電気ブランのオン・ザ・ロック

 俺達の非難は親子ドンブラー清志に集中した。「テメーどうするんだよ。馬鹿、糞、死ねよ」俺達が清志を罵っていると、若さの分だけトシコより早く二日酔いから復活しとユカが清志に寄り添うようにして俺達と清志の間に割って入った。

「虎ちゃん、ヒロミっち、チャンプ、栗ちゃん、ごめんね。みんな本当にごめんね」

「謝らないでよ!」最近やけに涙もろくなった虎美が早くも泣きながらユカを抱しめた。

「ユカっち全然悪くないじゃん。悪いのは全部清志じゃん。清志、あんたは本当に最低だよ。この先一体どうするつもりなのよ。もう本当に死んじゃえば?目障りで仕方ないのよ」虎美はその後も考えられる限りの全ての悪口を駆使して清志の事を罵り続けた。そんな虎美に触発されて、俺とヒロミと栗原も清志の事を糞味噌に罵倒し続けた。さすがの変態色魔野郎も四人掛かりによるエンドレスな駄目出しには自尊心を破壊された様子で、頭を抱えて耳を塞ぎ虚ろな眼で顔面を歪ませた。

「みんな、お願い、もうその辺にしておいてあげて」ユカだった。ユカは優しく微笑むと、そっと清志を抱しめた。

「私の努力も足りなかったのよ。そう、ママに出来て私に出来ないなんて事はないわ。私、習得してみせるわ。カシアスを自分の物にしてみせるわ」

 ユカはそう宣言すると、布団の中で寝そべりながら、とんでもないアホ面で鼻クソをほじくっていたトシコに近ずき深々と頭を下げると涙ながらに土下座した。

「ママ、お願いします。私を弟子にしてください。私にカシアスを伝授してください」俺達はユカの愛の深さに完全に心を打たれた。最愛の夫に手を出した憎んでも憎みきれない最低な実の親に対して屈辱と侮辱に耐えながら額を畳に擦り付けての必死の土下座。なかなか出来る事ではない。感動した俺達はユカ一人に辛い思いをさせてなるかと、誰からともなく自主的にトシコの周りに集まると全員で額を畳の擦り付けた。

「お願いします大家さん。ユカの、娘さんの幸せを壊さないであげてください。それが出来るのは大家さんだけなんです。ユカにカシアスを伝授できるのは大家さんだけなんです」俺達は悲願した。本気で悲願し続けた。俺達全員の只ならぬ情熱が伝わったのか、トシコは暫く瞳を閉じていた。そして瞳を見開くと天井を見詰めながら俺達にこう言った。

「やだね」

「・・・・・・・」

「い・や・だ・ね」

「・・・・・・・・・」

「絶対に!い・や・だ・ね」

「…て、てめぇ、このクソばばあ…」この状況、この空気で断る馬鹿がどこにいるかよ。断られた瞬間に、さっきまで若干浸っていた自分達の芝居じみた感覚が急激に恥ずかしくなり俺達は一斉にトシコに飛び掛って行った。リンチの決心を拳に固めて。「お前らヤメロよ!一人を相手に大勢で卑怯だぞ」清志がトシコを救うべく俺達に殴り掛かって来た。しかし、俺達だって後には引けない。大家・清志組対チャンプ・栗原・虎美・ヒロミ組による変則タッグマッチがバトルロイヤル形式で開始した。しかし、人数の差もさる事ながら何んと言ってもヒロミは元プロレスラー。チームの戦力の差は歴然としており、大家と清志は早々に流血に追い込まれた。

「喧嘩は止めて!お願い、みんな喧嘩しないで」止めに入ったユカの事を熱くなり人が変わってしまったヒロミが突き飛ばした。

「天知る地知る私知るだよ!お前の悩みは寄生虫なんだよ!」血が騒いでしまい完全に見境が無くなってしまったヒロミはユカにドロップキックをブチかました。「グえっ!」ヒロミのドロップキックは、もろにユカのアバラにめり込んだ。呼吸困難に陥ってしまったユカはその場に悶絶。救急隊員が駆けつける騒ぎになりユカはそのまま病院に搬送されていった。

 アバラが、折れていた…ユカの。そりゃそうだよね、プロレスラーに蹴られたんだもん。無事に済む訳ないよね。たはははは、って笑っている場合では無かった。ユカの状態は深刻で、折れたアバラが心臓に突き刺さる一歩手前まで行っていたらしく、結果、ユカは緊急入院。オペレーションする羽目になってしまった。

 ユカの入院期間中、俺達は毎日ユカの見舞いに出掛けて行った。ヒロミにはキツい「ドロップキック禁止令」が言い渡され、反省しきりのヒロミは自慢のロングヘアーをバッサリと断髪。更にその後、残りの髪の毛もツルツルに剃りあげてスキンヘッドにしてしまった。背格好が似ているとゆう事もあり、後ろから見たらヒロミなんだか虎美なんだかよく分からないとゆう無駄な混乱を招きながらユカの全快に祈りを捧げた。

 退院後、ユカは我々の前から忽然と姿を消した。ユカの入院中から、これ幸いとばかりに清志の部屋に入り浸っていたトシコは行方不明の娘を心配するどころか酒と肉欲の日々を繰り返し益々清志を骨抜きにしていった。

 日増しに痩せ細っていく清志。だけどもう、俺達の中に清志の事を心配する者は一人もいなかった。奴はもう友達でも何でも無い。あいつは変わっちまった、河を渡って向こう岸に行ってしまったんだ。俺達はそう思うようにして清志との友情をスッパリと諦める事にしていた。

 そんな日々が一年を越した頃、ある真夏の暑い夜、YUKA・IS・BACK!真っ黒に日焼けして逞しく精悍になったユカが我々の前に突然姿を現した。俺達は再会に乾杯し喜びを分かち合った。

「ママと清志さんは相変わらず?」

 ユカの問い掛けに俺達は苦笑いで頷いた。

「まあ、それはそうでしょうね」ユカは部屋の壁を睨み付けた。その壁を一枚隔てた隣のピンクルームからはユカが帰って来た事など知る余地も無いトシコと清志の荒い息ずかいが僅かでは有るけれど、こっちの部屋にまで感じ取られた。

「ところでユカ、今まで何処に行ってたんだよ?俺達ずっと心配してたんだぞ」俺の問い掛けにユカは「心配かけてごめんなさい」と答えた後、一瞬の間を置いてから言い放った。

「タイよ」ユカはビールを飲み干すと同時に立ち上がり、無言で部屋を後にした。タイ?ユカ…まさか!俺達の胸は期待で膨れ上がり、部屋を後にしたユカに続いて歩いて行った。

 ユカの行き先はやはりピンクルームだった。ユカはインターフォンのチャイムを鳴らしたがプレイ中だと思われるトシコと清志は当然シカト。するとユカは、ごく自然に手に持っていたポーチを開くと中から鍵を取り出した。そうそう、そうだよ忘れてたよ、この部屋、元々ユカの部屋でも有った訳じゃん。トシコと清志のキーロックを難なく突破したユカは俺達を引き連れながら堂々とピンクルームに入って行った。

 やはりプレイ中だったトシコと清志は熱中とハッスルの真っ最中でしばらくの間俺達の存在に気ずかずにいた。

「清志!清志!私の清志ぃー!」絶叫する大家トシコの顔にはルチャの覆面。「やめないでぇー!お願いだからヤメないでぇー」と悶絶する清志の顔面にはサイケデリックなペインティング。お互いのシンボルに吸い付き合うルチャとサイケ、体勢を変えようとサイケが顔を上げたその瞬間、遂にユカとサイケの視線が絡み合った。

 俺達の姿を確認して、ゆっくりと立ち上がる清志。

「なに!いきなりどうしたの?勝手にヤメるなんて承知しないわよ!」トシコは清志に詰め寄るように立ち上がり俺達の存在に気が付くと喉の奥から「ひぇづ」と痰の絡んだような声を出し、覆面越しにその目を見開いた。

「ママ、清志さん、ただいま」ユカは清志に近ずくと自分の右の手の平を清志の顔の前で停止させた。そんなユカの行動を固唾を呑んで見守る我々を他所に、一人動揺しまくるトシコ。「ユカ…あんた、まさか。バカな、そんなバカな」小声でそう呟くと、突然大声で清志に呼び掛けた。

「だめぇー!清志離れなさぁーい!早くユカから離れなさぁーい!」衝撃は突然だった。清志の顔から五センチ程離れた所に自分の手の平を翳したユカ。その直後、清志のシンボルが大噴火。突然の大量発射が始まった。一発一発射精する度にビクンビクンと波打つ清志の有様は、まるでエア・フラフープ。そんな清志の姿を見てガックリとうなだれる大家トシコ。新陳代謝の潤滑が悪いと様々な場面において悪が居座るケースが目立つが、これ程までに完璧な世代交代の瞬間を見せ付けられると流石に少し哀愁が漂う。

 完全に勝負有りだった。自分の時代の終焉を嫌と言う程見せ付けられたトシコは、ゆっくりと覆面の紐を解くと仮面の貴族から大家に戻り頬に涙を伝わせた。何十発とゆう大量発射の果てに膝から崩れ落ちた清志は恍惚の表情を浮かべたまま完全に脱力。ユカの胸に倒れ込んだ。清志の顔面ペインティングをアルコールティシュで拭き取るユカ。その表情を露にすると清志の唇に自分の唇を重ね合わせた。美しい愛情を見せ付けられた俺達は、俺は虎美に、栗原はヒロミに、それぞれが熱い接吻。一人寂しく自ら着付けを始めたトシコの姿は流石に少し可哀想に思えたけれど、今までの行いを考えると因果応報だと言わざるを得ない。一人寂しく部屋を出て行こうとするトシコ。しかしズタズタに引き裂かれたプライドを支えて歩を進めるには、その精神と感情はダメージを受け過ぎていた。玄関付近でグラっとヨロめくトシコ、「危ない!」誰もがそう思ったその瞬間、転びそうになったトシコの身体を優しく支えた人影一つ。王子様のように現れたのはトシユキのおっさんだった。

「トシコ…」大家を支えながら優しく囁きかけるトシユキ。おっさんの表情は、トシコが今までに行なってきたクソったれな悪ふざけの数々を全て許すと雄弁に語っていた。「うえっ、うえっ」大粒の涙を流す大家トシコ。感謝の気持ちが大きすぎて何も言葉が返せない様子だ。そんなトシコにトシユキが囁きかけた。

「トシコ…一緒に暮らそう。僕と二人で」

「やだよ」

「・・・・・・・・・・」

「い・や・だ・ね」

「・・・・・・・・・・・・」

「絶対に!い・や・だ・ね」

 部屋の空気が完全に凍りついてしまった。いやいや、そこは受け入れましょうよ。誰もがそう思いながら二人の事を見ていたけれど、トシコは相変わらずのマイペース。追いすがるトシユキを振り払うとスタスタと部屋を出て行ってしまった。取り残された我々が気まずい沈黙に苦笑っていると「ヒィヤッホー!」とゆうトシコの雄叫びが家の外から聞こえてきた。続いて原付のエンジン音。トシコは奇声を発しながら原付バイクをすっ飛ばして夜の街に消えていった。

「頭が痛くて堪らない。割れるかもしれない…」近所のバーのカウンター席、栗原は顔を歪めている。

「どうした栗?風邪でもひいたか?」

「違うんだよチャンプ。病気で頭が痛いとか、そうゆう事じゃないんだよ」

 栗原の説明によると彼の頭痛は肉体的な病では無く精神的な所から発せられている物だった。即ちストレス。栗原はヒロミから結婚を迫られているとの事だった。

「なあチャンプ、チャンプ以外には誰にも相談した事ない話だから他のみんなには黙っていて欲しいんだけさぁ…」

「うん、どうした?」

「ヒロミのやつバツイチらしいんだよ。今のご時世に何言ってんのって思われるかもしれないけど、俺、そうゆう事を結構気にしちゃう方なんだよね」

 ヒロミと俺が元夫婦だったとゆう事は、初っ端に言いそびれてしまって以来、何となく切り出しにくくなってしまい、俺もヒロミも誰にも告白しないまま今日に至ってしまっていたのだった。今更このタイミングで俺が栗原にそれを打ち明けても栗原が怒り狂いそうなので俺はそのまま話を続けた。

「結婚?いいじゃん。結婚しちゃえよ。駄目なの?」

「いやいやチャンプそうじゃないんだよ。俺もヒロミを愛してるし結婚すれば楽しいとは思うんだけど…」栗原が話を続けた。

「やっぱり、前の旦那がどんな奴だったか気になるってゆうか、実際に会ってぶっ殺したいってゆうか、絶対探してぶっ殺すってゆーか、まあ、とにかく一度会って少なくても拷問の一つや二つはカマしてやりたいんだよね。ヒロミにその事を話したら前の旦那は死んだって言うんだけど、ほら、ヒロミ酒乱じゃん。酔っ払うと支離滅裂じゃん。そんな時の色々な話を総括すると、やっぱり前の旦那って生きてるんじゃねえかなぁって思うんだよ。生きてるどころかさぁ、まだヒロミの周りをウロチョロしてるんじゃねえかなと思えて仕方が無いんだよ、俺には」

 何て奴だ。馬鹿のくせに勘だけはやけに鋭い、しつこい彼女のような野郎だ。

「まあ聞けよ栗。昔の男の事なんてどうでもいいじゃねえかよ。今が全てだろう?そうだろう?愛だろ、愛」

「愛だよ。そりゃ愛だよ。でもなチャンプ、理屈じゃどうしようもねえって事だって有るだろう?俺は必ず見つけ出す、前の旦那を見つけ出す。見つけ出して八つ裂きにしてやるぜ」

 危ない奴が居たもんだ。とりあえず栗原とサシで飲みに出掛けるのは今夜のコレが最後だな。

 まあ、こんなモンでしょう。ある夜、いつものように泥酔したヒロミは道で転んで勢いよく転倒。道端に財布をブチまけた。財布から飛び出した一枚の運転免許証、そこにはバッチリ本名で「荻窪麗子」の印刷。更には年齢詐称まで発覚する最悪のダブルクロス。「なんじゃあーこりゃー」と麗子を問い詰める栗原だったが泥酔して爆睡中の麗子は栗原を完全無視。「嘘を、ついていやがったよぉぉ…」と泣き崩れる栗原。そんな栗原を俺が、ヒロミ改め麗子を虎美が、それぞれに肩で支えて俺達はアパートへと帰っていった。重くて、暑くて、臭くて、辛くて…。

 アパートに戻ると更に最悪だった。TOSHIKO・IS・BACK!妖怪トシコが再び我々の前に姿を現した。

 復帰早々トシコは、もう何だかよく分からない変な動きで清志の身体をコントロール。壁に頭を打ちつけながら猛烈な射精を繰り返す清志。その側で泣き崩れるユカ。娘の涙を尻目に怪しいダンスで清志を操る大家トシコ。トシコは何故だか全身タトゥー。

 なんなの、この妖怪大図鑑。お前ら一々普通に出来ないの?どっと疲れが押し寄せて来た俺は無性にコーラが飲みたくなった。今飲めたらどんなにイイだろう。しかし、冷蔵庫の中にコーラは入っていなかった。自販機もコンビニもアパートのすぐ近くに有る。有るのだけれど何故だかクズは、こうゆう時に買いに行けない。俺は布団に潜り込み弱った体を横たえた。明日のコーラに思いを馳せて。

 深くて浅い気色の悪い眠りから目覚めると予想通りに始まっていた、朝っぱらから隣の部屋で、栗原と麗子による罵りあい。馬鹿喧嘩。コーラを買ってアパートに戻った俺は自分の部屋には入らずに栗原と麗子の部屋の玄関の前でコーラを開けた。しばらく玄関超しに二人のバトルを聞いていようと思ったからだ。面白そうだから。

「しつこいのよ男のくせに。ケツの穴が小さいよ。小さいどころか塞がっちゃってるんじゃないの。クソが詰まって大変ね」

「ナンだとコラ!お前、それが頭を下げるべき人間の取る態度かよ!ふざけんな!よく見てろ!」

「きゃーーー!ちょっとアンタなにやってんのよぉー!やだぁーー、お願いやめてぇーー!いやぁーー!くっさぁーい!」どうやら栗原が部屋の中で糞をブチまけた様子だ。凄いな、あいつ。

 どうやらこれ以上戦況を確認する必要は無いようだ。この勝負、栗原が勝つだろう。だって糞までした訳だし、第一、この件に関しては元々栗原悪くないし。まあ末永くお幸せに。

 深夜零時のスナック虎ちゃん。俺はトシユキのおっさんと酒を飲んでいた。客は俺とおっさんの二人だけだったので、虎美も俺達の横に座って一緒に酒を飲みだした。トシユキのおっさんは、トシコが清志にのめり込んで以来すっかり老け込んでしまった。

「なによ二人共辛気臭い。その酒は私の奢りでいいからパーっとやろうよ。カラオケでも行こうか?」

「無理だろ。このおっさん、あの店出禁だもん」

「ああ…そうだったわねぇ…」トシユキのおっさんは町で一軒しか無いカラオケ屋を出禁になっていた。まあ、例のモニターダイブが原因なので当然と言えば当然だ。

「ああ、いいよ、いいよ。虎ちゃん、チャンプ、二人で楽しんできなよ。おじさんコレ飲んだらドロンするから」おっさんはグラスの酒を慌てて飲もうとしてゲホゲホとむせ返した。

「いいよ、おっさん気にするなよ。ゆっくり飲めよ」俺は自分のボトルからおっさんのグラスに酒を注ぎ足した。映りの良くない室内アンテナの古いテレビの中で演歌歌手が青スジを立てている。充満する場末感、虎美が焼いた焼き鳥は相変わらず不味くて硬くて、なんだか凄く幸せな気持ちになる。いい店だぜスナック虎ちゃん。俺達がダラけきっていた午前二時、千鳥足のユカがスナック虎ちゃんに現れた。「ごめーん、虎ちゃーん、まだやってるゥー」ユカはかなり酔っ払っていてヘラヘラと薄ら笑いながら電気ブランのオン・ザ・ロックを注文した。

 帰ってきたトシコに清志との愛の巣を乗っ取られてしまったユカは夜な夜な酒を飲み歩き漫画喫茶やネットカフェで夜を明かすようになっていた。さすがに見かねた虎美が営業終了後のスナック虎ちゃんを寝床として提供、だいたい毎晩このぐらいの時間に現れて客と虎美が帰った後、椅子をくっ付けて並べて、その椅子ベッドの上で寝袋に包まっているだ。勿論虎美も最初は自分の家、すなわち俺と虎美が暮らしている部屋に来るように誘ったのだけれど、「そこまで甘えられない」と、ユカはその提案を断固拒否。お互いの妥協案としてスナック虎ちゃんに落ち着いたのだった。

 可哀想に、ユカのストレスは結構なデッドラインと思われて完全に酒に溺れてしまっている。今だって相当に酔っ払っている筈なのに椅子に座るなり電気ブランを駆けつけ三杯。その後はテキーラのショットガン。ショットグラスをカウンターに打ち付ける乾いた音が、やけに虚しく店内に響いた。親友のそんな姿に居た堪れなくなったのか、虎美もピッチを急に上げ始めジャック・ダニエルをグビグビと煽りだした。微妙なテンションのダラけた宴の時間が更に経過した午前三時過ぎ、今度は栗原と麗子がスナック虎ちゃんに現れた。

「うち、妊娠したっちゃ」と麗子がアニメキャラクターの物まねで妊娠を報告。似てる。その物まね凄く似てる。俺が物まねのクオリティーに感心していると、カウンターテーブルに次々と虎美の手料理が並び始めた。その料理が予想通りにどれもこれもデタラメに不味く、麗子の妊娠パーティーにデッドフラワーを添えた。

 嬉しそうにはしゃぐ麗子の隣で照れ臭そうな栗原。照れ隠しか何だか知らないけれど、一心不乱に虎美が作った真っ黒にコゲ過ぎな唐揚げを食いまくっている。そんなに食わない方がいい。もうすぐお父さんになるんだから健康と食事には気を使って、これからは虎美の料理は程々にな。

 麗子の吉報がスナック虎ちゃんを盛り上げて、これは昼間までコースだな、と誰もが思った午前四時、スナック虎ちゃんの電話が鳴った。

「もしもし!ユカに、ユカに変わってくれ。居るんだろう?ユカに変わってくれ」電話は清志からだった。そして電話の向こうの清志の声の狼狽は明らかな緊急事態を物語っていた。

「もしもしユカか?とにかく今すぐこっちに来てくれ。大変なんだ、とにかくトシコが大変なんだ!」

「なに?清志さん落ち着いて。どうしたの?ママが一体どうしたの?」

「いいから兎に角早く来てくれー」

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