第2話 さぁ、バトルだ!

 竜との戦いに先立ち、俺は右足を大きく引いてはすに構え、少し腰を落とした。更には、やや前傾姿勢を取って、漫画やゲームに出てきそうな格闘キャラのようなポーズを決める。雰囲気を作るために、それっぽく構えてみせたのだ。自己演出というヤツだろうか。


 そして、竜の顔に向かって一直線にジャンプ。


 すると、もの凄い勢いで俺の体は跳んだ。竜の顔と俺の距離は二十メートル程あっただろうか。その距離が一気に縮まる。あまりの速さに驚く俺。


 えぇっ!? な、なんだこれっ!? ヤバい、ぶつかるっ!!


 咄嗟に体を捻って右足を前に出すと、その足が竜の顔にヒット。思わぬ形での飛び蹴りを食らい、竜の首は大きく仰け反り、その頭はやや距離のある後ろの壁へと衝突。大きく重い音と同時に、岩の破片が辺りに飛び散った。


 おぉ、スゴい!


 その大迫力の光景と、右足に感じた確かな衝撃に、未だ空中にいた俺は感動した。




 しかし次の瞬間、そんな俺の体は洞窟の天井に叩きつけられていた。


「ガハッ!」


 強い衝撃を受け、口からは血の塊。その塊と共に俺の体は地面に落ちる。


「グッ!」


 背中から落ちた俺は、またもや体に衝撃を受けた。天井から地面までは三十メートルはあるだろうか。その高さから落下したのだから、相当な衝撃だ。


 体が・・・、痛い。


 天井にぶつかった右半身の前側もだが、その反対側───つまりは背中から腰に架けての左側が、とても痛い。地面に落下した際に受けた衝撃のせいだろうか。いや違う、この痛みはそれよりも前からあった。


 痛みまで感じるなんて・・・、よく出来た夢だな。


 仰向けに倒れている俺が少し顔を上げると、その目にユラユラと揺らめく大きく長い深紅の曲線が映った。


 それは、竜の尻尾だった。


 ・・・なるほど、あれで攻撃されたのか。


 どうやら死角から攻撃されたらしい。右足での飛び蹴りを食らったあと、俺をすくい上げるような軌道で尻尾を振り、攻撃してきたようだ。おそらく背中の痛みは、その攻撃によるモノだろう。


 後転して体を起こしながら状況を理解した俺。その一方で、竜も体勢を立て直していた。顔を俺の方へと向けて腰を上げ、今は四本の足で立ち上がっている。



 やや長い首にとても長い尻尾。大きな爪を備えている四本の足。畳み込まれている両翼。二本の角に、数十の鋭い牙。全身が深紅に染まっていて、瞳は金色。そしてなにより、とんでもなくデカイ体。



 そんな化物を前にして、俺は興奮していた。



 うはっ! 面白おもしれぇ!


 まだ体は痛むが先程までよりは随分とマシだ。アドレナリンが出ているせいだろうか。いや、これは夢だったな、そのせいか。


 竜はゆっくりと俺に近づき、再び尻尾で襲いかかってきた。今度は向かって左の上方からだ。俺は素早く後ろに跳ぶ。その直後、竜の尻尾が地面を叩き、多くの岩の破片と無数の細かな粒子を宙に舞い上げた。その様子に、俺は思う。


 凄まじい破壊力だな。


 俺が天井にぶつかったとき、そして地面に落下したときには岩肌は無傷だった。そんな硬い岩が、竜の攻撃の前では、いとも容易たやすく砕けた。


 そうして舞い上げられた無数の粒子は俺の目の前一帯に広がっていて、竜の姿を隠している。


 この煙幕を利用するか。


 いま俺の目から竜の体は見えていない。だとすると、向こうからも見えていない筈。俺は地を這うように右へ跳び、自分の位置を大きく動かす。そして竜の姿を再び捉えた俺の目。その一方で、竜の瞳は俺には向いていない。


 イケるっ!!


 右方向へと跳んでいる俺は、その超低空ジャンプ中に再び地面を蹴り、急激に方向転換。竜の左前足を目指す。そして目的地に到着すると、渾身の力を右手に込めて、ぶん殴る。


「ぐうっ!」


 竜は呻き、目を見開いた。そして三度目の尻尾による攻撃。しかし、またしても素早く後ろに跳んだ俺に尻尾は当たらない。地面を叩き、再び岩の破片と細かな粒子が舞う。俺は左に大きく超低空ジャンプ、続けて前へ。その直角移動により、竜から見て右側へと移動した。続いて竜の腹の下へと移動。そして真上に全力ジャンプ───と同時に右腕を突き上げる。


「ぐおぉっ!」


 ジャンピングアッパーカットを食らった竜が大きな呻き声を発した。着地した俺は、更にもう一発ぶちかます。


「ぐぬぅっ!」


 またも呻く竜。俺は三発目のアッパーの準備に入るが、そのときイヤな視線を感じた。


 顔を右に向けると、そこには金色の瞳。竜は首を垂らし、自分の腹の下を覗き込んでいた。その直後、カッと開く竜の口。その中には、小さな火。


 炎を吐く気か!?


 瞬時に危険を察知した俺の体はすぐに反応。竜の左半身の足の間を一足飛びに潜り抜け、腕から着地し、ゴロゴロと複数回の前転。そのかん、ゴォーーーッ、という音と共に 槍状の炎が発生していた。


 なんとか火炎放射からは免れた。器用にも腹の下に細長い炎を噴き出した竜は首を高く上げ、俺を見下す。


「お前、なんのつもりだ? 下僕のクセに」


「はぁ? 誰が下僕だよ。オマエこそ、俺が造り出した存在のクセに偉そうにするなよ」


「我を造り出した、だと? 笑わせるな!」


 その言葉の直後、俺の頭上が光った。またも危険を感じた俺は急いで前方に跳ぶ。すると背後に雷が落ちた。目映い閃光が走り、けたたましい音が鳴り響く中、俺はまた地面を転がって素早く立ち上がる。そうして竜のすぐ近くまで戻ってきた。


 炎だけじゃないのかよ、雷まで使うなんて。もしかして、他にも色々と使えるのか?


 竜の顔を見上げつつ、バックステップで距離を取りながら、そんなことを考えていた俺は竜から充分に離れて、更に考える。


 今のところ、合計四発・・・。頭、左足、腹、腹。多少は効いたみたいだけど、まだまだ倒せる感じはしないな。なんか弱点とかないのかよ。・・・目を狙ってみるか? でも的としては小さいし、当たるかな?


 そこで、ふと閃く。


 あ、俺もなにか使えるんじゃないのか? だって、ここは俺の夢の中なんだから。


 右の掌を竜の目に向けるように腕をピンと伸ばし、俺はイメージする。


 出ろ! 炎!


 俺は、さっき竜が見せたような槍状の炎を思い浮かべていた。




 しかし、なにも出なかった、なんの兆候もなかった。


 出ないのかよ!


 なんの反応も示さなかった夢の世界に対し、心の中でツッコんだ俺。


 そんな俺は炎作戦を即座に諦めて、体勢を変えようとした。しかし腕が動かない、そして足も。いや、腕と足だけではなく、体全体が動かない。


 あれ? あれ? ど、どうしたんだ、急に?


 急に動かなくなった体に、俺は慌てた。


 腕や足、そして首。至るところに力を入れるが、どこもかしこも全く動かない。なんの反応もしない。いや、動いている場所はある、体内だ。呼吸は出来ているし、心臓も鼓動を打っている。更には脳は思考を紡いでいる。しかし、あらわになっている部分はどこも動かない。


 ズシンッ!  ズシンッ!


 固まる俺にゆっくりと近づく竜。その足取りは、わざわざ強く踏みしめている印象だ。


「どうだ、動けまい? 下僕の分際で舐めた真似をしおって」


 は? これもオマエの能力かよ? 動きを止められるなんて、オマエはなんでもアリなのかよ? ここは俺の夢の中なのに!


 竜に対して激しく嫉妬した俺。その視界の右端に、突如現れたモノがあった。俺の動かない目が僅かに捉えたモノ。それは、とても太い深紅の紐。


 そう、竜の尻尾だ。


 両足を広げて右腕を前方に伸ばした格好のまま、動きを止められている俺。そんな俺は、尻尾による強烈な攻撃をもろに食らい、意識を失った。




 そして俺は・・・、目を覚ます。



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