第12話 金髪の剣士、化物と遭遇する

「おかえりなさい」


 受付にいたのは女将ではなく、人族ひとぞくの若い男性。仄暗いのでハッキリとはしないが、歳は二十前後だろうか。


「あぁ、ただいま」


「どうぞ、これを」


 男性が渡してきたのは燭台。そこには、火の点いている蝋燭が立てられている。


「燭台なら部屋にあるが?」


「お部屋に行くまでが暗いでしょう?  明日返してもらえれば結構ですから」


 なんという気遣い。傑物の元には、才物さいぶつが集うのだろうか。


「では、有り難くお借りしよう」


 燭台を受け取り、階段を上がる。その二つ目の角には灯りが点いている。更に二階の廊下にも、灯りが二ヶ所。


 充分とは言えないが、灯りはある。それなのに燭台を貸してくれるとは、この宿は本当に素晴らしいな。


 仲間集めに頓挫して、少し折れていた心。しかしこの宿の優しさに触れ、そんな心は持ち直した。


 よし! 明日あすも頑張ろう!


 ワタシは自室の鍵を開けて中へと入り、扉を閉めて鍵を掛け、身の回りのモノを外してベッドに身を預け、燭台の灯りを吹き消した。








 翌朝、目を覚ますと少し頭が痛い。酒のせいだろうか、一杯しか飲んではいないのに。


 ベッドから身を起こし、出掛ける準備をする。


 剣を携え、かばんの紐を肩に掛け、外衣がいいを纏う。そして鏡で身嗜みを確認。


 昨晩借りた燭台を持ち、部屋を出る。




 受付に行くと女将がいた。その顔には、昨日と変わらぬ笑みをたたえている。


「あら、おはよう」


「おはよう。昨夜これを借りたので、返しに来た」


 燭台を受付台の上に置いたワタシに、女将からの思わぬ一言が寄せられる。


「はい、ありがとね」


「いやいや、礼を言うべきはこちらだ。有り難う」


 そう、世話になったのはワタシの方なのだ。それなのに、女将はワタシに礼を言った。


 やはり傑物は違う、ワタシも見習わねば。


「息子はどうだった? ちゃんと対応できてたかしら?」


「・・・息子?」


「えぇ。昨日の夜、この受付にいたでしょ?」


 なにっ!? あれは女将の子だったのか!? どおりで気が利くワケだ。


 幾分驚いたが、すぐに納得したワタシは女将の目を見つめる。


「うむ、立派なご子息だな。女将に似て、とても気が利く御仁ごじんだ」


「そうかしら? あの子はまだまだよ」


 女将と比べればそうかもしれないが、傑物と比べてはあの子が可哀相だ。


「いや、充分な対応をしてもらった。礼を言っておいてくれ。ではな」


「はい、いってらっしゃい」


 こうして晴れやかな気分で、ワタシは宿屋をあとにした。






 朝食をとるため、暫し歩き、昨晩の酒場を訪れる。しかし閉まっていた。どうやらこの店は、朝はやっていないようだ。仕方がないので他の店を探す。街中まちじゅうをフラフラと彷徨い、数軒を視察。しかし、どうにも気に入らない。良くない客がいたり、店員の態度が悪かったり、香りが好ましくなかったり。


 そうこうしているうちに、街の通りに人が増えてきた。更には、開いている店も増えてきた。


 ・・・ん?


 店選びに行き詰まっていると、突如香ばしい香りが漂ってきた。心地よく鼻腔をくすぐる香り。


 これはイイ。


 少し顎を上げ、クンクンと心地よい香りを嗅ぐ。その源流を探し求め、ワタシは歩いた。


 やがて一軒のパン屋に辿り着く。広い間口のその店先には、それなりの人だかり。そして、彼ら彼女らの視線の先には、十数種類の魅惑的なパン。ワタシは目を輝かせ、精鋭部隊を選抜することにした。






 広場の一角のベンチに腰を下ろし、両手に乗っている精鋭たちの顔を見る。ハムと野菜のバゲットサンド、ソーセージロール、桃が乗ったカスタードパイ。どれもイイ顔をしている。


 その後、精鋭たちをキレイに平らげたワタシも、さぞやイイ顔をしていたことだろう。






 腹を満たしたワタシは、井戸で水袋みずぶくろの水を入れ替えて、街を出る。


 少し体を動かしたい。パン屋で小耳に挟んだのだが、森の中には魔獣がいるらしい。何体か相手にしてみよう。仲間集めは夜に持ち越しだ。酒場が本領を発揮するのは、日が暮れてからだしな。






 広大な森の中をウロウロと歩く、あちらこちらを歩く。しかしワタシが迷子になることはない。なぜならワタシは、森の生まれのエルフ、だからだ。


 もともとエルフは森にいた。森で生まれ、森で育つ、それがエルフだ。しかし近頃は違う。街で生まれ、街で育つエルフもいる。そういうエルフたちはどうなのかは分からないが、森で生まれ育ったエルフが森の中で迷うことはない。全ての木の違いを見分け、覚えられるからだ。だから森の中で迷うことなど、あり得ない。


 この広大な森の中は、木々が密集しており、陰が多い。視界は良好とはいえず、注意が必要だ。急に魔獣が現れるかもしれない。




 やがて敵が現れた。しかし、ただの猪だ。魔獣ではない。


「グゥァルゥッ!!」


 体を大きく広げ、大きな叫び声を上げたワタシ。すると、怯んだ猪は去っていった。


「ん、んんっ!」


 喉に違和感を覚えたワタシは咳払いをした。急に大声を出して、喉に負担が掛かってしまったようだ。あらかじめ、発声練習をしておくべきだったな。


 途中、川や池を見つけ、何度か遭遇した獣を追い払いながら、森の中を進む。すると、やっと魔獣が現れた。四本足に支えられている白と緑によるまだら模様の巨体。その姿がワタシの目に映ったのだ。



 それは、ブラッディーベアー。



 この魔獣は血の匂いに敏感で、主に死肉をあさる。口の周りはおろか、顔全体や体にまで血を付けていることが多い。血を好み、血にまみれる。それが名前の由来となったのだ。ブラッティーベアーは中々に凶暴で、中々に強い。



 いま目の前にいるブラッディーベアーは、四つん這いの状態なのにワタシよりも背が高い。立派な成獣だ。そして、まだキレイな姿をしている。どこにも血は付いていない。これから獲物を探しに行くのだろうか。いや、もう見つけたようだ。ワタシを見て、口を大きく開けている。


 さて、食後の運動だな。


 ワタシは魔獣の目を見つめながら、ややひらけた場所にゆっくりと歩み出る。木々が立ち並ぶ中では、剣を振るいにくいからだ。


 そして左手で剣を抜き、はすに構えた。




 勝負はすぐに決した。


 ワタシが一瞬視線を外すと、ブラッディーベアーは突進してきた。それをひらりと右にかわし、くるりと左回転。そのとき受け流すようにして水平に斬り付けて、魔獣の左半身からは大量の出血。咄嗟に飛び退き、返り血は浴びずに済んだ。いくら極上の行水ぎょうずいが無料で楽しめるからと言っても、わざわざ汚れたくはない。


 その一方で、斬り付けられたブラッディーベアーは幾分通り過ぎたあとに振り返り、興奮して大きな雄叫おたけびを上げた。そしてまた、突進してきた。しかし程なくして絶命する。ワタシの剣によって、脳天を貫かれたからだ。




 刃の血を振って払い、剣を鞘に収めたワタシは考える。


 さて、どうしようか。ここで暫く待とうか。


 他にもブラッディーベアーがいるのなら、血の匂いを辿り、ここに寄ってくるだろう。しかし相手に不足を感じたワタシは、その場をあとにした。もう少し強い魔獣を求めて。






 いくらか時が過ぎ、新たな敵が現れた。


 しかしそれは、獣ではなく、魔獣でもなかった。今までに見たこともない生物。いや、化物だ。



 毛だらけの大きな球体からは、複数の触手らしきモノが生えている。その触手のいくつかには、目のようなモノが付いている。球体の左右には口。上部には何本かの角。



 なんとも形容しがたい、実に不可解な化物だ。


 ワタシはその化物を視認した瞬間、本能的に剣を抜いていた。


 なんなのだ、コイツは。こんなモノがいるとは、この辺りはどうなっているのだ?


 ともかく、この化物は討伐しないとイケない。なにやら不穏な空気を感じる。放っておいてはいけない存在だろう。


 化物を中心として、左回りにゆっくりと動くワタシ。足を滑らせるようにして移動する。化物は触手をうねうねと動かしてはいるが、球体部分は動いていない。やはり触手に付いているのが目のようだ。


 さて、どう戦おうか。


 その思考が終わる直前、化物の球体部分が動いた。地に着けていた触手で跳び、鋭い角をこちらに向けて 突撃してきたのだ。


 っ!? 速いっ!!


 咄嗟に左に跳び、なんとか事なきを得た。地面を転がり、体勢を整えたワタシが見たのは、これまた不可解なモノだった。


 化物が木に刺さっていたのだ。


 凄まじい速さで跳んできた化物は、その勢いと複数の角により、太い幹に刺さっている。その様子を見て、ワタシは思う。


 あの角が最大の武器か。しかし、それももう使えないようだな。


 移動は出来なくなったが、触手はうねうねと動かし続けている化物。その気味悪い動きに、また思う。


 とりあえず、触手を斬り落とすか。あれで掴まれたら厄介だ。


 触手に掴まれれば、そのまま口へと運ばれて食われる恐れがある。しかしそれ以前に、そもそも掴まれたくはない。なんだか気持ちが悪い。掴まれるどころか、触られたくもない。あの触手が体を這うところを想像すると、身の毛がよだつのだ。


 充分に注意を払いつつ、ジリジリと化物に近寄るワタシ。しかし、すぐにその足は止まる。


 化物が木から抜けたのだ。


 複数の触手を木に絡めて角を引き抜き、地に降り立った化物は、ワタシを見ている。触手に付いている目が、ワタシに向けられている。


 警戒したワタシは数歩ばかり後退あとずさりをし、化物の突撃に備えた。



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