第6話 事故物件(1)


 女性はまだ、仔猫の脱走には気が付いていなかったようで、


「あら、やだー!」


 と慌てた様子で飛び出してくる。部屋着姿のままで、寝癖ねぐせが付いている。

 話を聞く限り、どうやら洗濯物を干している間になくなったようだ。


 女性は今まで昼寝をしていたらしい。


「タケゾー、ダメじゃない」


 などと言って女性は仔猫をき寄せる。

 どうやら『タケゾー』というのが仔猫の名前のようだ。


『あははは! ゲボクはボクがいないとダメだなぁ』


 こまったヤツだ――とタケゾー。俺にはそう聞こえているのだが、実際は「ニャーニャー」と鳴いているだけだ。飼い主の女性は、


「そうなんでちゅかー、ママが悪かったでちゅー」


 とやっているので、話がみ合っていないのだが――


(訂正する必要はないな……)


 そう考え、黙っている事にする。俺は女性の様子に若干引いていたのだが、綺華とその友人は「うんうん、分かるわー」といった態度でうなずいていた。


 取りえず、俺は次から「気を付けてくださいね」という注意と「又隣またどなりの家の主婦にも、お礼を言った方がいいですよ」と伝える。


 ちなみに『タケゾー』というのは、この家の持ち主であった彼女の祖父母の名前を参考にしたそうだ。


 『マツオ』(松)と『コウメ』(梅)という名前だったので、仔猫は『竹』からとったらしい。タケゾーは4月に庭先で弱っている所を見付けたそうだ。


 野良猫は弱った仔猫の育児を放棄ほうきする。

 タケゾーもそんな理由で母猫にてられたのだろう。


 綺華の友人である少女の「『タケゾーちゃん』ていうんですね♪」などいう会話から発展したのだが、


「そうなの……」


 この子もワタシと同じで親に捨てられたの――などと語り出したので「深入ふかいりしない方が良さそうだ」と俺は判断した。


 なおも女性は「私を育ててくれた祖父母も亡くなって、信じていた彼も私の前からいなくなったわ――」などとつぶやく。


「そうだったんですか……」


 女性の一人暮らしは物騒ぶっそうなので、気を付けてくださいね――と告げ、俺は綺華と目配めくばせをすると、その場から撤退てったいした。


 家で猫を飼うことが出来ないのか、綺華の友人は名残なごりしそうにしていたが、


『また遊ぼうなー』


 とタケゾー。「心配を掛けた」という事は理解していないらしく、仔猫だけあって気楽なモノだ。取りえず「バイトには間に合いそうだ」と俺は安堵あんどする。


 その帰り道、駅へと向かって綺華たちと一緒に歩く。しばらくは「タケゾーが無事で良かったね」などと、綺華とその友人は話していたのだが、


「あっ!」


 と友人の方が声を上げる。「そろそろ塾の時間だ」と言うので、俺と綺華は一緒に駅方面へと向かう友人を見送った。


 綺華が「バイバイ、史奈ふみな」と言っていたので、それが名前のようだ。

 自己紹介すらしていなかったが、相手は女子中学生だ。


(もう関わる事もないだろう……)


 史奈の姿が駅へと向かう人混ひとごみの中に溶け込むと、綺華は手を振るのをめた。そして、


甘五あまいくんなら、猫と話せるので簡単に解決すると思っていたのですが……」


 普通でしたね――と告げる。その口調から、俺が「特別な能力ちからを使って解決する」と思ったようだ。「幻滅させてしまったか」とも思ったが、彼女にガッカリした様子はない。


 むしろ「やはり、甘五くんには私が必要なようです♡」と言って、謎の自信を付けていた。「彼ったら、私がないとダメなの♪」そんな感じだろうか?


 恋する乙女は、俺が思っている以上に手強てごいらしい。

 ただ、ひとつだけ訂正するのであれば――


(俺は猫を『使う側』ではなく、猫に『使われる側』の人間なんだが……)


 という点である。そもそも、大抵の猫は話が通じないのだ。猫好きは「会話が出来ると楽しい」と思っているようだが、その辺を分かっていない。


 綺華あやかと別れた後、俺はぐにバイト先である探偵事務所へと向かった。

 今日の仕事は呪詛じゅそに関係するモノで、組合を通しての依頼だ。


 不動産会社から持ち込まれた依頼で『事故物件の調査』となる。

 ただ「自殺や他殺が発生した物件」というワケではないようだ。


 心理的瑕疵かしともなう物件なのだろう。


(つまりは『幽霊が出る』というたぐいのモノだ……)


 引っ越し業者やリフォームの作業で入った職人から「るハズのない老婆の姿を見た」という報告を受けたそうだ。


 うわさが広まる前に「どうにかして欲しい」という内容である。『呪詛師への依頼』という形で持ち込まれる経緯けいいとしては、めずらしいモノではない。


 簡単に資料へ目を通したが、れた依頼といえるだろう。

 それよりも問題は空き家のある場所だ。なん因果いんがか――


(先程、仔猫を助けた家の近所とはな……)


 今のところ、近隣住民からの苦情や被害は出てないようだが【目に見える呪い】という事で、その影響範囲は広そうだ。


 端的たんてきに言えば『除霊』の仕事であるため、バイトの方はすぐに片付かたづくだろう。

 ただ、こういう場合、他に原因がある事が多い。


 それも探す必要がありそうだ。老婆ろうばの姿をした【呪い】の一種で『怨霊おんりょう』と言った方がいいのかもしれない。




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 (ฅ'ω'ฅ)? タケゾーを家に届け、

 無事、任務完了です。

 猫助けも一筋縄ではいきません。

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 ※今日から1話ずつの投稿となります。

 🐟 🐟 🐟 🐟  ฅ(^ω^ฅ) ニャ~

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