第2話



 青空の下、海風が頬や髪を撫でていく。海に浮かぶ小舟を漕ぎながら、俺は右目で前方を見た。長い年月が過ぎたネモー洞窟にかつての面影はもうなく、今はただ風化して崩れた大岩の囲いが浮かんでいるだけだった。


 「…ここに来るのも久しぶりだな」


 ナギノとよく来たこの場所を訪れるのは、実に200年ぶりだった。その年月を「久しぶり」の範囲に収める今の己に、なんだか妙な気分になる。

 結局俺は、「普通に生きて死ぬこと」をやめた。最後までナギノといようと思ったからだ。アイツと出会った頃あたりの姿に戻った俺は、共に海を渡り、国を巡って色んなものを見た。時には大変だったし普通ではなかったかもしれないが、幸せだった。そうやって暮らして、2800年たったあたりで、ナギノは老衰で死んだ。死ぬ間際、ナギノは俺を1人にしてしまうことを気にしていたが、


「1人じゃねえさ。だろ?」


と、俺がナギノのしわくちゃの手を握ると、アイツは笑って頷いた。

 それからそのまま1人になっても旅を続け、あちこち巡っているうちに気づけば200年経っていた。その間ナギノのことを考えて懐かしさや愛おしさを感じることはあっても、不安や寂しさを感じることはなかった。


 「…まぁ、死ぬまで生きるか。もしかしたらそのうち、この世のどこかでまた会えるかもしれねえしな」


 俺は少し笑って、ネモー洞窟を後にしたのだった。

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人魚の恩返し 月餠 @marimogorilla1998

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