第9話 犬蠱(2)


(どうやら、事件みたいだな……)


 それも【呪い】がらみだ。

 嫌な予感がした――などという第六感的なモノは、俺にはない。


 彼女の住んでいる環境を考慮こうりょしての憶測おくそくだ。

 この辺の事情は複雑なのだが、綺華あやかは親元から離れて暮らしている。


 今は【呪い】を受けた被害者が共同で生活を営む――アパートというよりは――『寮』のような場所に住んでいた。通称『くるみ荘』。


 早い話が『救護施設』もしくは『保護施設』である。

 クセの強い住人たちが原因なのか、近隣の住民や外部の関係者からは『くるい荘』だの『くるしみ荘』だの呼ばれていた。


ひどい言われようだな……)


 俺は「少し待っていてくれ」と綺華へ返信する。まずは現場の片付けが先だ。

 そんな俺の反応を見て白鷺しらさぎ女史は「連絡のあった相手が綺華だ」と理解したのだろう。


 まあ、相手が綺華でなければ既読スルーしていた。「既読スルーは犯罪です」という思想もあるようだが、この場合、返信しないと綺華が余計な心配をする。


 白鷺女史とは以前、綺華に掛けられた【呪い】を一緒に担当していた。

 そのため、色々と察してくれたらしい。


 【呪い】が解けたとしても、しばらくは精神的に不安定な状態が続く。

 その辺の事情については、白鷺女史の方が詳しいのだろう。


 彼女は犬蠱けんこが行われていた証拠しょうことなる骨を写真にり、事務所へと報告してくれた。


 一方で【呪い】は解呪したモノの、掘り出した骨をこのまま放置するワケにいかない。


 俺は犬蠱の壺と骨を――下にいたビニールシートでつつみ――持ってきていた丈夫な袋へと詰める。取りえず、後はしっかりと口をしばっておけばいいだろう。


 事務所を通して組合の方へ連絡すれば、供養など、しかるべき対応をしてくれるハズだ。白鷺女史はタクシーを呼んだらしく、事務所の方へ持って帰ってくれるらしい。


 続けて「早く、綺華ちゃんへ連絡してあげなさい」と白鷺女史に言われる。

 彼女自身、学生時代に【呪い】の被害にったらしく、綺華のような女性被害者には優しかった。


 素養のある人間が【呪い】を受けることで、呪詛じゅそ師としての能力に目覚めることはあるらしく、白鷺女史は仕事にする事を選んだようだ。


 タクシーが来るまでの間、詳しい事情を聞くために、俺は綺華へ電話をする。


「はい♡ アナタのお耳の恋人、いやしとハッピーをお届けするAYAKAです♪」

「間違えました」


 そう告げて、速攻で通話を切る。するとスグにスマホが振動した。

 仕方なく電話に出ると「ひどいじゃないですか!」と綺華。


 「酷くない……」


 いいから、簡潔に用件だけを言え――そんな俺の言葉に「再度、電話を切られては困る」と思ったのか、綺華は淡々と語り始める。


 つい先刻、史奈ふみなの母親から綺華へ連絡が入ったそうだ。

 史奈がなくなったらしい。


 塾が終わったハズなのに「連絡もなく、家にも帰っていない」というのだ。スマホもつながらないようで「心配した史奈の母親が綺華へ電話をした」というワケである。


 それだけなら「ただの家出だろ」と一蹴いっしゅうすることも出来たのだが――


(綺華は「【呪い】が関わっている」と考えているみたいだな……)


 どういう理屈かは分からないが――【呪い】に関しては女性の方が――かんは働く。

 経緯けいいは理解したので、次に根拠こんきょを聞いてみる事にしよう。


「家出なら、私に連絡があってもいいじゃないですか」


 と綺華。SNSにも反応がないらしい。俺よりも第六感が働くのか、気になって占い師である『綺沙冥きさめ』さんに占ってもらったようだ。


 綺沙冥さんは同じ『くるみ荘』の住人で、入居した当初は、


「名前に『綺』が入っているなんて、一緒ですね♪」


 と綺華がしたしげに接していたのを覚えている。ただ――


(綺沙冥さんの場合、絶対本名じゃないよな……)


 と俺は思ったのだが、その時はなにも言わなかった。

 確か本名は『田中たなか公代きみよ』だったハズだ。


 綺華の歓迎会の後「『卵の黄身よ』と覚えるのがいい」などと、同じく『くるみ荘』の住人である『呪い屋』に教えてもらった気がする。


 いや、その話はそれほど重要ではない。今、重要なのは【呪い】に関わる事象に対し、彼女は占いで「九割方、言い当ててしまう」という点だ。


 綺沙冥さんの占いは、ほぼ未来視といってもいい。勿論もちろん、外れた事もあるが、それは「占いの結果を聞いたため、回避する行動を取ったからだ」と聞いている。


 【呪い】に関する事象についてのみだが――少なくとも俺が知っている限り――彼女が占いを外した事はなかった。


 ただ、未来を見てもらった人間からすると「【呪い】=嫌な事しか当たらない」というのは、気味の悪い話である。結果、うらまれてしまうことが多いようだ。


 彼女を保護する――と決定した組合側は「彼女を捜査に協力させよう」というねらいもあったのだろう。また、彼女の能力は悪用することも可能だ。


 例えば、事故が起こると分かっている場所へ、対象が出掛けるように仕向ける。

 対象を事件へ巻き込むことが出来るうえ、上手くいけば死んでくれるかもしれない。


 確実性を欠く、遠回しな手法となるが「呪殺にも応用できる」というワケだ。

 そう考えると「彼女を保護すること」は『守る』という目的よりも――


(悪意ある人間の手に渡すのを『防ぐ』……)


 そんな意味合いの方が強いのかもしれない。

 綺華は風呂か食事の際に話をしたのだろう。


 悪い結果しか見えないので、滅多なことでは占ってくれないハズだが、綺華は気に入られている。友人である史奈のことを占ってもらったようだ。


 その結果によると、どうやら史奈は、この世ならざる場所にいるらしい。

 事故や事件に巻き込まれてはいない――と仮定するのなら、思い当たるのは『幽世かくりよ』である。


 彼女は綺華と同じ中学生だ。

 受験もひかえているため、親も口煩くちうるさいのだろう。


 精神的に不安定な時期には、特に迷い込みやすい。


(ストレスへの耐性のない、あの年代の少年少女にはよくあることか……)




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 ( ฅ•ω•)ฅ ニャー! なんと、史奈が行方不明

 なようです。困った時の猫森くん。

 早速、頼りにされていますね。

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