第4話 初めてのおつかい

「・・・なんで俺を選んだんだ?」


 竜は、俺の魂だけを召喚したらしい。地球には数十億の人間がいる。その中で、どうして俺なのか。その点がどうしても気になる。


 いや、別次元から召喚した───と竜は言った。俺の世界に地球外生命体がいるかは分からない。しかし、もしも別次元の世界がいくつもあり、その全てにコイツは干渉できるとしたら、数十億どころか、数百兆、あるいは数千けいの中から、俺を選んだのかもしれない。そんな無数の選択肢の中から、俺を選び出した理由はなんなのだろうか。


「我の体に適合する者は極めて少ない。お前は、我との相性が良かった。それだけのことだ」


 相性がイイ? 俺とオマエが? 何かの間違いだろ、俺はオマエのことがキライだぞ?


 些か気分を害したが、俺は質問を続ける。


「この世界の人間は生き返ったりするのか? 魔法とか、そういうので」


「それはない。死ねば終わり───だ」


 そうか、そうなのか・・・。


 だったら俺の答えは決まっている。


「いくら世界が違うからといって、人間を殺す気にはなれない。やっぱりやめとくよ」


 そうだ。人を殺すなんて俺には出来ないし、したくもない。俺は普通の高校生だ。殺し合いなんて、したいわけがない。


「人間でなければ良いのか? エルフやドワーフも稀に来るが、そやつらは殺せるのか?」


 エルフに、ドワーフ? それって、ファンタジーゲームなんかで出てくるヤツらだよな? そんなのも、いるのか?


「・・・エルフもドワーフも殺さない。とにかく、人間っぽいヤツらは殺さない」


「ふむ。それならば、殺す必要はない。ただ我に近づかぬようにすれば良い」


 はぁ? オマエ、〈ほふれ〉って言ってたよな? それって、〈殺せ〉ってことじゃないのか? 単に〈倒せ〉ってことだったのか?


「ホントか? 追い払うだけ───で、ホントにイイのか?」


「うむ、そうだ」


 う~ん、それならまぁ・・・。


 時間の心配はなく、死んでも元の世界に戻るだけ。となると、ゲームみたいなモノ───と思えなくもない。




 少しのを置いて俺は決心し、笑みを浮かべる。


「分かった。とりあえずやる、やってやるよ」


「まぁ、お前に拒否権などないのだがな」


「ないのかよ!!」


 俺の顔から笑みは消え、心の底から怒りが湧いた。


「無論だ。断ればどこかに幽閉して、無理矢理にでも やらせるつもりだった」


「・・・ムチャクチャだな、オマエ」


 どこまでも自己中心的な竜の考えに、俺の怒りは霧散し、ただただ呆れるのみだ。


「よし。では早速だが、行け。無駄な時間を過ごしたため、随分と敵が近づいてきておる」


 どこが無駄なんだよ、説明はいるだろ? 俺の身にもなれよ。


「行け、って言われても・・・。ここ、出口がないぞ?」


 俺は振り返り、両腕を広げて竜にアピールした。すると竜は、自身の首を俺の前へと伸ばす。


「なにを言っておる、向こうの方にあるぞ。ほれ、向こうの天井から出られる。さぁ行け」


 竜は首をユラユラと揺らし、クイックイッと口の先を動かして、洞窟の奥の方を指し示している。俺はその方向へと暫く歩き、やがて出口らしきモノを見つけた。




 それは天井に開いている小さな穴で、人間が二人ばかり通れるかどうか───といった程度の幅。穴の先はずっと続いており、やがて真っ暗になっている。


 あそこから出るのか? いや、出られるのか?


 穴があるのは随分と高い場所。竜の背丈よりも遥かに高い位置にある。


 とりあえず、跳んでみるか。


 俺は大きくしゃがみ込み、思いっきりジャンプした。




 大ジャンプにより、なんとか穴の中には入れた。しかし、出ることは叶わなかった。途中で勢いが止まってしまったのだ。


 俺は体が少し落下し始めた地点で真横に両腕を広げ、岩肌に両手を突いた。それにより、落下は止まった。上を見るが、穴の先はまだ続いている。外に出るまでには相当な距離がありそうだ。


 ん? このままよじ登るしかないのか? なんかカッコ悪いな。


 両手に加え、両足を岩肌に付けて穴の中をガシガシと登る俺。いま上から攻撃されたら大ピンチになるだろう、急がないといけない。しかし、手や足を滑らせたら真っ逆さまだ。慎重かつ迅速に、俺は登り続けた。






 やがて俺の頭が穴から出た。結構な時間を要した。そのあいだ岩の質が変わることはなく、ずっと青白く固い岩に囲まれて続けていた。


 モグラ叩きのモグラのように穴から頭だけを出している俺の目の前には、青い空と青白い地面。頭に続いて体の全てを穴から出し、辺りを確認してみる。


 足元の青白い地面に傾斜はほとんどなく、おおよそ平らと言ってイイ。植物の類いは一切生えていない。そんな地面はほぼ円形に広がっている。その半径は30メートルくらいだろうか。地面のほかに見えるのは、青い空と白い雲。まるで世界の果てだ。


 俺は地面の端まで進んでみた。すると眼下には、いくつかの小高い山、広大な森、二本の川が見えた。その景色を見るに、ここは結構高い山だ。


 俺は山頂の外周に沿って歩きながら、続けて地表の光景を眺める。


 山、森、川、湖、そして草原。ほぼほぼ自然の風景ばかり。人工物らしきモノといえば、道くらいか。人工物といっても、地面をならしただけの簡素な道だ。


 やがて、街らしきモノが視界に入った。俺は足を止め、それを凝視。すると遥か遠くにある筈のそれは、俺の目にはよく映った。


 それなりに高い外壁に囲まれた中には、橙や緑の屋根、灰色の壁、舗装された道。そしてその上を動く点───おそらくは人だろう。そういったモノが見えた。


 あんなに離れてるのに、これだけ鮮明に見えるのか。これもこの体の性能か? 竜の体って、スゲェな。


 凝視すれば遥か遠くの街の中が、ある程度は見える。そしてボンヤリと眺めるだけだと、そこまでは見えない。つまり意識する度合いに応じて、望遠鏡のように鮮明さが変わるのだ。


 俺は今の体に感心しつつ、しばらく街の様子を見ていた。すると、なにやら物音が聞こえきた。金属が擦れる音と、足音だ。それらの音は、俺の背後から聞こえた。


 振り返ると、兜と鎧を纏っている何者かの上半身が見えた。やがてソイツは両腕を使って山頂に這い出てくる。鎧は上半身だけでなく、全身を覆っていた。重厚な黒い鎧。そんな鎧を纏っているソイツは、かなり疲れているのか、四つん這いの状態で肩を上下に揺らしている。


 少しのを置き、俺に気づいたソイツ。その顔は驚きに満ちていた。顔を見るに、相手は男だ。その男は立ち上がり、声を発する。


「お、おい! キサマは何者だ?」


 その言葉とともに、幅広の大きな剣を両手で構えた男。その目は、俺のことを鋭く睨んでいる。


 ・・・アイツが、敵か?


 男の問いに答えることもなく、ただその顔を眺めて考えていた俺。すると男の背後から、一人、また一人と人間が現れ、最終的には五人にもなった。



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