第10話 神隠し(1)


 綺沙冥きさめさんが「見えた」というのなら「史奈ふみなは『神隠し』にあった」と考えるのが妥当である。ただの家出であるなら「見えなかった」だろう。


 勿論もちろん誘拐ゆうかい拉致らち監禁かんきんなどの可能性が消えたワケではない。

 だが、それを伝えると綺華あやかは余計に心配してしまう。


(余計なことは言わない方が良さそうだ……)


 昔から『神域』である山や森、川などでは人が行方不明になることはあった。

 街や里から、なんの前触れもなく人が失踪しっそうする。


 中世のヨーロッパでも「森には魔女や悪魔がいる」とされていたし、ギリシャ神話のニンフは「人間の若者を、しばしばさらっていく」とされていた。


 日本でも『山の神』や『鬼』などの妖怪の手によって、人が忽然こつぜんと消えるのは、そう珍しいことではない。


(放って置いても、帰ってくることはあるが……)


 綺華としても、ついこの間【呪い】の被害にあったばかりだ。

 じっとはしてられないのだろう。


 取りえず、彼女と駅で合流する約束をした。

 しかし『幽世かくりよ』が相手では、俺の能力は分が悪い。


(ここは強力な助っ人を呼ぶことにしよう……)


 俺が白鷺しらさぎ女史へ事情を話し終えると、丁度タクシーも来た。

 そのタクシーに乗って、駅まで送ってもらっても良かったのだが、俺は助っ人を確保することを優先する。


 白鷺女史と別れた後、無事に助っ人も確保。思いのほか順調だったのだが――徒歩であったため――駅へ着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。


 最近は午後の6時を過ぎても明るかったのだが――


流石さすがに19時半を過ぎると暗いか……)


 学生だからだろうか? こんな時間まで出歩くのは、悪い事をしているような気になってしまう。いや、実際に補導ほどうされてはかなわない。


 家はかく、学校へ連絡されると面倒だ。特に探偵事務所でバイトをしている事がバレて、他の生徒から注目されるような事態じたいけたかった。


 予定よりスムーズに事が運んだので、俺の方が早く着いたらしい。

 綺華へは「大人おとなの人と一緒に来い」と伝えていたのだが『くるみ荘』の住人に車で送ってもらったようだ。


 駅前に立っていた俺の視線の先で、車が停まったかと思うと綺華あやかが降りてきた。

 どうやら、彼女の方が先に俺を見付けたらしい。


 迷うことなく笑顔を向け、上げた右手をブンブンと振ったので、俺も軽く振り返した。


(あまり目立つような事はしないで欲しいのだが……)


 俺はゆっくりと彼女のもとへと向かう。一方で綺華は、車を運転してくれた人――『呪い屋』だろうか?――にお礼を言っているようだ。


 彼女がドアを閉めると同時に、何故なぜか車は出発し、駅から遠ざかってしまう。

 保護者として同伴して欲しかったのだが――


(仕方がない……)


 俺は事務所の方へ連絡して、誰かに来てもらうことにした。

 早速、助っ人の出番――というワケである。


「えへへ♡ お待たせしまたぁ♪」


 と綺華。こちらの計画など知らずに、呑気のんきなモノだ。

 何故なぜ、帰した?――という俺の問いに対しても、


「二人きりの方がいいかと思いまして」


 いやん♡――と言って、ほほを赤らめる。

 これはなにを言っても無駄なようだ。


 取りえず、綺華のラブラブ攻撃を回避するため「めしは食べたのか?」「寒くはないか?」「宿題は終わったのか?」とオカン攻撃をする。


「はい、大丈夫です! 今日の夕飯はミックスフライでした♪」


 そう言いえて「ハッ!」と綺華。なにかに気が付いたようで、


「ここで『寒い!』と答えれば……」


 甘五あまいくんが『私を温めてくれる』という事ですね!――と謎の解釈かいしゃくをした。

 人通りも多いというワケではない。


 だが、ただでさえ駅前という目立つ場所なのに、ハグなどしてはいられない。

 ここはアイツの出番だろう。


 俺はふところで待機してもらっていた助っ人を取り出す。

 サバトラ猫の『タケゾー』である。


「ニャ~♪」(なんだ? メシをくれるのか?)


 そんな呑気のんきな鳴き声に「はわわわ♡」と綺華。白鷺女史と別れた後、近所ということもあって、俺はタケゾーが飼われている家を訪れた。


 そして、問題なく借りることに成功する。


(いや、あずかるように「頼まれた」という方が正しいのか?)


 家主である女性は重たい感じがするため苦手だったのだが、背に腹は代えられない。ダメ元で訪ねると「あら、キミは?」と家主の女性。


 丁度、出掛ける所だったらしく、チャイムを押そうとしていた俺と玄関先で鉢合はちあわせる。昼間に会った際のボサボサ髪にだらしのない恰好かっこうとは違い、化粧をしていた。


 お洒落をして、明らかに余所よそ行きの服装だ。日中に会った時とは、あまりにも印象が違うため、一瞬いっしゅん別人かと思ってしまった。


 俺の存在におどろいたのだろうか? 固まっている。

 ここは俺の方から声を掛けるべきだ。


「実はお願いがありまして……」


 そんな俺の言葉を待たずに「ちょうど良かったわ♡」となにやら嬉しそうに女性は微笑ほほえむ。どうやら、固まっていたのは『考え事をしていたから』らしい。


 なにか良い事でも思い付いたかのように、突然とつぜん両手をパンと合わせる仕種しぐさを行った。

 機嫌がいいようだ。


 日中に会った時と違って、女の顔をしている。

 女性は化粧で化ける――と聞くが、そういうのとは別の色気だ。


 血色もいいようで、女性ホルモンが活性化しているのだろう。「ちょっと待っていて」そう言うと、彼女はカバンを玄関に置き、慌てた様子で家の奥へと戻る。


 そして、すぐにドタドタと戻ってきたかと思うと、手にはタケゾーの入ったキャリーバッグと荷物の入った背嚢リュックを持っていた。


「1日だけ、預かってもらっていいかしら?」


 と聞いてくる。


(普通は持ってくる前に聞くと思うのだが……)




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 (,,ΦωΦ,,) どうやら、猫森くんは、

 史奈が『神隠し』に遭った――と考えて

 いるようです。助っ人(?)として、

 タケゾーを連れてきました。😸

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