第7話 事故物件(2)


(生前に強い恨みを持っていた……)


 と考えるのが妥当だろう。

 なんらかの要因よういんによって、家にしばられているらしい。


 普通、怨霊は人型をたもつのも難しいのだが、それはハッキリと人間の姿をしていた。この場合、霊感が無くても、見える人には見えてしまう。


(だから、が呼ばれたのか……)


 見た目は築20年ほどの一戸建て住宅だ。庭には大きな柿の木がある。

 鍵は不動産会社からあずかっていた。


 外観から不気味さを感じるなど、違和感を覚えることはない。

 売り出す前にリフォームされた一般的な中古住宅だ。


 だが、家の中へ入ると同時に視線を感じた。

 ねっとりと肌をめ回すような特有の空気。


 俺は素早く原因を探す。すると奥の仏間ぶつまから――こちらを観察するかのように――無言のまま、じっと見詰める老婆の姿があった。


(普通ならおどろく所なんだろうけど……)


 はっきり言って、いい気分はしない。俺は躊躇ためらうことなく近づくと腕を振り上げ、いきおいよく老婆の頭へたたきつけるように払う。


 感覚的にはゴキブリと一緒だ。見付けたら退治たいじする。

 この手のたぐいの霊は女性おんな子供こどもの姿をしていることが多いのでたちが悪い。


 じっくり相手をしていると、こちらが魅入みいられ、取りかれる可能性もある。

 物理的な手応えはなかったが、老婆は黒い霧となり、ゆっくりと消えた。


 俺の身体からだは猫神の【呪い】によって、大抵の呪詛じゅそを受け付けなくなっている。

 【呪い】と【呪い】がつかれば「より強い方が勝つ」という理屈だ。


 消えた――という事は、やはり老婆は怨霊おんりょうたぐいだったのだろう。

 資料によると元々この家には夫婦と息子の3人が住んでいたとある。


 父親の方は再婚で、息子の方はその連れ子だ。

 家族が増え「手狭てぜまになったので、広い家に引っ越した」といった所だろうか?


 幸せな家庭を思いえがいていたのかもしれない。

 だが、この家に来てから不幸が始まった。


 引っ越してくると同時期に、息子は交通バイク事故で入院。

 大した怪我ケガではなく、すぐに退院して一緒に暮らすようになったのだが――


(それ以降、人が変わってしまったらしい……)


 次第に継母ままははへ暴力を振るうようになり、継母はそれに耐え切れなくなったのか、やがて夫婦は離婚。その後、父親は病気になって入院する。


 息子は仕事もせず、家事も一切やらなかったようだ。また、資料によると居酒屋などで喧嘩けんかをして、傷害事件を何度なんども起こしている。


 今は警察でお世話になっていた。

 結果、精神的なショックもあり、父親の病気は悪化。


 仕事も続けられなくなったので、今後の生活費を工面するために「この家を手放す」といった決断をしたようだ。いい思い出もなかったのだろう。


 怨霊である老婆がどこまで関係していたかは分からないが――


(無関係という事はなさそうだな……)


「そういうの、よく躊躇ちゅうちょなくできるね……」


 頼もしくて助かるけど――と言ったのは『白鷺しらさぎ黒羽くろは』。

 探偵事務所の女性社員で、よくペアを組まされる。


 俺の相棒であり、教育係だ。

 まあ、探偵業といっても、基本は『結婚調査』や『浮気調査』である。


 こんなご時世なので『浮気調査』の方が多い。

 『離婚ビジネス』を生業なりわいとする弁護士もいるようだ。


 探偵の業務としては、裁判で使う浮気の証拠をつかまなければならない。そのため、夜遅くまで現場に張り付き、お酒を楽しむ大人の店にも入る必要がある。


 マル対(調査対象者)が主婦である場合は、旦那だんなない日中にも張り込む。

 高校生の俺では「その場にいるだけであやしまれる」とワケだ。


 また事務所としては、女性である白鷺女史を夜遅くに一人で行動させるワケにもいかないのだろう。変な連中にからまれるのは目に見えている。


 そんな理由からか、俺は彼女と一緒に行動することが多かった。

 だが、一番の理由は――


(呪詛師としての仕事の所為せいだろうな……)


 【呪い】に関する仕事は「基本2人以上でチームを組み、対応するように」と協定で決められている。


 『木乃伊ミイラ取りが木乃伊になる』――といった言葉があるように「呪詛師が【呪い】に取り込まれる」といった話は珍しくない。


 少なくとも、目撃者や知識を持つ者が1人るだけで、危険性はぐんと減る。

 呪詛師が複数で行動するのは常識なのだ。


 逆に言うのであれば、単独で行動している呪詛師は「危険人物だ」と見做みなした方がいい。呪詛は他人に見られることで効果が激減する。


 場合によっては、効果が無くなってしまう事もあった。

 日本では『うし刻参こくまいり』が有名だろう。


 アレは誰かに知られてしまうと、効果を発揮しなくなるどころか、本人へ【呪い】がね返ってくる。


 誰かに【呪い】を掛けようとしている現場を見られた場合、呪詛師の間では「見た相手を殺す」というのが暗黙の対処法ルールとなっていた。


 まあ、向こうも見られたくはないので、出会う可能性としては低いだろう。今のところ、そんなヤバイ呪詛師には会ったことがないので、俺は幸運といえる。


躊躇ためらった方が危険ですからね。それより……」


 原因は庭でしょうか?――そう言って、俺は仏間の窓から見える大きな木を指差す。白鷺女史は「じゃなければ屋根裏だけれど――」とつぶやく。


 しかし、リフォームをした後だ。なにかあれば資料に書いてある。

 可能性は低いだろう。


 みずからの言葉を否定するように、彼女は首を左右に振った。




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 にゃーヽ(•̀ω•́ )ゝ✧ いよいよ探偵(?)

 の仕事です。怨霊とご対面ですが、

 あっさりと除霊は完了しました。

 しかし、まだ何かあるようですね。

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