第6話 驚きの能力

 俺と女の距離は約一メートル。そして女が持っている長剣は一メートル以上ある。


 女は長剣を振り下ろし、袈裟斬りで俺の首を狙ってきた。


 しかし遅い。


 俺は素早く左足を引きつつ体を左に捻り、女の剣撃をかわすと同時に、右の掌底で剣の横っ面を全力で叩いた。その衝撃により、長剣は中程なかほどからパキンッと折れ、女の体は大きく振られた。


 あれ? 簡単に折れたぞ? 本気を出すと鎧の上からでもヤバそうだな、殺してしまうかもしれない。


「なっ!?」


 体勢を崩しながら驚く女を尻目に、俺はバックステップ。垂直に振り下ろされてきた斧をギリギリでかわし、斧遣いの胸元を左手で軽く殴る。すると男は大きく吹っ飛んだ───と同時に大剣遣いによる水平斬り。俺の背中に大きな刃が迫る。そこでバク転宙返り。大剣を鮮やかに回避した俺は、着地すると瞬時に大剣遣いへと襲いかかり、その首を右手で掴んで男の体を地面へと叩き付けた。ドンッという音とともに白目をむく大剣遣い。


 さて、あとはローブの女か。


 すでに杖は折っているが、魔法を封じたわけではない。片膝をついている俺は女の方を見る。すると、目が合った。


「ひぃっ!?」


 ローブの女は未だ地面に倒れたまま、呪文を唱えることもなく、怯えた目をしている。戦意喪失といったところだろうか。


 俺は立ち上がり、周りを確認。


 足元に倒れている大剣遣いと、遠くに吹っ飛んだ斧遣いは、共に気絶している。長剣の女は先の折れた剣を構えて、俺を睨んでいる。射手いては短剣を取り出し、これまた睨んでいる。しかし、その二人の武器はたいしたモノではない。そしてローブの女は戦意喪失。どうやら勝負は着いたようだ。


 左右の手を交互に上下させ、パンッパンッと軽く打ち鳴らし、射手いての男の顔を見る俺。


「まだやるか?」


「・・・・・・・」


 男は無言。長剣の女に目をやるが、これまた無言。俺の言葉に答える声はない。しかし、これ以上戦う気はない筈だ。


 最初はどうなることかと思ったけど、終わってみれば圧勝だったな。


 そう感じた俺は、意識を保っている三人に声を掛ける。


「とっとと立ち去ってくれ。オマエらを殺したくはない」


「・・・な、なんなんだ、お前は?」


 ようやく口を開いたのは、射手いての男。強く睨んではいるが、唇は小刻みに震え、頬には汗が伝っている。


「だから言っただろ? 竜に頼まれて、オマエらを倒しに来たんだ」


「なんのためにだ?」


 ・・・なんのため? それは、竜の頼みを聞いて 元の世界に戻るため・・・じゃないな。殺されれば、元の世界には戻れるし。となると、この世界を楽しむためか?


 俺は、この世界で過ごす理由を改めて確認し、射手いての問いに答える。


「う~ん・・・、自分のため───かな?」


「??? ・・・取引でもしたのか?」


 いやいや、自分勝手な竜に巻き込まれただけだから。


 心の中でツッコミを入れた俺。しかしまぁ、適当に答えておこう。別に真実を話す必要はないのだから。


「そんな感じだ。とにかく、とっとと帰ってくれ」


「そうはいっても、仲間が気絶してるからな・・・」


 射手いての男は、倒れている大剣遣いと斧遣いを交互に見る。その視線につられ、俺も横たわっている二人の姿を見た。


 あ~、そうか。この状況だと帰れないか。


 意識を失っているのは、全身を鎧に覆われている男二人。対して意識があるのは、射手いての男と、女が二人。担いで下山するのは難しそうだ。


「じゃあ、ソイツらが起きたら帰れよ?」


 俺はそう言い残し、穴に向かって歩く。その途中、額を右の掌で触り、それを見ると、僅かに血が付いていた。


 思ってたよりも、マシだな。


 戦いの最中に感じた痛み。それは結構なモノだった。しかし傷は、それほどでもないようだ。


 やがて穴の前へと辿り着く。そして俺は、その中へと身を投げた。








 ドゴォーーーンッ!!!




 とてつもない衝撃と痛みが、両足に走った。穴の入り口から一気に落下し、洞窟内の地面へと着地した俺。そんな俺は激しい痛みに対し、思わず四つん這いになり、呻き声を上げる。


「ううぅぅぅ~~~・・・」


 どうにか足は付いているし、血も出てはいない。しかし、五人の前からカッコ良く立ち去ろうとしたために、痛い目に合ってしまった。


 穴の中で両手と両足を踏ん張り、ダラダラと戻ってくるのはイヤだった。それはなんとも締まらない。だから飛び降りたのだが、調子に乗り過ぎていたようだ。


《おい、なにをしておる?》


 竜の声が聞こえた。しかしなにか変だ。耳から聞こえたのではなく、頭の中から聞こえたような感じがした。


 俺は顔を上げ、竜の姿を探す。程なくして、その姿を見つけた俺は声を出す。


「ちょっと足を痛めただけだ」


《なんだ? よく聞こえんぞ?》


 俺と竜との距離は遠い。高さ十メートルを超えるであろう深紅の巨体が、今は拳くらいの大きさにしか見えていない。それくらいに遠いのだ。だから俺の声が届かなかったのだろうか。しかし竜の耳なら聞こえる筈だ、俺には竜の声がハッキリと聞こえているのだから。


 なんで聞こえないんだよ?


 意識を向ければ精度が変わる、目も耳も。しかし さっき、竜の声が聞こえた時には俺はアイツのことを意識していなかったし、耳にも意識を向けていなかった。それなのに竜の声は聞こえた。だったら竜も、俺の声を聞くことが出来る筈だ。


 どうなってんだ?


 俺は口に意識を集中して、叫ぶことにした。目や耳の精度が変わるのなら、口の精度、つまりは、声の通り方───も変わるかもしれないからだ。


「だからぁ! 足を痛めたんだよ!」


《なんだと? まだ、よく聞こえん》


 なんで聞こえないんだよ! おかしいだろ!


「だぁかぁらぁ~!! 足を~、い・た・め・た・ん・だ・よぉ~~~!!」


 口に意識を最大限集めて、更には大きな声を絞り出し、精一杯に叫んだ俺。いくらなんでも、これなら聞こえるだろう。


《足が・・・、なんだ? 声ではなく、念を出せ》


「は? 念?」


 なんのことだ? 声ではなく、って言ったか? 念じればイイのか? えっと・・・、足が痛いんだよ。・・・こんなことで、通じるのか?


《おい、早くしろ。我の姿を思い浮かべて、その姿に向けて念を出すのだ。そうすれば、念話ねんわが出来る》


 それを先に教えろよ!


 俺はイライラしながら、憎たらしい竜の姿を思い浮かべ、再び念じる。


《着地した時に足を打って、痛いんだよ》


《ふむ、そうか。バカなヤツだ》


《うるせぇ! ・・・って、あれ? 通じたのか?》


《無論だ、お前の体は我身から出来ておる。つまり、我とお前は繋がっておるのだ。であるから、こういうことも可能である》


《・・・オマエ、ホントになんでもアリだな》


《我はドラゴンの中でも、極めて優秀なドラゴンだからな》


《はいはい》


 自画自賛する竜に呆れていた頃には、足の痛みは引いていた。そして俺は、竜の元へと戻った。



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