第34話 全裸焼肉大会(1)


おとこには、負けると分かっていても……」


 戦わなきゃいけない時があるんだ!――と犬飼いぬかい

 彼は人差し指で「へへっ」と鼻の舌をこすった。


 本人は満足しているようだが、完全に勝負所を間違えている。

 一方で『呪い屋』は「付き合っていられない」と思ったのだろう。


 さっさと部室の鍵を開けた。


(こういうノリは嫌いらしい……)


 いや、嫌いなのは『全裸焼肉大会』の方だろうか?

 作り笑顔を俺に向けると、クイッとあごを動かす。


 早く入って、中を確認してこいよ!――といった所だろうか?

 目が笑っていない。


 『呪い屋』はドアから離れて腕を組み、そのまま廊下で待機する姿勢を取る。

 どうやら『全裸焼肉大会』が開催された部室へは入りたくないらしい。


(俺も入りたくないんだが……)


 しかし、明らかにあやしいのは、この部屋である。

 俺は覚悟を決めて、中へと入った。


 現在は使われていないらしく、犬飼の話で聞いていた荷物はない。

 カーテンも外されているようで、向かいの建物にある教授の部屋が見えた。


 だが、今度は教授の部屋の一部にカーテンが掛かっている。

 あれだけ紙の資料があるのだ。


(日に当たらないようにするは当然か……)


 俺はスマホで電話をして、開けてもらう事にした。

 少し待つとカーテンが開き、フランス人形の棚までバッチリ見える。


 霊障の発生源は、ここで間違いないようだ。

 怨霊がフランス人形へ取りいた原因も見当が付いた。


(――『雛人形』である)


 人形に関係する都市伝説としては『メリーさんの電話』も有名だが、日本を代表する話といえば『お菊人形』だろう。


 人形の髪の毛が肩まで伸びた――というアレだ。持ち主である娘が亡くなり、家族は「娘の霊が乗り移った」と信じるようになった。


 大正時代の話だが、有名になったのは1970年代である。

 オカルトブームが起こり、テレビなどで取り上げられたことが理由だ。


 真偽しんぎについての話は置いておくとして、「人形には魂が宿る」という考えは昔からある。


 江戸時代には、武家の子女がとつぐ際、婚礼の家財道具として、人形を持たせるならわしもあった。


 災厄を身代りさせる――という役割が、人形にはあったからだ。

 現代での「嫁入り道具」なら『冷蔵庫』や『洗濯機』、『エアコン』だろうか?


(時代も変わったモノだ……)


 人形を娘に持たせる風習は1980年代まで続いていたようだが、今はもうすたれている。日本人形自体、今の人たちには馴染なじみがないだろう。


 『市松人形』や『雛人形』『五月人形』辺りは常識の範囲だろうが『博多人形』や『奈良人形』となると――


(知らない人も多そうだな……)


 福岡の人でも「『博多人形』を知らない」という人はいるらしい。知っていても、今の若い人なら「ああ、あの高い人形ね」程度の感覚だろう。


(綺麗な箱に入って、大事に保管されていた人形ならともかく……)


 使われていない倉庫代わりの部屋で――犬飼の話によると――カビの生えたような汚い段ボールに入っていたそうだ。


 そんな状態の雛人形を、大学生が考えなしに処分してしまっても――


(それは仕方のないことだろう……)


 現代人の心理として、例え中身が無事でも、外側の段ボールに傷がついていれば、その商品の価値は下がる。


 ましてや、男子大学生だ。

 人形の意味すら、把握していないのだろう。


 例えば『市松人形』なら「子宝祈願」「赤ちゃんの胎教」「雛人形のお供人形」として、今も愛され続けている。


 江戸時代に節句人形が流行したようで、江戸の町中に沢山の人形屋がのきを連ねていたそうだ。様々な新しい人形が作られたらしい。


 市松人形も、そんな人形の1つである。かつては「雛人形を買うのは母方の親」で「父方の親は市松人形を買う」というのが、お約束だったようだ。


 つまり『雛人形』も嫁入り道具だった。本来は「やくを取るお守り」として持たされるモノなので、日柄の悪い日や厄日にかざるのが正解かもしれない。


 今となっては「孫や娘の無事と成長を願って、雛人形を飾る」という考えの方が一般的だろう。


 五月人形も同様で「子供の身代わりとなって災厄を受ける」というのが役割だ。

 よって、雛人形や五月人形をゆずり受けることは「厄を引き継ぐ」ことになると考えられている。


 一般的には禁忌タブーとされている行為だ。

 役目を終えた日本人形は、神社やお寺で供養した方がいいだろう。


 しかし、犬飼らには、そんな発想すらない。段ボールや紙などは分別しただろうが、人形は燃えるゴミとして袋に詰めたようだ。


 焼肉をした際に生じたゴミと一緒に捨てたらしい。


(まあ、人形供養でも「おき上げ」はするからな……)


 焼肉の煙が、その効果を担ったのかもしれない。

 一時的に『雛人形』へいていた災厄が離れたのだろう。


 再び災厄は力を取り戻すが、その時には、人形はすでに廃棄されていた後だ。

 怨霊となり、行き場のなくなった災厄は、この部屋から見える『フランス人形』へ憑依ひょうい――


(いや、フランス人形が教授の身代わりになったのかもしれないな……)


 以降、フランス人形が教授の目を盗み、悪さをするようになった。

 そんな所だろうか?




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 Σฅ(º ロ º ฅ) 『全裸焼肉大会』が原因

 だったようです。フランス人形に取り

 いた災厄は、次の獲物を探して、

 キャンパスを彷徨さまよっています。

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