第7話 反省会

「おい、なにをしておるのだ?」


 俺が戻るなり、地面に腰を下ろしている竜が不機嫌そうに言ってきた。


 竜の表情は変化に乏しい。しかし不機嫌なのは、なんとなく分かった。若干眉間にしわが寄っているように感じられるし、眉尻が少し上がっているようにも感じられる。いや、竜に眉はないのだが。しかし まぁ、声の具合いなどからも、不機嫌そうなのは感じ取れた。


「は? 言っただろ? 足を・・・」


「そうではない。足の痛みが引いたのなら、早く上の敵をなんとかしろ」


「ん? 上の敵?」


 なんだ? また新しい敵が現れたのか?


 連戦とは忙しい。しかしそれよりも、またあの穴を登る方が厄介だ。なにかイイ方法はないだろうか。


「そうだ、上に五人の敵が来ておる。早く追い返せ」


 五人? それって、さっきのヤツらのことか?


「それならもう倒したぞ? アイツらは、そのうち帰る筈だ」


「そうなのか? それならまぁ、良いが」


 安心したのか、なんなのか。竜は前足を畳み、地に伏せた。そしてまぶたを閉じた。どうやら竜の機嫌は直ったようだ。いや、実際にどうなのかは分からないが、そういう風に感じられた。


 ん? コイツ、あの五人のことが見えてるのか? ・・・いや、見えてるのなら、俺が倒したことを知ってる筈か。・・・そういえば俺の体を治したときも、敵が近づいてる、とか言ってけど。どういうことだ? ・・・あ、治すといえば、額のケガを治してもらわないと!


「おい、このケガを治してくれ」


 俺は両手で前髪を上げ、額を露出した。すると、竜はまぶたを開け、金色の瞳をギョロリと向けてきた。


「なんだ? 足を痛めただけでなく、額にまで傷を負ったのか?」


「そうじゃない。この傷は、上の五人と戦ったときに付いたんだ」


「なに? お前・・・。たかが五人相手に傷つけられたのか? 不甲斐ない」


 またしても不機嫌になり、文句を言ってきた竜。俺は負けじと言い返す。


「思ったより強かったんだよ。でも結果は圧勝だったぞ」


「なにが圧勝だ、傷を負わされたクセに」


「弓を持ってるヤツが案外強かったんだ。それ以外のヤツはたいしたことなかったけどな」


 あの射手いては、俺の動きに付いてきていた。他のヤツらはそうではなかったのに。まぁ、射手いてに向かっていったときは距離があったし、それ以外は接近戦だったから、それが理由かもしれないが。


「なにを言っておる? 射手いてが強いのは当然だ。まぁ、強いと言っても、他に比べれば、という程度だがな」


「え? そうなのか? 大きい剣や斧を持ってるヤツの方が強そうに見えたけど?」


 大剣遣いと斧遣いは体が大きく、腕も太かった。それに比べれば射手いての体は小さく、腕も細かった。だから射手は強そうには見えなかったのだ。


「そんなワケがなかろう。剣や斧は素人でも扱える、振り回せば良いだけだ。当たればそれなりに威力もある。しかし弓矢はそうはいかん。素人では矢をマトモに飛ばすことすら出来ん。すなわち、弓を持っている者は戦いに長けた者、ということだ。とはいえ、接近戦となれば別だがな」


「・・・言われてみれば、たしかに」


「更に、弓矢を扱う者は目が良い。動く者をあの小さな一点で狙うのだからな。相手の動きを見ること、動きを予測することに長けておる」


 なるほど、なるほど。だから俺の動きに付いてこれたのか、いちいち納得が出来る。だけど・・・。


「そういうことは早く言えよ! 俺はそんなの知らないんだよ!」


「なに? これは常識であろう?」


「俺の元の世界・・・、いや、俺の元の生活では、そんなの常識じゃないんだよ!」


「ふむ、そうなのか・・・」


 全く、コイツは俺をなんだと思ってるんだ? 俺は平凡な高校生なんだぞ?


 イライラする俺に、竜は続けて言ってくる。


「お前、もしや・・・。その傷は、矢で射られたのか?」


「射られた───っていうか、自分から刺さりに行ったんだ。避けられそうになかったからな」


 そうだ。あんな超至近距離では、たぶん避けられなかっただろう。下手をすると、目なんかを射られていたかもしれない。


「・・・なんということだ。お前がそこまでの愚か者だったとは」


「はぁ? なにが愚かなんだよ?」


「我に挑もうかという者ならば、間違いなくやじりには毒が仕込まれておる。お前は自分から、毒を喰らいに行ったのだぞ?」


「・・・へ?」


 おいおい、毒だと!? どんな毒だよ!? 痺れるのか? 眠くなるのか? いや、死ぬのか!?

 ・・・あれ? 別に死ぬのはイイのか? 元の世界に戻れるんだし。厄介なのは、苦しい、痛い、気持ち悪い。そういう方かもしれないな・・・。イヤだ、イヤだ! そんなのイヤだ!


 パニックになったり、落ち着いたり、またパニックになったり。俺の脳内は大忙しだった。


「どどど、どうすんだよ! 早く治療してくれ!」


 なにが起きるか分からない恐怖から、とりあえず必死に懇願した俺。しかし竜は落ち着いている。


「まぁ、我に毒は効かんから、お前にも効かんがな。見たところ問題はなさそうだ。それに、そもそも毒は仕込まれてはおらんようだな」


「無駄にビビらせるなよ!!」


 全力では戦わない───それがあの五人の作戦だった。となると、毒を仕込んでいないやじりを使った、ということだろうか。もしもあの五人が全力を出していたら、結果は違っていたのだろうか。・・・いや、さすがにそれはないか。もう少し苦戦はしていたかもしれないが、俺の勝ちは揺るがなかった筈だ。


「とはいえ、これまでは効かんかった、ということだ。未知なる毒が発見されたり、開発されたりすれば、我に効く毒も現れるやもしれん。今後は気を付けるのだな」


「お、おう・・・。いや、それより! 傷を治してくれよ!」


「案ずるな。その程度の傷なら、時が経てば自然と治る」


「そうなのか!? スゴいな、この体」


「なにがスゴいのだ? 自然治癒力は、どの生物にも 大抵は備わっておるだろう?」


「あ、そうか・・・。そうだな」


 しかしまぁ、色々と知らないことばかりだ。出来る限りの情報を得ないとイケないな。あ、そういえば・・・。


「なぁ、オマエは外の景色が見えてるのか?」


「いいや」


 見えてないのか? じゃあ、どうやってあの五人のことを?


「だったら、人間の居場所が分かるのか?」


「無論だ。我は魔力を感知できるからな」


「魔力? オマエの体から造られた俺はともかく、この世界の人間にも魔力があるのか?」


「うむ、魔力がなければ魔法は使えんからな」


 あ、そうだ、魔法のことを聞かないと。でもその前に・・・。


「さっきの───上の五人のうち、魔法を使えそうなのは一人だけだったぞ? それなのに五人全員に魔力があるのか?」


「そうだ。魔力はほぼ全ての人間───、いや、ほぼ全ての生物が持っておる。犬や牛、馬や鳥などもな」


「そうなのか・・・。おい、オマエのおりは やってやるから、この世界のことをちゃんと教えろよ」


「良かろう。今のところ、他に敵はおらんようだしな」


 そうして竜による、この世界についての講義が始まった。



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