第一章 迷い猫

第2話 全米が泣いた(1)


 住宅街のアスファルト。初夏とはいえ、セミの声が聞こえてきてもおかしくはないほどの炎天下。そんな中、呼び出されたのであれば出向くワケで――


(一緒にるのは友達だろうか?)


 俺は見覚えのある少女を見付けると軽く手を振った。見慣れた部屋着や学生服姿とは違い、お洒落しゃれな服装をしていたので、少し戸惑とまどってしまう。


 いや「子供っぽく見られたくない」という意思の表れだろうか?

 似合っていないワケではないが――相手は中学生だ――微妙びみょうに「背伸びしている」といった感じもする。


 俺は違和感を覚えたが、それを表情へは出さないように取りつくろう。代わりに「急いで来た」という雰囲気を出すために、軽く走りながら近づく。すると、


「私のピンチに颯爽さっそうあらわれるとは……」


 流石さすがは私の甘五あまいくんです♡――と満足気な表情をする少女。

 名前を『玉藻たまも綺華あやか』といった。


 そっちから呼び出しておいて、なにを言っているのやら――という言葉をみ込む俺に対し、中学二年生の彼女は「感心した」といった様子で、うんうんとうなずく。


 上から目線の対応に「何様なにさまのつもりだ?」と疑問符が浮かんだのだが、そんなツッコミはせず、俺は「ハァ」と溜息ためいきいた。


 綺華はそんな俺の態度を気にもめず、


「いい子ですねぇ♪」


 と言って頭をでようと、手を伸ばしてくる。

 だが、身長差があるので「ギリギリ届かない」といった状況だ。


 そのため、俺の腕を引っ張り、強引に頭を近づけさせようとする。


(仕方がないな……)


 俺は少しだけかがむ事にした。彼女は「いい子いい子♪」と俺の頭をでる。

 満足してくれただろうか?


 中学生とはいえ、女子である事には変わりない。

 好意的な態度で接してくれるのは嬉しいが――


正直しょうじきなところ、遊ばれている感じがするな……)


 やっぱり「めて欲しい」という結論になる。

 俺は彼女の玩具おもちゃではない。


 また、綺華の友人とおぼしき少女も呆気あっけに取られているのか、ポカンと口を開けた顔でこちらを見ている。


 その視線が余計に恥ずかしかったのだが――それでも、以前の彼女を知っている俺としては大目に見るしかない。


 とある理由で引きこもっていた綺華。今でこそつややかな黒髪セミロングだが、出会った当時は手入れなど一切しておらず、髪はボサボサ。


 クリクリとした大きな瞳も生気を失っていて、目の下には大きなクマが出来ていた。唇もカサカサで、肌も見るからに青白く不健康。


 とてもじゃないが、お日様のもと、元気にはしゃいでいる姿を想像することはむずかしかった。

 あの状態からの復帰は『奇跡』といっても過言かごんではないだろう。


 でも最近は――


(ちょっと調子にノリ過ぎだな……)


 俺も少し前までは中学生だったので「共感できる部分もある」と考えていたのだが、どうにも、彼女の取りあつかいはむずしいようだ。

 女子中学生というのは、男には理解できない生き物なのかもしれない。


 急いで来て欲しい!――という事で暑い中、バイト先へは「遅れます」と連絡をして、わざわざ出てきたのだが、本人はいたって普段通りマイペースだった。


「元気そうだな……」


 用が無いのなら帰るぞ――そう言って、俺はクルリと反転する。

 勿論もちろん、本当に帰るつもりはない。


 だが、あせったように「ちょ、ちょっとー!」と動揺どうようした綺華は


「待ってください!」


 そう言って、両手で俺の左手をつかむ。全力で引きめるつもりなのだろうが、見た目以上に非力で体重も軽いため、そのまま引きりそうになってしまった。


 【呪い】によってけずれてしまった身体からだが、まだ完全には戻っていないようだ。

 俺は立ちまると同時に振り返り、困った表情で彼女を見詰める。


 だったら早く用件を言え――という意味だったのだが、そんな俺の考えは上手うまく伝わらなかったらしい。


 なにを勘違いしたのか、綺華は「ハッ」とした表情に切り替わると、顔を赤くしてモジモジと身体をくねらす。そして、


「私としては構わないのですが、まだ人前では恥ずかしいです……」


 でも、どうしてもと言うのなら♡――そう言って、目をつむり、唇を突き出した。


(どうしよう? 本気で帰りたい……)


 このまま綺華の顔面を鷲掴わしづかみにして遠ざけたい所だが、友人とおぼしき少女もいる。

 俺は再度「ハァ」と溜息をいた後、


「そういうのは、お前が高校生になったら考えてやる」


 と言って、右手の人差し指で綺華のオデコを軽くはじく。

 イタひっ♡――と言って、やや大袈裟おおげさる彼女だったが、その表情はなにやら嬉しそうだ。


(力を込めたつもりはないのだが……)


 両手でひたいおさえつつも、何処どこ恍惚こうこつとした表情を浮かべる綺華。

 そんな彼女に対し、俺は若干じゃっかん引く。


 猫パンチされた「猫好きな人」はこんな反応をするのだろうか?

 どうやら、今の綺華には俺の態度たいどから「気持ちをさっしよう」という考えは一切ないらしい。りた様子もなく、それどころか、


「甘五くんはJKが好きなんですね♪」


 と変な方向で納得する。俺は男子高校生なので「JKが好きだ」と公言しても問題はないのだが――




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 ฅ^•ω•^ฅ♡ 今はまだ「妹を心配する兄」

 といった感じの甘五くんですが、

 今後の二人にご期待ください。

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