第8話 犬蠱(1)


 俺は仕事道具を入れているアウトドア用のミニリュックから『多機能型折り畳みスコップ』を取り出して組み立てる。


 ハンマーやノコギリの他、先端せんたんを変えることでクワやツルハシにもなる。

 ある程度長さを調整することも可能で、人間相手なら強度も十分だ。


 俺はそれを持って、庭へと移動した。本来は対異形いぎょう用の武器が欲しいところだが、持ち歩くと銃刀法違反で捕まってしまう。


 そのため、俺のような見習い呪詛じゅそ師にとって、スコップは基本武器だ。

 妖怪変化をぶっ飛ばし、場合によっては落ち武者とだって戦わなければならない。


 とはいえ、目下のところ、スコップの用途は土をり返す作業にある。

 大抵の場合、厄介やっかい代物しろものは土の中にめられている事が多いからだ。


 ここれワンワン。今回の場合は――


(柿の木の根本だろうか?)


 木の大きさからいって、夫婦が引っ越してくる以前から植えられていたモノだろう。柿の木はなにもしないと、どんどん大きくなるので注意が必要である。


 上には伸ばさず、横に伸ばすように樹形じゅけい作りをするのが基本だ。また、伸びた枝の先端に『花芽』を付けるので、剪定せんていを失敗すると実がらないこともある。


 上に伸ばしてしまった場合は、翌年に高い位置で実がってしまうだろう。

 色々と考える必要がある。


 更に剪定をサボると、枝が隣の家まで伸びて「落ちた柿が庭を汚す」「落ち葉で雨樋あまどいを詰まらせる」などのトラブルに発展することも珍しくはない。


 見上げると花が咲いていたので、秋には実が生るようだ。引っ越してきた当時は、夫婦にとって、柿の実が生ることも楽しみの一つだったのだろう。


(残念ながら、不幸な結果となってしまったワケだが……)


 俺がスコップでその根本を掘ると、すぐに硬いモノに当たる。石の可能性もあったが、周囲の土を退けてみるとツボが出てきた。両手に収まるサイズだ。


 あんじょう――というヤツである。

 早速、掘った穴から取り出し、用意したビニールシートの上に置く。


 同時に白鷺しらさぎ女史と目を合わせる。

 たがいにうなずいた後、俺は中身を確認するため、スコップで壺をたたき割った。


 ガシャン!――といい音がする。

 中から出てきたのは骨だ。ただし、人間のモノではない。


 どうやら、動物の骨らしい。それも頭部だけ――


(『猫』……いや、大きさからいって『犬』?)


 首をかしげる俺に対して、


犬蠱けんこね……」


 り方は色々あるようだけれど――と白鷺女史。

 蠱毒こどくの一種で、エサあたえず、犬をえさせてから首を切り落とす。


 その首をまつることで「相手を病気にする」というモノらしい。

 四国や中国、九州に伝わる呪詛で『犬神』とも呼ばれる。


(最初の家の持ち主を狙った呪詛……)


 と考えるのが妥当だろう。

 また、柿の木を選んだのは「成長が早い」という点がげられる。


 邪魔だと思った頃には「木も成長している」というワケだ。

 当然、大きくなった木をる場合、費用や手間が掛かる。


 そのため、呪詛が上手うまくいかなくても「それはそれで嫌がらせになる」と考えたのかもしれない。柿の木を植えるように提案したのだろうか?


 また『桃栗三年柿八年』ということわざがある。

 実を付けるまで「すぐには処分されない」という事は容易に想像できた。


 つまり根元を掘り返されることはない――その考え方は正解で「犬蠱の壺は見付けられる事もなく【呪い】は機能し続けた」といった所のようだ。


 そうであるのなら、先程の老婆は術を使用した本人で「この土地に魂をしばられていた」と推測できる。


 壺が深く埋められていなかった事からも、力の無い老婆が犯人の可能性は高い。

 では、老婆が無差別に他人を恨んだ理由とはなんだろうか?


 よくあるパターンの一つとしては、魅力のある女性だ。

 男性からも好かれやすいため、恋愛などのめ事にも巻き込まれやすい。


 そういった人間に限って――


(自分の魅力に気が付いていなかったりもするからな……)


 余計よけいねたまれるのだろう。しかし【呪い】を使う程だろうか?

 今回の【呪い】とは、あまり関係なさそうだ。


 であるのなら「幸せそうな女性が標的にされている」と仮定してみよう。上手くいっているように周りから見える女性も、同性からすると嫉妬しっとの対象になりやすい。


 本人のあずかり知らぬ所で「なんの苦労していないクセに」「あの子だけ、いい思いをして」と恨みを買ってしまう。これも、よく聞く話だ。


 であるのなら、誰でも良かった。自分よりも幸せそうな女性が憎い。

 怨霊おんりょうには生前のような知性などない。


 俺と白鷺女史が「家を見に来た夫婦だ」と思ったのだろう。

 幸せな夫婦がにくい――


(それが【呪い】の原動力で、老婆は簡単に姿を現したのかもしれない……)


 生前、とつぎ先で嫌な目にっていた可能性もある。

 いつの世も弱者は理不尽りふじんつぶされるモノだ。


 今の時代からすると、考えられないような事も、老婆が生きていた時代にはまかり通ったのだろう。


 例えば『鉄拳制裁』という言葉があるように教師や先輩に殴られるのは挨拶あいさつ

 今の時代だとニュースになるが、昭和の時代は刃傷にんじょう事件も珍しくはなかったようだ。


 また、男女問わず『立ちション』も道脇で普通に行われていたらしい。

 にわかには信じられない状況である。


 野犬もいたので、犬蠱の素材には困らなかっただろう。


(まあ、なんにせよ……)


 俺が見たことで犬蠱の【呪い】の力は無力化された。

 仕事は無事完了!――そう思っていたのだが、不意に俺のスマホへ綺華あやかから連絡が入る。


 俺が「バイト中だ」という事は知っているので、彼女の方からこの時間帯に連絡してくることは珍しい。電話が欲しいようだが、急用なのだろうか?




============================

 シャー ฅ(`ꈊ´ฅ) 一難去ってまた一難?

 今度は綺華の方にトラブルが発生した

 模様もようです。

 カッコよく解決できるでしょうか?

============================

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る