第17話 ドアマン兼ガイド

 やがて広大な森を抜け、草原へと出る。するとその先には、大きな壁が現れた。街を取り囲む外壁に違いない。あの山の山頂から見えた街は、どこも高い外壁に囲われていた。


 俺たちは草原から街道に出て、街の中へ入るための門の前に到着。そのことにより、俺は晴れて、迷子から脱却できた。


 そして大きな門を潜り、街の中へ。


 建物の種類は様々で、ヨーロッパ風の屋敷、中東風の家、カラフルなタイルが貼られたモノなどが建ち並んでいる。ハッキリ言って、統一感はない。これがこの世界のスタンダードなのだろうか。それとも、この街は異文化交流が盛んなのだろうか。二階建てや、三階建て。はたまた一階部分だけなど、その高さも区々まちまちだ。


 しかしなんとも賑やかだ、人も店も多い。


 人々が着ているのは、薄めの色のゆったりとした衣服。その多くは長袖に長ズボン。建物に比べれば、あまり多様性は感じない。人々の服装を見るに、この辺りの気候は温暖なのだろう。実際いまは、暖かな春の日、という感じだ。そう考えると、ティグリスのマントは暑そうにも思えるが、日焼け対策なのだろうか。


「申し訳ありませんが、先にこれを直しに行っても良いですか?」


 茶色いマントをめくり、カバンを見せてきたティグリス。その肩紐の途中には、不自然な結び目が出来ている。


「あの化物と戦ったときに、肩紐を斬り落としてしまいまして。とりあえず結んではいるのですが、なんとも不格好ですし、いつほどけるかも分からず、心配で・・・」


「えぇ、イイですよ」


 そうしてティグリスが向かったのは、一軒の大きな店。しかし、そこの看板を見た俺は少し戸惑う。


 え? 宿屋? 宿屋でカバンの修理をしてもらえるのか?


「さぁさぁ、どうぞ」


 戸惑っている俺に対し、宿屋の玄関扉を開けてくれたティグリス。促された俺は、中へと入る。


「いらっしゃい」


 俺たちを出迎えたのは、一人の女性。ニコニコとした笑顔を浮かべている。なんとも朗らかな表情だ。年齢は、俺の母親よりも少し若いくらいだろうか。


「あ、女将。ワタシだ」


 俺の背後から、ティグリスが声を発した。女将ということは、この女性がココの経営者なのだろう。もしくは、経営者の奥さんかもしれない。


「あら、おかえり。そちらは、お連れさん?」


「うむ、ワタシの命の恩人だ」


「あらまぁ、それはそれは」


 俺を挟んで繰り広げられる会話。その内容から察するに、ティグリスはこの宿屋に泊まっているようだ。程なくして受付のカウンターの前で横並びになる俺とティグリス。


「実はだな、かばんの肩紐を直したいのだが、イイ店を知らないか?」


「それならブランバのお店がイイわよ。ここを出て、右に行って・・・」


 なるほど、店を教えてもらいに来たのか。


「有り難う。では行ってみる」


 修理屋の場所を聞き終えたティグリスは玄関へと向かい、またしても扉を開けて俺をいざなう。


「さぁ、リュート殿。行きましょう」


「いや、ドアくらい自分で開けますよ?」


「なにを仰る。これしきのこと、ワタシが致します」


 両の口角をクイッと上げ、胸を張るティグリス。その姿はまるで、高級ホテルのドアマンのようだ。ドアを開けることに誇りを感じているようにさえ見える。


 俺は説得するのを諦めて、そそくさと宿屋から出た。




 カバンの修理屋へと向かう道中、ティグリスは赤い目を輝かせながら、言ってくる。


「あの宿屋は素晴らしいですよ。リュート殿も宿をお探しなら、是非ともあの宿屋にするべきです」


「そんなにイイんですか?」


「はい、それはもう。なんと言っても、傑物が営んでいるのですから」


 ケツブツ? さっきの女将さんの名前か? それとも、旦那さんの名前か?


 ティグリスの言っていることはよく分からないが、とにかくそのケツブツという人はスゴい人物のようだ。しかしまぁ、俺に宿は不要だ。寝たくなったら あの山に帰ればイイのだから。眠くなれば、の話だが。


「あ、リュート殿はこの辺りにお住まいなのですか? でしたら宿は、必要なかったですかね?」


 軽い笑みを向けてきたティグリス。これは、なんと答えればイイのだろうか。


 この辺りに住んでいる───と答えれば、案内してくれ───と言われるかもしれない。かと言って、旅の途中です───と答えるにしても、出身地を聞かれたりしたらマズい。どちらにしても面倒なことになりそうだ。


「あっ! あの店じゃないですか?」


 都合のイイことに、目当ての店が見えてきた。その店に掲げられている小さな看板には、修理屋と書いてある。


「え? どの店ですか?」


「ほら、あれです」


 俺は看板を指差すが、ティグリスには分からない様子。やがて俺たちは店の前へと辿り着き、ティグリスは言う。


「たしかに、ここですね。あれだけ離れた場所から、よく見えましたね」


「あ・・・。お、俺、目がイイんで」


 どうやら特に意識を傾けていない状態でも、俺の視力はかなりイイようだ。そういえば、あの洞窟の中を見渡したときにも隅々まで見えていたな。


「ささっ、どうぞ」


 右手でドアを引いて開け、左手で俺を誘導するティグリス。相変わらずのドアマンぶりだ。もはや躊躇することもなく、俺は店の中へと入った。


「い、いらっしゃい」


 ドアを開けたティグリスは勿論のこと、店に入った俺も躊躇していなかったが、その代わり───といってはなんだが、店主らしき男が戸惑っていた。


 礼儀正しくドアを開けたティグリスと、悠々と店内へと入ってきた俺を見て、どこぞの金持ちが従者を連れて来店した───とでも思っているのだろうか。ティグリスはマントを纏っていて、その下からは鞘の先が少し出ている。さしずめ彼女が護衛で、俺が主人───そんな風に見えているのかもしれない。


 しかしティグリスの茶色いマントは見るからに安物で、俺は穴の開いた服を着ている。その点では、どう見ても金持ちには見えない。もしかしたら店主は、その矛盾に戸惑っているのかもしれない。


 程なくして店主の目の前に立ったティグリス。俺はその背後で店内を見渡した。


 店の広さは、四畳半ほど。正面には受付用のカウンター、左側には小さめのテーブルと二脚のイス。なんとも殺風景な空間だ。しかし店主の後ろのやや右側にある出入り口の奥には、修理道具らしきモノが沢山置いてある。工房は奥のその空間で、ここは接客のための場所に過ぎないのだろう。


「この肩紐を直して欲しいのだが」


 ティグリスはマントを脱いでカバンを肩から外し、中身を空にして店主へと渡した。まぁ中身と言っても、麻の袋と革の袋、あとは鍵の束だけだったが。


 店主は「失礼しますよ」と言い、カバンの結び目をほどく。


「これはまた、キレイに切れてますね」


「うむ、ワタシの剣は中々に斬れるからな」


「え? あ、そ、そうですか・・・」


 ティグリスの顔とカバンを交互に見た店主。その顔からは、〈自分で斬ったのか? なんのために?〉という心の声を窺い知れた。


「しかしこの状態でしたら、縫うよりも付け替えた方が良さそうですね。どちらにします?」


「では、付け替えてくれ」


 ティグリスは麻の袋から茶色の貨幣を取り出し、店主に渡していた。それは、銅貨のように見えた。






 カバンの修理を終えて店を出た俺たち。その際、勿論ティグリスはドアマンになっていた。ドアを閉めた矢先、ティグリスが言う。


「では、なにか食べに行きましょう。イイ店があるのです。まだ開いているか分かりませんが、行ってみましょう」


「えっと・・・。実は、腹は減ってないんですよ」


 そう。俺の腹は、未だに減っていない。食べられなくもないが、無理に食べる必要はないだろう。


「なんと!? そうなのですか・・・。では、どう致しましょうか?」


「代わりに、この街を案内してくれませんか?」


 この世界における、初めての街。俺にとっては珍しいモノが溢れているに違いない。それらを見て回るだけでも、充分に楽しめそうだ。


「それはイイのですが・・・。実はワタシも昨日着いたばかりで、あまり詳しくはないのです」


 少し憂いを見せたティグリス。そして彼女の返答に俺もまた、少し落ち込む。


「そうですか・・・」


 しかしティグリスはすぐに笑顔を見せて、言う。


「しかしまぁ、少しは分かりますので、お任せ下さい」


 つい先程、あまり詳しくはない───と言ったクセに、なぜか自信満々の様子で自身の胸を左拳で軽く叩いたティグリス。それを見て、俺は思う。


 昨日来たばかりなら、案内なんて出来ないんじゃないのか?


「あ、はい・・・。お願いします」


 俺は不安になりつつも、ティグリスのやる気を削ぐことはしなかった。






 街のあちこちを見て回る俺とティグリス。ちゃんとした店舗から露店に至るまで色々と巡る。並んでいる品々は、日用品や食材、更には武具。日本でも見たことがあるようなモノから、見たことがないモノまで、様々なモノがある。こういうモノを見て回るのも、海外旅行の醍醐味といえるだろう。いや、海外ではなく、異世界に来ているのだが。




 あれやこれやを見る中でティグリスは、


「この店は、店員の態度がなりません」


「この店は、良からぬ匂いがします」


「この店は、変な客が立ち寄ります」


 ・・・と、低評価の飲食店をやたらと教えてくれた。


 昨日来たばかり、なんだよな? なんでそんなに詳しいんだ?


 もしかしたらティグリスは、食べることが趣味なのかもしれない。



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