第16話 キレイな服、キレイな体

 うっ、冷たい!!


 足を池にけた際、その冷たさに驚いた。穏やかな日差しにより、気温は暖かい。しかし水は冷たく、中々にキツかった。しかし血まみれのままでいるワケにはいかない。だからそのまま、歩を進めた。ここは我慢だ。


「あれ? も、もう脱がれたのですか? そちらを向いても宜しいですか?」


 池の中へと進んだとき、バシャバシャと音を立てた俺。その音を便りとしたのだろう、ティグリスが聞いてきた。


「服のまま入ったんで、もう服は洗わなくてイイですよ」


「なんとっ!?」


 慌てて振り向いたティグリス。すでに俺は、服と体を掌でゴシゴシとこすっている。すると、池の水が些か濁ってきた。


「え、あの・・・」


「このまま服も体も洗いますから」


「は、はぁ・・・」


 戸惑うティグリスを尻目に、ゴシゴシとこすり続ける。


 服を着たまま水に浸かるのって、なんか変な気分だな。


 そんなことを思いながら、ゴシゴシ、ゴシゴシ。やがて池から上がる俺。見ると、返り血は完全に消えていた。するとティグリスが歩み寄ってきた。


「おぉ、キレイになりましたね。これは驚きです。少しくらいは染みになるかと思っていましたが」


 ティグリスの言うとおりだ。俺も染みが残ると思っていたが、服は真っ白に戻っている。


 竜が造ったモノだから、普通の服とは違うんだろうな。


 未だに俺の服をまじまじと見ているティグリス。余程驚いているのだろう。しかし俺は、それどころではない。


「あの~・・・。服を搾りたいんで、後ろ、向いててもらえますか?」


「あ! そ、そうですね!」


 ティグリスはまたもクルリと反転。しかし、その場でジッとしている。


 いや、近すぎない? もう少し離れて欲しいんだけど。


 俺とティグリスの距離は一メートルほど。いくらこっちを見ていないとはいえ、この距離で全裸になるのは抵抗がある。


「えっと・・・、少し離れてもらえますか?」


「しし、失礼致しました!」


 そこから三歩進み、ティグリスは停止した。


 いやいや、まだ近いよ? ・・・まぁイイか、メンドクサイ。


 俺はティグリスに催促するよりも、服の乾燥をさっさと終わらせることにした。




 上下の服を脱いで、それぞれを両手に持つ。ちなみに下着は履いていない。あの竜は下着というモノを知らないのだろうか。もしくは、そこまで造るのは面倒くさかったのだろうか。


 そして美女の背後にて、全裸になった俺。


 誰かに見られたら、どうしよう。


 そんなことを考えながら、全身をブルブルと震わせた。まるでズブ濡れになった犬のように。更には手を振り、足を振って、入念に水を切る。水飛沫しぶきがティグリスに掛からないように気を配りながら。


 次に俺は濡れているズボンを足元に置き、ビショビショの服を搾りかけたが、その手を止める。


 ん? あんまり力を入れると、破れちゃうかな?


 この服が丈夫なことは、あの山から転がり落ちた時点で分かっている。しかし俺の強力なパワーに耐えられるかは分からない。奇妙な生き物の攻撃には、耐えられなかったのだから。


 万が一にも破れたら大変だ、ここから全裸で行動しないといけなくなる。さすがにそんな状態では、街に行くことなんて出来ない。


 あんまり乾かないかもな。


 俺は慎重に慎重を期して、服を搾るよう心掛けた。しかし再び搾ろうとして気づく。


 ・・・あれ? おかしいぞ?


 どうにも服が軽い。水の染み込んでいる重さが感じられない。まるで、すでに乾いているかのようだ。しかし服の表面は濡れている。俺は、洗濯物を干す要領で服をパンパンッと振った。すると水滴が飛び散り、服はほぼ乾いた。いや、乾いたというのは適切ではないかもしれない。どうやら俺の服は、ほとんど水を吸い込んでいなかったようだ。


 撥水加工がされてるのか? 返り血が染み込んでなかったのも、そのお陰か?


 思いがけず簡単に乾いた服。それを着るとき、俺の目に小さな穴が映った。それは、あの奇妙な生き物の液体攻撃によるモノ。服には小さな穴が二つ開いていた。


 あ、傷はどうなってるんだ?


 俺は左胸を確認。すると、すでに血が固まり、傷口を塞いでいた。


 おぉ、回復が早いな!


 続けて右の脇腹を確認。そちらの傷も同様だった。


 俺はついでに、他の部分も確認することにした。それは傷ではない。この体の作りを確めることにしたのだ。


 俺は隅々まで念入りに確認した。とはいえ見えない部分もある、それは仕方がない。とにかく気になるのは、だ。


 そこは精巧に出来ていた。それはもう、細部に至るまで。しかもキレイだった、本当にキレイな仕上がり だった。


 あの竜、なんでまで造れるんだ? 見たことがあるのか? ・・・どうやって見たんだ?


「あの、まだでしょうか? もう宜しいですか?」


「あっ!? も、もう少し待ってて下さい!」


 あまりの精巧な作りに見惚れて両手で色々といじくっていた俺は、ティグリスからの、いや、女性からの突然の呼び掛けに肝を冷やした。


 一応池の水で手を洗い、ズボンもパンパンっと振って、上下ともに着終えた俺は、ティグリスに声を掛ける。


「もうイイですよ」


 その言葉を待ち侘びていたのか、ティグリスは素早く振り向いた。


「長かったですね? よほど入念に搾っていたのですか?」


 自分の背後でをいじくり倒していた男がいま目の前にいる───とは夢にも思っていないティグリスは、ただ純粋に不思議そうな顔をしている。


「あ~・・・、はい・・・」


「おぉ、たしかにシッカリと乾いているようですね」


 再び俺の服をまじまじと見つめるティグリス。しかしすぐに、その表情が強張こわばった。ただでさえ白い顔が、更に白くなったように見える。


「その穴・・・。あの化物に、やられたモノですよね? だ、大丈夫なのですか?」


「え? あ、あぁ・・・。大丈夫、大丈夫。もうなんともないですから」


「あれだけ強力な攻撃を受けても問題がないとは・・・。リュート殿は、何者ですか?」


 その言葉に、俺は固まった。


 何者と聞かれても困る。


 この体は竜の血肉で出来ていて、俺は別次元から魂だけを召喚された───なんてことは決して言えない。この世界では、竜は狙われる存在。だとすると、竜の血肉で出来ている俺も狙われるかもしれないのだ。ティグリスが俺を襲うことはないだろうが、どうにもヤバそうな案件なので、そんなことは言いたくない。


「・・・いや、普通の者ですよ?」


 俺は普通の高校生である。今は魂のみがこの世界に来ているが、俺自身はれっきとした高校生なのだ。だから、普通の者、と言っても間違いではない筈だ。


 しかしそんな理屈など、ティグリスは知るよしもない。


「普通ではないでしょう!? 貴殿の強さは凄まじいですよ! さぞや、偉大な武功を挙げて来られたのでしょうね?」


 大層興奮しているティグリス。赤い目を爛々と輝かせ、俺からの答えを待っている。


 うっ、マズい。ホントのことは言えないのに・・・。


 俺の武功か・・・。小学生のときに、運動会のクラス対抗リレーに出たこと───かな?


 普通をで行く俺は、その程度のことしか成し得ていないのだ。


「いやいや、ホントに大したことは・・・。あ! それよりも、早く街に行きませんか?」


「おぉ、そうでしたね」


 何とか切り抜けた。しかし、なにか言い訳を考えておいた方が良さそうだ。






 ティグリスの先導によって俺は森を進み、やがて二頭の大きな熊と遭遇した。その二頭は、自分たちと同じ種類の熊の死骸を食べている。


「うぇっ!? 共食いかよ!?」


「ブラッディーベアーは、肉ならなんでも食べるのです」


 へぇ、あれはブラッディーベアーっていうのか。


 それは、白と緑のまだら模様の非常に大きな熊。見た目は熊だが、その大きさは象に近い。


「あれは倒した方がイイんですか?」


「えぇ。しかしここは、ワタシにお任せ下さい。リュート殿の戦い方では、またお体を洗わなければイケなくなります」


「あ、はい・・・」


 別に殴り殺すだけが俺の戦い方ではないのだが、ここは大人しく従っておこう。


 そうして剣を抜いたティグリスは、ブラッディーベアーの元へと駆けていった。




 戦いは、あっと言う間に決着した。


 駆けていったティグリスをブラッディーベアーの一頭が迎え撃つ。大きな唸り声と共にティグリスに突進したのだ。しかし、その突進を鮮やかなステップでかわし、素早く剣を振るったティグリス。すると敵の首の右側に大きなバツ印が付き、大量の血が噴出。そしてソイツは倒れた。噴き出した血の雨を避け、もう一頭のブラッディーベアーへと向かったティグリス。狙われた敵は左前足を振り抜く。しかしティグリスはジャンプでその攻撃をかわし、敵の額に剣を突き立てた。そのまま宙で体をひねりつつ、剣を引き抜く。そうして、そのブラッディーベアーの背中に降り立った。




 ティグリスの動きを見ていた俺は、驚いていた。


 え? メチャクチャ強いぞ。もしかして、俺が出娑張でしゃばらなくても、あの奇妙な生き物に勝てたんじゃないのか?


「お待たせしました。さぁ、先を急ぎましょう」


 息一つ切らさず、笑顔で戻ってきたティグリス。俺は彼女にいざなわれ、先へと進んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る