第9話 森の中での遭遇

「では、我はまた眠る」


「ちょっ、ちょっと待て! 俺のヒマ潰しの方法は なにかないのか? 敵は来ないのか?」


 再び首を曲げ、まぶたを閉じかけた竜の顔に駆け寄り、必死にすがって問いかけた俺。すると竜はまぶたを開けて、金色の瞳を俺に向けた。


「毎日は来ない。まぁ数週間も経てば、また来るだろう」


「そんなに待てるか! ───そうだ! 街に行ってもイイか?」


 この山の頂上からは街が見えた。そこに行けば、なにか面白いモノがあるかもしれない。面白いことが起きるかもしれない。少なくとも、ここに居続けるよりは。


「なにを言っておるか、お前は虫除けだ。ここにおらねば、その意味がない」


「数週間は来ないんじゃないのか? それにだな、必要になったら、そのときに念話で呼べばイイだろ? な? な?」


 両手で竜の顔を撫でながら懇願する。必死も必死、超必死。とにかく俺はここから出たい。こんななにもない場所には、いたくないのだ。


「あぁやかましい。ゆっくり眠れやせん。分かった、どこへなりと行け。ただし、呼んだらすぐに帰ってこい。さもなくば、元の世界には戻さんからな」


 そう言ってまぶたを閉じた竜。その姿に、俺は違和感を覚える。


 コイツはそんなに寝たいのか? そんなに眠いのか? 俺は全然眠くないのに、どういうことなんだ?


 しかしそんなことを考えたところで、正解には辿り着かないだろうし、またの機会に聞いてみればイイ。とにかく今は、外に出られる喜びを噛み締めよう。


「分かった分かった。それじゃあな」


 こうして俺は上機嫌になり、街へと行くことになった。






 長い長い穴を抜け、再び山頂へと来た俺。眼下には以前に見た街がある。しかし、まずは全てを確かめてからだ。前回は途中で邪魔されたからな。


 山頂の外周を巡り、地表をつぶさに観察する。一周する頃には、七つの集落と四つの街を確認できた。その中で、一番近くの街を目的地にえる。その街よりも近い位置に二つの集落があったが、どうせ行くなら街の方がイイ。賑わっている方がイイ。






 山頂から山肌を下りるが、結構な傾斜だ。それに足場はゴツゴツとしていて、とても歩きにくい。油断すると、一気に下まで転がり落ちそうに思える。俺は慎重に、一歩一歩、足を運んだ。


 あの五人、ここを登ってきたのか? あんな重装備のヤツもいたのに。それだけでも大したモンだな。


 圧勝した相手に感心しつつ、とにかく慎重に山を下りる。麓に行くまでには、かなりの時間が掛かりそうだ。


 しかし、ふと閃く。


 転がり落ちたらイイんじゃないか?


 そう、ここは結構な傾斜。足を踏み外せば一気に転がり落ちそうな場所。そして俺の体は、とても頑丈。ここから落ちても、たぶん死なない。


 ということで、俺は転がってみた。






 やがて麓へと到着した俺は、ズタボロになっていた。いや、実際に体がどうなっているのかは分からないが、気分はズタボロだ。体のあちこちが痛い。俺は立ち上がり、体を確認した。


 見たところ、血が出ていないどころか、スリ傷もない。しかも服は一切破れていない、汚れてはいるが。


 丈夫な服だな。これも竜が造ったんだよな? 素材はなんなんだ?


 そんなことを考えながら、両手で服の汚れを払い落とす。そして街へと向かうため、森の中へ。






 俺は街へと向かっていた筈だ。しかし現在、迷子になっていた。目的の街がどの方向にあるのか、分からなくなっていた。


 あれ、おかしいな? こっちじゃないのか?


 あの山から転がり落ちたあと、街のある方向に進んできた筈だ。しかし、一向に街へは着かない。山頂から見た感じだと、そろそろ街に着いてもイイ頃だ。それなのに、周りには木々が生えているのみ。未だに森の中だ。もしかしたら転がっているうちに、方向がズレたのかもしれない。


 困ったな、木の上に登って確認してみようか。


 俺は、ピョンピョンと枝から枝へと飛び跳ねて、一本の木の上に着いた。


 あ、そうか。下山するときも今みたいに飛び跳ねて、下りてくれば良かったな。


 今更ながら気づいた俺。そう、俺は決して頭が良くはない。いやいやそれよりも、今は街の位置を確認しないと。


 三百六十度見渡すが、街は見つけられない。というか、森が続くばかりだ。その他にはいくつかの小高い山と、一際高い山が見えるだけ。この近くに街はなさそうだ。俺は地表に飛び降り、元々いた山、つまりはこの辺りで一際高い山を目指した。




 元の山に戻ってその中腹あたりから見れば、目的の街の位置は分かる筈。そう思ってスタート地点に戻っていた俺は、少しひらけた場所へと出た。そして、非常事態に出くわす。


 目の前に、奇妙な生き物が現れたのだ。



 毛に覆われた丸い胴体、三本の足、四本の腕、八つの目、二つの口、六本の角、三本の尻尾。



 非常に表現しづらい、奇妙な生き物だ。もう少し丁寧に言うと・・・、


 まずは胴体。直径一メートルほどの大きさで灰色の 毛むくじゃら、毛の長さは十五センチほど。

 足。一メートルほどの長さで、胴体からかなえのように三本生えていて、毛はない。

 腕。二メートルほどの長さで、胴体のやや上寄りの前後左右から四本生えていて、毛はない。

 目。腕の途中の下側にあり、一定の間隔で一つずつ並んでいて、腕一本につき、二つずつ。合計八つ。

 口。胴体のやや下側、左右の位置にあり、無数に並ぶ歯が見える。

 角。胴体の頂上付近に環状に六本が並んでいる。四十センチほどの長さで、真っ直ぐに伸びていて、先は尖っている。

 尻尾。三メートルほどの長さで、それぞれの足の付け根あたりから生えていて、短めの毛がある。


 ・・・と、なる。まぁ、前後左右が合っているかは分からないが。


 それに、どれが腕で、どれが足なのかも、よく分からない。しかし体を支えているのが足だろうし、腕っぽいモノには三本の指らしきモノがある。尻尾に関しては、なんとも言えない。もしかしたら足かもしれないし、腕かもしれないし、髭かもしれない。


 とにかく、そんな奇妙な生き物だ。


 この世界には魔獣がいる───って竜から聞いたけど、こんなに気色悪い姿をしてるのか? 出来れば見たくなかったな。


 竜からの特別講義によって情報は得ていたものの、実際にその姿を目の当たりにして、大いに困惑している俺。しかしそんな俺が遭遇したのは、ソイツだけではなかった。ソイツに対峙しているヤツがいたのだ。




 それは、金色の長い髪を風になびかせながら、剣を構えている耳の長い女だった。



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