第8話 ドラゴンとは?

 やがて講義は終了。


 竜による特別授業では、色々と知ることが出来た。しかし、まだまだ知っておいた方がイイことはあるだろう。竜は全てを教えてはくれなかった。喋り疲れたのか、講義を途中で終わらせてしまったのだ。






 さて、そんな特別授業が終わり、どれくらいの時間が経っただろうか。この洞窟内は、常に一定の明るさを維持している。これでは時間の流れが分からない。外に出てから何時間が経ったのか、はたまた何日も経っているのか、それが全く分からない。それに、俺の体内時計もなんだかおかしい。時間の感覚が掴めない。


 俺は別段することもなく、座り込み、ただボーっとしていた。その一方で竜は、巨大な体を丸めて眠っている。


 うわ~・・・、めちゃくちゃヒマだぁ~。なにかすることないのかよ。


 立ち上がり、洞窟内を散歩する。やがて立ち止まって、辺りをキョロキョロと見回す。そしてまた歩き、やがて立ち止まってキョロキョロ。その繰り返し。俺の目に映るのは、ただただ青白い岩肌のみ。


 あれ? 俺、前にもこんなこと、してたよな? ・・・ダメだ、することがなさすぎる。退屈で死にそうだ。


 ヒマを持て余し過ぎて少し気分が悪い俺は、竜の傍に戻る。変わらず体を丸めて寝ている竜。随分と気持ち良さそうに眠っている。その寝顔を見て、俺の気分は更に悪くなる。


 コイツは俺に、一時いっときの夢を楽しんで みないか───と言った。その言葉のあと、俺はあの五人と戦った。それはまぁ、楽しかった。しかし今は楽しくない、なにもすることがないのだから。本当に、一時いっときの楽しみ───で終わってしまったようだ。


 こんな風にただただヒマを持て余すだけなら、元の世界に戻った方がマシだ。なにかやるべきことはないものか───と俺は思い、竜を起こすことにした。


「おい、起きろ」


「・・・・・・・」


「コラ、起きろよ!」


「・・・・・・・」


 竜は起きる気配を全く見せない。殴ってでも起こしたいが、そんなことをすれば、ボコボコにやり返されるだけだろう。仕方がないので、優しく起こすことにしよう。




 俺は竜の背中に飛び乗ってその場に座り、竜の肌を両手で撫でた。竜の体を揺するように撫でた。こうしていれば、そのうちに起きるだろう───と思って。


 それにしても、なんとも不思議な感触だ。硬いのにゴツゴツとはしていない。多少の弾力があり、それなりに滑らか。そして温かい。


 鱗はないみたいだな。コイツは爬虫類とは違うのか? イルカとかクジラに近いのか?


 元の世界で一度だけイルカに触ったことがあるが、その感触に竜の体は似ている。


 コイツのことが気になった俺は立ち上がり、竜の背骨の上を歩く。皮膚の下に浮き出ている背骨の部分はとても硬く、歩きやすい。といっても、丸みがあるので、ある程度のバランス感覚は必要だ。しかし今の俺の体なら、そんなことは容易たやすい。


 やがて急激な曲線を描いている首の上へと進み、頭に到達。竜の頭の大きさは、自動車を上下に二台積んだくらい。そんな頭の上に移動し、角を触る。白く、非常に硬い角。肌とは比較にならない程に硬い。そしてその先は、鋭く尖っている。


「おい、なにをしておるのだ?」


 竜が起きた。珍獣の調査に夢中になり過ぎて、起こすことを忘れていたが、ともかく当初の目的は果たせたようだ。


「ヒマだ、なにかすることはないのか?」


「その前に、我の頭から降りろ」


「あ、悪い悪い」


 心が全く篭っていない軽い謝罪を済ませ、俺は地面に飛び降りた。すると竜は、自身の体に添わせて曲げていた首を伸ばし、顔を少し上げ、目を見開いて俺を見る。


「お前、立場をわきまえておらんな。我は主人、お前は下僕だぞ?」


「下僕としてオマエの体のチェックをしてたんだよ。健康管理ってヤツだな」


「なにを言っておるか。そもそも、言葉遣いがなっておらん。我に対しては、敬語を用いよ」


 唐突に妙な要求を突きつけてきた竜。その言葉に対し、俺は思う。


 敬語だと? おいおい、今更なんなんだ? 散々タメ口で喋ってただろうが。・・・もしかして、頭に乗られて怒っちゃったのか? 頭にきちゃったのか?


 どうやら竜は、無礼な行いをした俺に上下関係を教え込むつもりのようだ。しかし俺は、キッパリと言い放つ。


「それは無理だ、動物相手に敬語を使う気にはならない」


「動物───だと!? 我は、ドラゴンであるぞ!」


 口を大きく開き、まるで威嚇しているかのような竜。しかしそんな仕草に気圧けおされることもなく、俺は続ける。


「りゅ・・・、ドラゴンも動物の一種じゃないのか? なにに分類されるんだ?」


 危うく、またしても竜と言いかけた。別に竜でもドラゴンでも構わないと思うのだが、コイツが自分のことをドラゴンと言っているのだから、その言い方に合わせた方がイイだろう。しかし俺はドラゴンという言い方よりも、竜の方が好きだ。なんとなく、シックリくるのだ。


「むぅ・・・。ドラゴンは、ドラゴンだ」


 口を閉じ、俺から目を背けた竜。なんだか都合が悪そうだ。


 あ、もしかして、ちゃんとした分類とかはされてないのか?



 元の世界では、竜は架空の存在であり、想像上の生き物だった。だから、生物学的な分類などされてはいない。神獣とされたり、悪魔とされたりしていた。また、爬虫類っぽく描かれたり、恐竜っぽく描かれたり、毛が生えていたり、生えていなかったり、その姿も様々だ。


 しかし、この世界では竜は実在している。


 となると、なんらかの分類がされていてもおかしくはない。だけど、そうではないようだ。それは、この世界の人間にとっても、竜は未知なるモノ、ということなのだろうか。それとも竜自身が、そういう風に分類されることを好ましく思っていないから、隠しているのだろうか。



「とにかくだな、俺は敬語が使えないんだ。これは仕方がない。それよりも、ヒマだからなんとかしてくれ」


 いや、俺だって敬語くらいは使える。目上の相手に対してならば。そう、目上の相手に対してなら───だ。俺はコイツの強さは認めているし、長生きしているのも事実だとは思う。しかし、目上の存在だとは認識していないのだ。なんというか、百歳のゾウガメに対して敬語を使わない───という感覚だろうか。


「ヒマならば、眠れば良かろう」


 ヒマ潰しを求めている俺に、なんともしょうもない提案をしてきた竜。俺は呆れて言い返す。


「なんだよ、その考え方は。それにだな、俺は眠くないんだよ。結構な時間起きてる筈なのに」


 そうそう、おかしなことに全く眠くならないのだ。それに腹も減らない。まるでたいして時間が経っていないかのように。そのことが、俺の体内時計を狂わせている一因だと思う。だから時間の感覚が掴めないのだ。


「ふむ、どうやら相性が良すぎるようだな」


「どういうことだ?」


「お前の体は、我が血肉。相性が良い程に、眠りも食事も少なく済む。魔力の消費が微量であるからだ」


「・・・魔力の消費? 俺は魔力を消費して生きてるのか?」


「そうだ、我が与えた魔力を消費しておる」


「なくなったら、どうなるんだ? 死ぬのか?」


「いや、死にはせん。ただし、動けなくなる」


「おいおい、そりゃあ大変じゃないか! どうすれば回復するんだ?」


「食事をし、眠れば良い。健康的にしておれば、魔力は回復する」


「そんな普通の生活をしてるだけで回復するのか?」


「ふむ。我がそうだから、お前もそうだ。お前は我身から出来ておる。よって、我と同じように生活しておれば、魔力は回復する」


「・・・あっそ」


 もっと具体的な説明が欲しいところではあるが、あまり複雑なことを言われても困るから、まぁイイとしよう。植物しか食べない牛や馬があんなに大きな体を持っている理由なんかを聞かされても、よく分からないのと同じだ。



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