第5話 一対五

 ほぼ円形のこの山頂を、時計に見立てて俺の位置を零時とするならば、五人の位置は八時方向。その五人のうち、二人は頑丈そうな鎧に全身を覆われていて、もう二人は簡素な防具を上半身に纏っている。そして残りの一人はローブを着ている。そんな五人は全員が人間のように見え、身構えながら緊迫した表情を浮かべている。


 全身鎧の二人の得物えものは大剣と斧、軽装備の二人は長剣と弓、ローブは杖。対する俺は、素手。ちなみに長剣と杖は、女だ。


 五人の装備を見た俺は考える。


 前衛は二、中衛は一、後衛が二───って、ところか。・・・あ、この世界の人間は、あの竜みたいに魔法とか使うのか? 聞いとけば良かったな。


 俺は竜に、軽く魔法についての質問はした。しかしそれは、〈この世界の人間は生き返るのか? 魔法とか、そういうので〉という質問であり、その答えは、生き返らない───というモノだった。よって、魔法自体の確認は出来ていない。


 しかしまぁ、ローブを着ている女は接近戦をしそうにないし、木で出来た杖を持っている。たぶん魔法を使えるのだろう。殴るのが目的なら、他の武器を持つ筈だ。


「アンタもドラゴンを狩りに来たのか?」


 斧を構えている男が聞いてきた。その質問に、俺は素直に答える。


「いや、俺はオマエらを倒しに来たんだ」


「なにっ!?」


 俺の答えに斧の男は戸惑った。いや、五人全員が戸惑っていた。


「どういうことだ!?」


 大剣の男が聞いてきた。最初に現れたヤツだ。


「竜から頼まれた。オマエらを倒せ───って」


「頼まれた? なにを言っている!?」


 大剣の男の戸惑いは増大し、他の四人も同様だ。その様子を見て、俺は思う。


 まぁ、そうなるよな。


 俺の今の体は、竜の血肉から出来ている。しかし見た目は人間と同じ。二本の腕があり、二本の足がある。更には、二足歩行をしている。


 そしてこの世界では、竜は人間に狙われるモノ。【竜殺し《ドラゴン スレイヤー》】という称号欲しさに、人間は竜を狩る。だったら竜に味方する人間というのは、それだけで奇妙な存在なのだろう。


 しかし説明するのはメンドクサイ、色々とあったから。一から説明をすれば、たぶん長くなる。それに話を聞かせたところで、どこまで信じてもらえるかは分からない。だから俺は、説明するのをやめた。


「竜と戦いたかったら、まずは俺に勝たないとダメだぞ?」


 俺の言葉を受け、五人は山頂の縁〈へり〉から離れて半円形に並び、ヒソヒソと会議を始める。ご丁寧にも、手で口元を隠して。


「おい、どうする? こんなことは予定外だぞ?」


「どうもこうもない、戦うしかないだろう」


「でもあの人、人間だよ? それに武器を持ってないし」


「そんなの知るか! 戦う───ってアイツの方が言ってきたんだろ?」


「このあとにドラゴンと戦うことを考えたら、全力は出さない方がイイかもね」


「いや。ドラゴンに頼まれた、と言うなら、相当な強さかもしれない。全力を出した方がイイだろう」


「しかし、ドラゴンとの戦いが・・・」


「ここで一晩休んで、回復してからドラゴンとは戦おう」


「ここで一泊するのっ!?」


 五人は口元を隠してヒソヒソと話をしているが、俺には丸聞まるぎこえ。そう、五人の会話に意識を傾けているからだ。目と同様に、耳の精度も意識することで変わるようだ。


 さて、コイツらはどれくらいの強さなんだ? 竜と戦いに来たんなら、それなりに強い筈だよな。まずは様子を見た方がイイか。いや、魔法を使われるのは厄介だから、素早く倒した方がイイのか? あ、力加減はどうしようか、殺したくはないからな。


 俺は腕組みをしながら考えつつ、五人の会議が終わるのを律儀に待った。さすがに不意討ちは卑怯だと思ったからだ。




 暫くすると会議は終わり、全身鎧の二人と軽装備の一人が、ジリジリと近づいてきた。後方に残っているのは、やはり弓と杖だ。



 ちなみに五人の会議の結論は、


 一・俺と戦う

 二・全力は出さない

 三・いつもどおりの連携


 という内容で、具体的な戦い方を知ることは出来なかった。まぁ、ある程度の期間一緒にいるのなら、大まかな戦い方は事前に決めているのだろう。



 そうして、射手いては弓に矢をつがえ、杖の持ち主はブツブツと何かを呟き始めた。呪文だろうか、その言葉は聞こえているが、どんな魔法が出てくるのかは分からない。そりゃそうだ、この世界のことを知らない俺が、魔法のことなんて知っているワケがないのだから。


 とにかく警戒すべきは魔法だ。竜にやられたように、動きを止められたら厄介だ。魔法を使われるまえにケリをつけた方がイイだろう。


 俺に向かってきている三人の動きは、思いのほか遅い。極めて慎重に近づいてきている。随分と警戒しているようだ。


 あれ? もしかしたら、たいして強くないのかもしれないな。


 そう感じた俺は、とりあえず左前方を目がけて低く跳んだ。そして方向転換。竜との戦いでやっただ。一直線に敵へと向かわず、横移動を挟む動き。今回は斜めに動いた。その動きで、射手いてのすぐ傍へと出る。




 俺の作戦は・・・、


 射手いての向かって左に出て、右手で弓を奪い取りつつ、左手で射手を軽く押して、その体を杖の持ち主にぶつける。そのあとは即座に弓をへし折り、杖を奪い取る。そして杖もへし折る。


 ・・・というモノ。


 それにより、射手いてを無力化し、魔法遣いを弱体化する狙いだ。




 そのつもりで移動したのだが、しかし、そうはならなかった。


 射手いての斜め前に出たつもりが、正面に出ていた。動くべき場所を間違えたわけではないし、体を制御できなかったわけでもない。射手いてが体を向け直していたのだ。俺の動きは見切られていた。


 っ!? コイツら、かなり強いのか!?


 そう感じた俺の額には、やじりが向けられている。その二点の距離は十センチほど。いま射られたら、確実に当たる。現在俺は前傾姿勢、重心は前に掛かっている。この状態から瞬時に横移動をするのは無理だ。ほんの僅かとはいえ時間が掛かる、たぶん矢を避けきれない。もちろん後ろに跳ぶのも難しい。


 そして射手いては、つるから手を離した。




 俺の額に矢が刺さる。




 ───いや、違う。俺の額から刺さりに行った。



 矢は射出しゃしゅつされて、始めてその威力を発揮する───筈だ。



 俺はそう思った。実際には分からないし、理屈や理論ではない。直感的にそう思ったのだ。そして俺の体は頑丈だ。やじりを額に突き立てられても、脳までは貫通しない筈。これもまた直感だ、理屈じゃない。


 そんな直感を信じた俺は、額をやじりに押し当てた。その一点に痛みが走った直後、射手いてつるから右手を離したのだ。


 しかしつるは動かないし、矢は進まない。俺の額に押されているからだ。こうして俺は、矢の射出しゃしゅつを阻止することに成功した。




 俺の額に激しい痛みが走る。矢は射出しゃしゅつされていないが、つるの力が伝わって来ているからだ。やじりがグリグリと押し込まれているからだ。


「っ!?」


 射手いてが仰天している。それはそうだろう。今まで自分から矢に刺さりに来たヤツなんていないだろうからな。


 俺は痛みをこらえて、当初の予定通りに素早く弓を奪い取り、射手いての体を押す。すると額に激しい痛みが走った。突き立てられていた矢が、弓を奪った際に額の肉を削ったようだ。そして、地面に落ちる矢。


 その一方で、俺に押された射手いての体は思ったよりも飛び、ローブの女に勢い良くぶつかる。


「きゃあ!?」


 女の呪文が止まり、その手から杖が離れた。そして倒れた二人の体は、山頂のへりにまで達した。


 うわ、危ねっ! 突き落とすところだった!


 そのかんに弓をへし折っていた俺は、杖を拾い上げて同じくへし折る。


 杖がなくても魔法は使えるのかもしれない。しかし わざわざ杖を持っているということは、魔法の威力を増幅させる効果などがあるのかもしれない。とりあえずは壊しておく方がイイだろう。


 後衛の二人が倒れたのを見て、残りの三人が走り寄ってきた。


 現在の位置関係は、軽装備の長剣が先頭、その後ろに重装備の大剣と斧。向かって右が斧、左が大剣だ。俺と長剣の女との距離は一メートルほど。


 そして女は、長剣を振り下ろしてきた。



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