夕方五時のリズム

クロノヒョウ

第1話




 放課後、私は教室の窓から見えるグラウンドを眺めていた。

「美佐紀、帰るよー」

「あ、もうちょっと待って、あと五分!」

「ええ~」

 掃除当番を終え帰ろうと、私を教室まで迎えに来てくれた理奈を私は引き留めた。

「ねえ美佐紀、この前もなんかそう言ってなかった?」

「うん」

「何? 家に帰りたくないとか?」

「ううん、ちがくて……」

 そう言いながらも私はグラウンドが気になってしかたがなかった。

「何よ、言いなさいよっ」

「あはっ、やめてよ理奈ぁ」

 理奈が私の首をしめる真似をしながら肩を揺すってくる。

「グラウンドに何かあるの?」

 理奈が窓の外を覗こうとした時だった。

「あっ! 理奈、後で話すから行こう!」

 私は慌てて理奈の手を掴んで引っ張った。

「ちょっと、美佐紀!?」

 教室を出て階段を下り、急いで靴を履き替え校門まで走った。

「ねえ、待ってよ美佐紀……」

 二人で息を切らしていると、かすかに足音と声が聞こえた。

 ――ザッザッザッザッ

「ファイト~ イチッニッ ファイト~……」

 足音はだんだんと大きくなり、私たちの目の前をサッカー部の男子たちが駆け足で通り過ぎてゆく。

 その一瞬の間に、私は赤木先輩の姿を探す。

 (いた!)

 目が合ったように感じたのは私の願望による勘違いなのだろうか。

 私はそのまま赤木先輩を見つめ、その背中を見送った。

「はぁ~ん」

 理奈はもう気づいただろう。

 サッカー部の姿が見えなくなると、私は理奈のほうへとふりかえった。

「そういうことか」

 理奈が楽しそうに笑っていた。

「で? 誰のことが好きなの? もしかして、赤木先輩とか言わないよね?」

「えっ」

「えっ!?」

 私たちは顔を見あわせていた。

「そうなんだ……まあ、がんばりなよ」

「うん、ありがと……」

 それから私たちはこうやって、夕方五時に校門の前でサッカー部のランニングを待ち伏せするのが常になっていた。

 教室の窓からもグラウンドの練習の様子は見れるのだけど、ここが一番赤木先輩との距離が近いのだ。

「なあ吉原、お前最近よく田中と校門の前にいるよな」

 休み時間、クラスのサッカー部の駒田くんが私に話しかけてきた。

「もしかしてお前、俺のこと好きなの?」

「……はあ!?」

「アハハ、冗談だって」

「もう、バカッ」

「いやさ、きのう赤木先輩に聞かれたんだよな、吉原のこと」

「え?」

 私は思わず立ち上がっていた。

「おっ、なんだよお前も赤木先輩のファンかよ。いいよなイケメンは」

「そ、それで、あ、赤木先輩が、何だって?」

「ん、ああ、なんか、いつも校門に立っている子を知ってるやついるかって聞かれたから、同じクラスの吉原美佐紀ですって言っておいた」

「うそ!?」

「本当」

「どうしよう、駒田くん」

「さあな」

「ちょっとぉ……」

 駒田くんはニヤニヤしながら去っていった。

 どうしよう。

 迷惑だったかな。

 きっとそうだ。

「ああ~」

 私は机に座るとうなだれながら頭をかかえた。


 それから二週間、私は確実に赤木先輩不足だった。

 窓から見えるグラウンドの中の小さな小さな赤木先輩では満たされない。

 もうすぐ五時になる。

 サッカー部がそろそろ裏門を出て学校の周りをランニングする時間だ。

 最近彼氏ができた理奈は放課後デートで忙しそうにしている。

 私は誰もいなくなった教室で一人、こうやってただグラウンドを見つめることしかできなかった。

「赤木せんぱぁ~い……」

 サッカー部が裏門を出て行ってしまった。

 彼らと会わないよう、私はゆっくりと帰り支度をして教室を出ようとした時だった。

「いた! 吉原!」

「駒田くん?」

 息を切らした駒田くんがいきなり教室に入ってきた。

「どうしたの?」

「はあ……お前……なんで校門にいないんだよ」

「だって、赤木先輩、迷惑じゃ」

「いいから早く!」

「えっ?」

「行くぞ!」

「えっ?」

 何がなんなのかわからないまま、私は駒田くんの後ろをついていった。

 階段を下りて靴を履き替えた。

「赤木先輩が連れてこいって」

「はあ? 誰を?」

「お前をだよ。ずっと気になってたんだって、吉原のこと。でも最近見ないから心配なんだってさ。じゃあ俺、ランニングの途中だから行くな。がんばれよ!」

「あ、ちょっと駒田くん……」

 一人残された私の胸から心臓の音が響いてきた。

 私はゆっくりと歩き出した。

 まさか赤木先輩が私のことを?

 気にしてくれていたんだ……。

 でもどうして。

 えっと、私はどうすればいい?

 そんなことを考えながら校門の前までくると足を止めた。

 ――ドッドッドッドッ

 心臓のドキドキがさらに早くなる。

 ――ザッザッザッザッ

 遠くから足音が聞こえてくる。

 ――ドクッドクッドクッ

 ――ザッザッザッ

 心臓の音と足音のリズムが重なって一つになったと思った時、サッカー部の部員たちが目の前を通り過ぎていった。

 そして私の目の前には、息を切らしている姿もカッコいい、赤木先輩が立っていた。



            完






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