第32話 雛祭り(1)


(案の定というか……)


 予想された展開に俺は内心で辟易へきえきとしたが、なんとか作り笑いで誤魔化ごまかす。

 冷静になって考えれば、悪い事ばかりでもない。


 俺は高校生で『呪い屋』に関しては若い女性だ。いつもなら不審がられたり、不安げにされたりするモノだが、今回に限っては、相手も切羽せっぱまっている。


 たとえ思っている事があっても、今は余計なことを口に出すつもりはないようだ。

 俺たちに帰られては困るのだろう。


 まずは『フランス人形』の外見と教授が人形を大学へ持ち込んだ経緯けいいを確認する。

 人形については教授のスマホに写真があったので、間違うことはないだろう。


 青いドレスを着た可愛らしい人形である。

 また、入手した経緯については伯母おばの遺品らしい。


 教授の伯母には娘はいないようで、息子たちは結婚し、離れて暮らしている。

 また、フランス人形を家にかざるには場所がないため、邪魔なようだ。


 特に思い入れはなかったのだが、人形を処分するのも忍びない。


(日本では大切にしているモノに「魂が宿る」という考え方があるからな……)


 そのため、教授が「引き取った」という事だった。

 家に飾っておいても、ほこりかぶり、場所を取るだけである。


 なので「殺風景な大学の部屋に持ってきた」というワケらしい。ちなみに、この大学へ持ってくるまでは、怪奇現象など起こったことはないそうだ。


(つまり、この大学という場所が問題なのか……)


 部屋にある書籍などから、理学部の教授らしいことは推測できた。

 ある意味、オカルトとは対極にあるような人だ。


 しかし「俺たちを頼る」という事は、相応の柔軟性も持ち合わせているのだろう。

 消えてしまったフランス人形を闇雲やみくもに探すのは効率が悪い。


 人形が盗まれた――という可能性を聞いてみたが、教授は今日、部屋でずっと資料を作成していたらしい。


 いくら集中していたとはいえ、流石さすがに部屋へ人が入ってくれば「分かる」という事だった。


(なるほどね……)


 教授はなにか隠しているようだ。

 きっと、今までにも似たような事があったのだろう。


 慌てている割に、冷静な面があるのはソレが理由と見ていい。

 追求してもいいが、今は憶測おくそくの段階だ。


 教授の性格も把握はあくできていないし、俺たちには信用が足りない。まずはフランス人形が怨霊化した原因を考察するため、部屋を見せてもらう事にした。


 ずらりと本が並んだたなの一部には、フランス人形が入っていたガラスケースがある。その周辺には本や資料をまとめた書類フォルダーがひしめき合っていた。


 正直、背表紙を見ても、俺にはチンプンカンプンな本ばかりだ。

 これではフランス人形も、部屋に居るのが嫌になるかもしれない。


 部屋から消えてしまった理由はそれだろう。

 なぞはすべて解けた!――


(という冗談はさておき……)


 最初に『呪い屋』から聞いていた怪奇現象は、部室で起こったモノだ。

 この部屋に霊障の原因はないだろう。


 次に俺は窓の方へと移動する。

 窓からは建物をはさんでグラウンドが見えた。


「向かいにある建物が部室――いえ、サークル棟ですか?」


 俺の質問に「ああ」とうなずく教授。地図によると8号館のようだ。

 もし【呪い】の元凶がフランス人形ではなく、サークル棟にあるとしたら――


(距離的にも、この部屋は【呪い】の影響化にありそうだ……)


 サークル棟である8号館をさぐるのがいいだろう。

 俺が推測とこれからの方針を述べると、教授はしばし沈黙した。


 本当は彼に付いてきてもらえると助かるのだが、教授は今回の事件と関わっていることを隠したいのだろう。つまり一緒には行動できない。


「誰か、案内を頼むことは出来ますか?」


 部外者である俺たちが勝手に彷徨うろつくのは問題があるだろう。

 また、教授には立場がある。


 俺の意図をさっしたようで、


「確か、単位が危なかった生徒が何人なんにんかいたな」


 と教授はつぶやく。どうやら「単位をえさに」こき使う気らしい。

 いや、この場合は「単位を人質に」と言った方が正しい気もする。


 どちらにせよ、ここは聞かなかった事にするのが良さそうだ。

 教授がスマホを手に、誰かへ命令を出している。


 相手は秘書だろうか? 俺たちへの態度とは違って高圧的だった。

 教授から直接、生徒へ指示を出すワケではないらしい。


 しばらく、待つ必要があるかもな――と思ったのだが、スグに交渉はまとまったようで、秘書から連絡が来たようだ。


 教授は振動するスマホを手に、内容を確認すると、


犬飼いぬかいという男子生徒が8号館の入り口で待っている」


 と俺たちへ告げる。予想よりも早い。

 教授も手慣てなれた感じだ。


 単位の足りない生徒が多いのだろうか?

 そういえば、工学部や理学部は「単位を落としやすい」と聞いたことがある。


(俺も気を付けよう……)


 少し怖くなった――というのもあるが、事件解決のため、俺と『呪い屋』は教授の部屋を後にし、外へと出る。そして、向かいのサークル棟へと向かった。


 すると――ジャージ姿で大柄の男性が――丁度、グラウンドの方から走ってきた。

 見た目で分かるが、明らかに単位が足りなさそうな顔をしている。


 彼が犬飼で間違いないだろう。

 グラウンドから、この場所までは階段を上る必要がある。


 全力疾走したのか「ちょっと、休ませてくれ」という代わりに、彼は手の平をこちらへと向けた。両膝に手を突くと、息を整える。


 彼が回復するのを待ってから、俺たちは――いや、俺は自己紹介をした。

 『呪い屋』が笑顔でサムズアップしたからだ。


 どうやら、彼女は面倒事を全部、俺に押し付ける気らしい。




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 にゃーヽ(•̀ω•́ )ゝ✧ いよいよ、捜査

 開始です! 消えた『フランス人形』

 を探して8号館へ入ります。

 犬飼くんは活躍できるのか?

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