第13話 金髪の剣士、死を覚悟する

「くっ!」


 必死に飛び退くワタシ。再び化物が跳んできたのだ。


 すんでのところでかわすすと、素早く振り返り、化物の姿を再度視界に収める。


 今度は木に刺さってはいなかった。触手を木に絡め、停滞している。しかしその停滞は、すぐに終わる。またまた突撃してきたのだ。


 だが、化物の角はワタシに向けられてはいない。逆側だ。化物の胴体に剣を突き立てようかと咄嗟に思ったが、それはやめ、やはり飛び退く。


 相手は未知の化物。その硬さが分からない。もしも剣が通らなければ、そこで終わる。触手に捕まり、食べられてしまう。仮に通ったとしても、その一撃で仕留められなければ同じこと。


 とにかく情報がなさすぎる、急所も弱点も分からない。攻撃手段にしても、角以外にもあるかもしれない。未知の相手と戦うのは、相当に厄介なことだ。


 またも木に強噛しがみ付いている化物。ワタシは傍の木の後ろに左半身を隠し、思案する。


 もっとひらけた場所に出た方が、良さそうだな。


 木が林立している場所だと、化物の方が有利だ。突撃してきては木に絡み付き、またすぐに突撃。それを繰り返されたら、そのうちに捕まりそうだ。しかし、木をこうして盾のように使っていれば、化物は突撃してこないだろう。だがそうなれば、イタズラに時を過ごすのみ、となる。それは良くない。少なくともワタシは、夜目が利かないのだから。それに、林立している木は剣を振るうのには邪魔だ。


 逃げるだけならば可能だろう。しかし、それは出来ない。こんな化物を放ってはおけない。必ず討伐しなければいけない。


 ワタシは適度に身を晒しつつ、木の裏から次の木の裏へと移動を続けた。その動きを触手の目で確認していた化物は、やがて地面に降りて触手を使って歩き、寄ってくる。


 ワタシは化物を見て、化物はワタシを見ている。


 ワタシは木に少し隠れつつ、化物から離れる。化物は隠れることもなく、ワタシを追う。


 そうして、少しひらけた場所へと出た。今ワタシと化物のあいだには、遮るモノはない。完全に対峙している状態だ。


 さぁ、来い! 跳んで来い!


 ワタシの狙いは、化物の突撃をかわしつつ、触手に斬りつけること。それを繰り返していれば、ワタシが勝つ筈だ。いくらなんでも、剣が全く通らない───ということは、ないだろう。


 ゆっくりと足を滑らせるようにして、徐々に化物へと近づく。突撃を誘うためだ。


 すると、化物は球体の向きを変えた。角が生えている部分を後ろに向けたのだ。


 なんだ? 角で攻撃してこな、っ!?


 一つの点。一瞬見えたそれが、ワタシの思考を遮った。


 必死に、とにかく必死にワタシは避けた。


 凄まじい速さでワタシの額に向けて放たれたその点は、少し離れた位置に立っている木を貫く。ワタシの視界の端に、その光景が映った。


 崩れた体勢を素早く立て直し、化物から大きく距離を取る。


 な、なんだ、今のは!?


 つい今しがた、化物はなにかを飛ばした。それは、いとも容易たやすく木を貫いた。避けられなければ、ワタシは即死していただろう。


 ・・・マズい、コイツはワタシの手に余る。それ程に、強い。


 少し前、ワタシは考えた。逃げるだけならば可能だろう、と。しかし今はそれすらも困難に思える。背中を向ければ、あのなにかを飛ばされる。常に化物の様子を窺っていないとアレは避けられない。背中を見せた途端、ワタシの死は確定する。


 討伐することも逃走することも難しい。進退極まったこの状況に、ワタシの思考は狂う。


 ・・・一か八か、突っ込むか。この剣がコイツにどれだけ通るかは分からないが、とにかく斬撃を浴びせ続けるしか、勝機はない。


 剣を強く握り締め、化物を強く睨む。そしてワタシは、意を決した。






 しかしその瞬間、化物に動きがあった。襲いかかってきたワケではない。目の付いている触手を、ワタシとは別の方へと向けたのだ。いま化物の目は、向かって右の方向を見ている。


 なにかを見つけたのか? 一体、なにを見ているのだ?


 化物へと注意を向けたまま、ワタシは数歩下がり、右側を一瞥いちべつした。




 すると、そこには一人の男性。


 よくは分からなかった。視認できたのは一瞬だったのだから。しかし、分かったこともある。



 人族ひとぞくの男性。武器を持っていない。防具を着けていない。



 これらの情報から導き出される答え───それは、彼は街の住民、ということだ。


 果実でも取りに来たのだろうか。いや、それはない。籠の類いを持っていない。だとすると、どこかへ向かう途中だろうか。いやいや、彼がここにいる理由は何でもイイ。いること自体が問題なのだ。


 ・・・これは、マズいことになったな。


 化物が彼に突撃した場合、ワタシはどうするべきか。化物に体当たりをするしかなさそうだが・・・。いやそれよりも、を飛ばされたら、どうすればイイだろうか。どう足掻いても、アレは防げない。


 再びワタシに、化物の注意を引き付けるしかないか。




 ワタシには、目標がある。ドラゴンを倒すという目標が。【竜殺しドラゴン スレイヤー】になる、という目標が。


 それは、今は亡き仲間の夢だった。ワタシはその夢を引き継いだ。求められたワケではない、ワタシが勝手に引き継いだのだ。今は亡き仲間のため、ワタシが死なせてしまった仲間のため、自らに課した使命だ。


 しかし、その使命は果たされないかもしれない。


 ワタシは目の前の化物に、殺されてしまうかもしれない。


 しかし、それでも、街の住民を見捨てるワケにはいかない。無辜むこの民を、見殺しになど出来ない。




 ワタシの命を懸けて、彼を守る!




 ダンッダンッ!


 覚悟を決めたワタシが二度大地を踏み鳴らすと、化物は再びワタシを見た。触手に付いている目が、こちらに向いたのだ。



 そうだ、それでイイ。貴様の相手は、このワタシだ!!



 右手で外衣がいいを剥ぎ取り、剣でかばんの肩紐を斬る。すると、ドサッ、と鞄が落ちた。




 そしてワタシは、化物の元へと駆けた。



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