている部屋におります」


「はい」


 そうして俺は、程々のダッシュでその場から立ち去った。全力を出すと街の人たちを驚かせてしまうかもしれないし、目を付けられても困るからだ。



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