ドラゴンサーヴァント

@JULIA_JULIA

第1話 突然の竜

「ふむ・・・、来たな。早速だが、敵をほふってこい」


 俺の耳に届いたのは、低く太く、ズシリとした重さを感じさせる声。


 そして俺の目に映ったのは、一頭の竜。


 突然訪れたこの状況に対し、俺の頭の中は真っ白になった。そして思わずついて出る、間抜けな声。


「・・・は?」






 現代日本のとある地方都市にて、平凡にして平穏な高校生活を送っている俺。その暮らしは、幸福の絶頂というワケではないが、不幸のドン底にいたワケでもない。それなりに楽しく、それなりにツラい日々。


 しかしそれは、普通の生活ともいえる。


 そんな普通の生活にドップリと浸っていた俺の目の前に、突如として巨大な竜が現れた───となれば、思考が停止するのも当然だろう。






 暫くののち、なんとか思考を再起動することに成功した俺は、現状把握に努める。そして改めて、目の前の存在を確認する。


 にわかには信じがたいことだが、いま俺の目の前には竜が座っている。


 その体はとても大きくて、頭までの高さは俺が通っている高校の三階建ての校舎と同じくらい。横幅はその六割くらいだろうか。少し長めの首に、スゴく長い尻尾。深紅の体に、金色の瞳。その瞳の中には 、これまた深紅に染まっている一筋の縦線。


 なんだか禍々まがまがしい───そんな目が、俺へと向けられている。


「どうした? 早く行け」


 またもや聞こえた声。低く太いその声は、さっきと変わらず、やや遅いテンポで喋った。


 俺はその声に答えることもなく、体を反転させて、周りを見る。今いるのは洞窟らしき場所。巨大な竜がいても全く狭さを感じさせない程に広大な空間だ。その岩肌は青白く、ゴツゴツとしている。そして、俺と竜以外には誰もいないように見えた。


 ここは・・・、どこだ? 


 全く見覚えのない光景。そしてそんな場所に、なぜかいる俺。この状況に俺の頭は再び混乱しかけたが、ふと妙なことに気づく。


 ん? やけに明るいな。


 密閉された空間にしては随分と明るい。日光は差し込んでおらず、照明器具の類いも見当たらないというのに。更には不思議なことに、この広大な洞窟の隅々までを見通すことが出来ている。


 俺、目が良くなったのか?


 俺の視力は、1.2。それなのに、随分と遠くまでハッキリと見えている。明らかにおかしなこの状況に対し、俺は無意識に呟く。


「・・・あぁ、夢か」


 そうだ、たしか俺は寝ていた。眠りに就いていた。午前零時過ぎに自室のベッドに入り、横になった。そして今、この奇妙な場所にいる───となると、これは夢に違いない。


「夢ではない。我がお前を召喚したのだ」


 俺の呟きに反応した謎の声。俺は思わず聞き返す。


「召喚?」


「そうだ。異なる次元より、この場へと召喚したのだ。我の下僕としてな」


「・・・・・・・」


 どこかから聞こえてくる声は、先程からワケの分からないことを言っている。その不可解な内容に、俺は言葉に詰まった。しかし思考を紡ぐことは出来ている。


 異なる次元? 召喚? 下僕? なんなんだ、これは・・・?


 意味が分からない、全く意味が分からない。頭を働かせることは出来ているが、結論を出すには至らない。理解の範疇を超えているというか、脈絡がなさすぎるというか。とにかく自分の身になにが起きているのかを、俺は理解できずにいた。


 そんな戸惑っている俺に構わず、謎の声は言う。


「さぁ、行くのだ」


「・・・・・・・」


 その声に、またも答えなかった俺。いや、答えることが出来なかった。俺はただただ茫然としていたからだ。


 程なくして、いくらか落ち着いた俺は巨大な竜の体を回り込むようにして、ゆっくりと歩き、その背後を確認した。誰かがいるかもしれない、と思ったからだ。竜の体の後ろには、少し離れた位置に壁がある。その隙間に、誰かがいるかもしれない。声の主がいるかもしれないのだ。




 しかし、誰もいなかった。仕方なく俺は竜の前へと、またゆっくりと戻る。


「おい、なにをしておる?」


「あの~、どこにいますか~?」


 またもや聞こえた声に俺は問いかけた。そして竜に背を向けてキョロキョロと洞窟内を見回し、声の主を探す。


「・・・誰を探しておるのだ?」


「いや、アナタですよ~。出てきて下さ~い」


「我なら、ずっとここにおるだろうが」


「え!? どこですか?」


 少し移動して盛んに首を振ったが、やはり誰も見つからない。


「そっちではない! 我はここだ! 今この場におるドラゴンが我だ!」


 その声に導かれ、再び竜の顔へと視線を向ける。すると二つの金色の瞳と、その中の深紅の縦線が俺の方に向いていた。その目はやはり、禍々まがまがしい。


「そうだ、我が話をしておるのだ」


 謎の声はそう言ったが、竜の口は全く動いていなかった。口が動いていないなら、喋れる筈などない。それなのに謎の声は、自分は竜だ、と言った。ムチャクチャだ、こんなことはあり得ない。いや、竜がいる時点でムチャクチャではあるのだが。


 はぁ・・・、やっぱり夢か。


 今の状況は非現実的すぎて、現実のこととは到底思えない。現実としては受け入れられない。だから夢に違いない。おかしなことは、大抵夢の中で起きるモノだ。


 夢ならまぁイイ。竜がいるのもイイし、動かない口で喋れるのもイイ。そういうモノだと受け入れよう。なんたって、これは夢なんだから。慌てる必要も、騒ぐ必要も、怯える必要も全くないさ。


 そう考えて奇妙なこの夢を受け入れた俺は、竜に近寄って、その左前足に触れた。


「なっ!? なにをする!?」


 深紅の竜は驚き、その足を上げた。その格好は、まるでをしているように見える。いや、左足の場合はだったか。


「あ・・・。どんな感触かと思って」


「気安く触るな、下僕の分際で」


 深紅の竜は、なんだかスゴく偉そうな態度だ。まぁ竜というのは、その存在からして偉いのかもしれない。しかし、ここは俺の夢の中だ。となると一番偉いのは、この俺だ。この夢の中では、俺はといってもイイ存在の筈だ。


「俺の夢なんだから、俺がなにをしようと勝手だろ?」


「だから夢ではない。お前は我に召喚されたのだ」


 はいはい、そういう設定の夢なんだろ?


 俺は再び竜に背を向け、今度は洞窟の出口を探すことにした。ここ以外の場所も見てみたい、と思ったからだ。こんなところで偉そうな───しかも不愉快な───竜なんかと喋っているよりも、どうせなら他のことをしてみたい。なにかド派手なことをしてみたい。夢の中なら、なんでもアリなんだから。


 そう思った俺は数歩進み、キョロキョロ。また数歩進み、キョロキョロ。そうやって、出口を探した。そんな中、俺は思う。


 それにしても、良く出来てるな。


 俺は、自分の目に映る光景に感心した。洞窟内は、ただただ青白い岩肌が広がるばかり。壁も地面も天井も青白い。しかしその造形は凝っている。細部に至るまでシッカリと構築されているのだ。


 細かな凹凸に、小さなヒビ割れ、落ちている小石。ぼんやりとしている箇所は一つもなく、その全てがハッキリと、とても鮮明に見えている。その造形の出来具合に、俺は感心したのだ。


 だが残念なことに、出口らしきモノは見つからない。


「おい、ウロウロするな。殺されたいのか?」


 竜が発した物騒なその脅し文句に、俺は足を止めて振り返り、またまた竜の顔を見上げる。そして、思う。


 ・・・なんなんだ、コイツは。さっきから、うるさいな。俺の夢なんだから、オマエが威張るなよ。それに・・・、殺す、だと? おいおい、ふざけたことを言うなよ。


 この時点で竜に対し、相当にイラついていた俺だが、その直後にイイことを思い付く。


 他の場所には行けそうにないし、この竜と戦ってみるか。それだったら楽しそうだ。まぁ、勝つのは俺だろうけど。


 俺の夢の中なんだから、俺が最強に決まっている。殺す、とコイツは言ったが、俺が負けることなどあり得ない。創造主と造形物、その圧倒的な立場の違いは揺るぎないだろう。・・・という考え方は極端だとしても、面白いことには、なりそうだ。


 体格、運動神経、学力、更には顔の造形。その全てが普通、ごく普通。そんな普通の高校二年生、それが現実の俺だ。しかし、ここは夢の中。それならば俺も普通ではない筈だ。色々と出来るに違いない。


 そう思い、やる気をみなぎらせ、グルグルと両腕を回す俺。そこでふと、おかしなことに気が付いた。


 ・・・あれ?

 

 今更ながら、いつもよりも視点が高いような気がしたのだ。なんだか背が高くなっているような感じがする。


 ここで初めて、俺は自分の体を視認する。



 上半身には半袖の服、下半身には長ズボン。どちらも簡素な仕立てで、色は白。そんな衣服に包まれている体は、現実の俺と比べて腕がかなり太く、結構な筋肉が付いている。しかし筋骨隆々という感じではなく、細マッチョ、という感じだろうか。かなり引き締まっている。


 おぉっ、なんかバージョンアップしてるぞっ!? やっぱり、これは夢なんだな。これなら間違いなく、勝てる!


 現実とは異なる自分の体を目にした俺は、ここは夢の中だと再認識。更には、大きな自信をも手に入れた。


 そうして俺は、竜と戦う意思を固めた。



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